第2話 奴隷生活

帰りたい?


いや、そうでもないかもしれない。衣食住ともに前よりも劣化している現状だが、俺は以前よりも精神的に良い方向に向かっているのかもしれない。


・・・


――奴隷生活20日目


人間は不思議なものでどんなに過酷な状況にも慣れてくるというが、実際そうらしい。


奴隷生活も20日が経過した。生活の内容は、日が昇るとともに起き、鉱山で採掘作業をする。そして、それから日が落ちるまで作業を行う。飯は日に二度、パンと果物が与えられる。水分も時間は指定されているものの脱水症状にならない程度には与えられる。


どうやら奴隷というものはあくまで牛や馬と同じ持ち主の財産であり、易々と殺すようなことはないようだ。また、鞭打ちや電撃も例外を除き、思ったほど行われない。


例外というのは7番の事である。7番はその身に宿る再生能力のせいか、トードーが不機嫌になる度に鞭で打たれている。可哀想とは思うが、こちらに飛び火しない分ありがたい限りである。


ここへ来た次の日に俺たちの行動を監視するために3人の男達がやってきたが、そいつらも問題行動を起こさなければ基本的に痛めつけるようなことはしない。因みに3人とも身長が2mはあろうかという屈強な男たちで、腰には幅広な剣を下げている。


そんな状況で、寝る場所は元々設置されていた檻の中。恐らく以前にも俺たちのような奴隷がいたのだろう。檻の中は割と広く、13人が寝転がれるスペースはある。未だに一言も喋れないでいる俺だが、意外にもこの状況を受け入れつつあった。まぁ、受け入れなくてもこの生活は続くため受け入れざる負えないわけだが。


「……コホッ」


今日も俺は鉱山でツルハシを振るう。体力仕事で休みが一切ないが、それは土日もバイトに明け暮れていた以前とあまり変わらず、周囲の虐めや言動が無い分、やる事をやってれば何もされない現状は以前よりもマシなのではないかとまで錯覚している。


「コホッ」

「ゴホッゴホッ」


最近、なぜか空咳がよく出る。周囲の奴隷たちも同じようで咳をしながらの作業を続けている。


以前はトードーに反抗心を持っていた5番も最近では大人しい。7日前にドードーを殺そうと画策していたらしく、その時に放置したツルハシをトードーに振り上げた事があるが、首輪からの電撃によって意識を失い、その後、執拗に鞭で打たれてからというもの、その目をどんよりと曇らせながら作業を行っている。


「エドワードめっ! 私を誰だと思っているのだっ!」


坑道の入り口の方から鞭で何かを叩く鋭い音が響く。どうやら今日も7番はトードーのストレスの捌け口に使われているらしい。俺も1度やられたが、あれをやられた日は地獄だ。まともに動くことすらできなくなる。それを何度も受けている7番はいくらすぐに傷が癒えるとはいえ。精神的に良いものではないように思える。が、トードーはそれを止めようとはしない。


「今日は終了だ。戻れ」


いつものように日が沈みかける頃、作業は終了した。俺はツルハシを所定の位置に戻すと他の者たち同様帰っていく。


檻へ帰る途中、ふと横目で7番を見る。7番は の背中は今日も見てるだけで痛々しいほどにボロボロにされていた。実際、自分の背中の鞭の跡が疼くように感じる。


檻に入った俺はいつものように檻の前に置かれた飯を取る。以前、9番が他の奴の分まで取った事があるが、それに反応したのか9番は電撃をくらい気絶した事がある。そのせいか今では自分の分より多くとろうなどと考える奴はいなくなった。ある意味で平等だ。


トードーは決まった日取りで帰るらしく、今日も7番の鞭打ちを終え、帰っていくのが見える。7番はフラフラとした足取りで檻へと帰ってくる。背中にはいつものように痛々しい傷を背負っている。


傷が疼く。背中に受けた傷は今はミミズがのたくったように皮膚に覆われている。だが、以前のように心の圧迫感はない。おそらく、周囲に自分と同じ立場のものに囲まれているせいだろう。感覚が麻痺しているためもあるだろうが、以前よりも心が軽い。


「コホッ」

「ゴホッゴホッ」


今日はやけに咳が出る。こういった日は早く寝るのがいい。俺は7番の酷い咳を聞きながらまだ手をつけていない林檎を置き、冷たい檻の中で眠りについた。


ザッ……ザッ…


何か足を引きずるような音がする。微睡む眼をこすりながら目を開ける。頭上にはいつもと変わらない無機質な檻の天井が見える。周囲は月明かりに照らされているためある程度の視界が確保できている。


「……べもの」


何処からか声がする。ふと目を声の方にやる。視線の先には一匹の人型の生き物がいた。


生き物は檻の直前でパタリと倒れる。生き物の肌は人間のそれとは違い、緑色の肌で覆われており、体長は50cm程だろうか。その顔は特徴的で、ギョロリとした目に大きな鼻、先のとがった大きな耳がある。服装も皮の腰巻と頭につけられている何かの頭蓋骨と野蛮そのもので、その見た目を一言で表すならだろう。


だが、そんな人からかけ離れたような歪な顔は酷く瘦せこけ、弱っているように見えた。だが、その目に濁りはなく、生命力に溢れている。


「……コホッ」


俺は起き上がり、その様子を観察する。ゴブリンは確かに俺にわかる言葉を発している。この世界ではそれが普通なのだろうか。ふと足元を見ると、食べ忘れた林檎が一つ転がっている。


(まぁ、いいか)


最近は疲れているにもかかわらず、食欲より睡眠欲が上回り睡眠を優先しようとしてしまう。それもあって、俺はこのゴブリンの前に林檎を置く。


しかし、ゴブリンは訝しげに林檎を見つめる。毒でも疑っているのだろうか? 俺は林檎を取り上げると、毒がない事を伝えるため一口齧り、またゴブリンの前に置いた。


「……いいのか?」


ゴブリンはおそるおそる聞く。俺は喋れないので顎を引き、頷いた。俺の頷きに対し、ゴブリンはその体をビクリと反応させる。が、何もしてこないと悟ると、勢いよく林檎に齧り付く。


「コホッ……コホッ……」


林檎はみるみるうちに無くなり、ゴブリンは芯も残さず食べてしまった。


「まだあるか?」


図々しいやつだ。人に食べ物を貰っておきながらまだ欲しいと言う。俺は首を振り、もうない事を示す。


「お前、俺の言葉が分かるのか?」


俺が頷くと、ゴブリンは不思議そうに俺を見つめる。なんだか変な気分になってきた。


俺はまた横になり、瞼を閉じる。時間感覚の無い微睡みの中、何処からか野犬の走るような音や何かの声が聞こえたが、朝になるとゴブリンは消えていた。礼もせずに消えるとは。


俺は日が出るといつもの様に起き上がり、飯を食べ、ツルハシを振るう。その時にはすでにゴブリンの事を忘れていた。


・・・


今日も今日とてツルハシを振るう。これだけの長期間休みなくツルハシを振るい続けた俺の手は豆がつぶれ、その部分が硬化し、すっかりごつごつとしたものに変化していた。


「・・・・・・コホッコホッ」


 今日は珍しく監視が少ない。坑道にはたまに見回りが来る程度でその感覚は長い。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 11番と12番が何かを示し合せる。俺は無視して掘っていると、二人は地面に何かを書きだす。ここ何日か隙を見ては行っているようだ。


『準備は?』

『できている』


 文字を見るに二人は日本人らしく、その内容は俺にもわかるものだ。だが、これに関わって不利益を被るくらいなら最初から無視がいいだろう。


 坑道に響く音はツルハシの掘削音のみ。今日はトードーがいないため、7番の鞭打ちもない。2人はすでに監視の行動パターンを把握しているらしく、その動きに無駄は無い。


(・・・・・・迷惑なやつらだ)


 地面に描いた文字を見るにどうやら明日、トードーを殺そうと画策しているらしい。果たしてどうなることやら。


 俺はそんな二人を無視し、黙々と掘削を続ける。今日は珍しく鉱石が多く掘削できている。中には石炭のような鉱石も見受けられる。これを売れば一体いくらの金になるのだろうか。


 俺は搬出にきた1番の一輪車に鉱石を乗せていると、1番も11番、12番に混じって何やら地面に書き始めた。これが始まってからというもの搬出時に俺しか働いていない。迷惑なやつらだ。


・・・


――翌日


 俺はいつもの様に作業が終わり、檻へと戻る。飯を持ち、檻のいつもの場所に座り外に目をやる。今日は11番と12番が何やら行う事を知っている。そのための興味が出たのだ。


 外ではトードーが7番へいつもの様に鞭を打ち終わり、帰り支度をしている。監視も同じくトードーの傍で支度をしていた。7番はふらふらとこちらへやってくる。そんな7番の後ろから11番と12番、1番がやってきた。


 二人は軽く目くばせをすると、静かにトードーへと近づく。1番はトードーの傍にある採掘した鉱石の置き場へと向かう。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 11番と12番は互いに頷きあうと1番の持ってきた1輪車に手を突っ込む。そこから出てきたのは採掘で使われるツルハシだった。


「ん? なんだ?」


 トードーは音に気づき、振り向く。トードーの眼前には11番の振り上げられたツルハシが視界に映る。


「っぐぅ」


 振り上げられたツルハシをトードーはすんでのところで回避する。が、完全に回避ができずに11番のツルハシの先がトードーの肩を抉った。


「き、きさまぁ!」


 トードーは痛みに耐えながら11番を睨む。が、トードーへ反逆の意思を示したためか、振り下ろした直後から発された電撃によって11番は気を失っている。


「おい! 殺せ!」


 トードーは痛みに顔を歪めながら叫ぶ。その声に反応して監視の者たちがトードーの傍へとやってきた。


「あいつらを・・・・・・11番と12番・・・・・・それと1番を殺せ!」


 トードーは1人の監視の治療を受けながら指示を出す。監視はその命令を受け、顔色1つ変えずに腰に下げた剣を抜き放つ。


「・・・・・・くっ」


 12番は手に持ったツルハシで対抗しようとするが、その途端に首から電撃を浴びせられる。


「こ、ころせぇ!」


 トードーの怒りに満ちた声が響き渡る中、監視の1人はその手に持った剣を11番の首元へ振り下ろす。


「フン!」


 再び振り上げられた剣には11番のおびただしい血が付着している。監視の顔は首から噴き出た血で赤く染まっていく。


「・・・・・・!」


 ふらふらと檻へと戻っていた7番はその光景を見て気絶をする。そして、改めて思い知る。俺たちの命は所詮消耗品のそれと同じという事を。


 次々と命を狩っていく監視の目はその行動に一切の躊躇が無い。気付けば、この計画を画策していた残る2人もおびただしい血を周囲にまき散らしながらその命を枯らしていた。


「くそっ! くそっ! 奴隷の分際で!!」


 トードーは未だに血で滲む肩を動かしながら11番の頭を踏みつける。すでに事切れた11番は何の反応もすることなくトードーの足により地面に顔を擦りつける。


「ハァ、ハァ」

「処分が完了しました」


 監視はその表情を全く変化させずにトードーの元へと帰ってくる。トードーは肩の痛みに耐えながら、馬車の中へと入っていった。


「・・・・・・ぉぇぇ」


 檻から見ていた奴隷の1人が口から吐瀉物を吐き出す。7番は未だに意識を回復させていない。かくいう俺もかなり気分が悪い。今にも吐きそうだ。


 監視は7番を担ぎあげ、檻の中へと放りこむ。7番はそれに小さく呻くのみでなすがままにされる。その顔には殺しに対する後悔や苦しみはもちろん、喜びすらも無い。どこまでも無表情だった。


(処理・・・・・・か)


 監視は檻の中を見渡す。そして、何かを決めたように頷くと俺の方へと血で汚れた指を指した。


「13番と5番、来い」


 俺と5番は檻からでる。おそらくこの中で唯一吐いたり気を失ったりしていないのが俺とこいつだからだろう。


「これを運べ」


 監視は先ほど殺し、未だに首元から赤黒い血を流し、周囲に血特有の鉄臭いにおいを放つ死体に指を指す。どうやら死体処理をしろと言っているようだ。


 拒否権のない俺は胃から酸味のある何かを吐き出しそうになるのを必死に我慢しつつ、11番だったものの足を持つ。5番も同じく両腕をつかんだ。


(・・・・・・重い)


 死体を持ち上げるとその重量が腕へと掛かってくる。死体は思った以上に重く、手からは未だに僅かに生暖かい感触が伝わってきた。監視のもう1人もここへやってくると、1番と12番だったものをそれぞれ持ち上げる。


 11番の首をだらりと垂らしたまま俺と5番は監視の指示の下、指定の場所へと足を運ぶ。


「あそこに投げ入れろ」


 監視は鉱山の脇まで俺たちを案内し、その先にある穴に向かって指を指す。穴へと向かうと、そこからは道中にも感じていた凄まじい腐敗臭が鼻を刺激する。


 それでも俺は胃から出ようとする物体を押しこめつつ、死体を穴へと運んでいく。そして、死体を投げ入れる際、穴の中を見た。いや、この場合見てしまったと言うべきか。


 穴の中には幾重にも積み重なったおびただしい数の死体が、その身を腐らせ、辺りに凄まじい臭いを放ちながらそこに落ちていた。


「おぇぇぇ」


 俺と5番はそれを目にした瞬間、胃の中のありとあらゆるものを吐き出した。だが、鼻に通った酸味のある臭いもすぐそばの腐敗臭へと塗り替えられる。監視達はそれを気にもせずにそれぞれ運んだ死体を穴へと投げ入れた。


「帰るぞ」


 監視はそういうと立ち上がるよう指示を出す。5番は何とか立ち上がるが、俺は未だに胃の中のものを吐き出していた。そんな俺に痺れを切らしたのか、監視は俺の首から続く鎖を引っ張り、俺を無理やり立ち上がらせた。


 檻へ帰り、監視は殺された3人以外の全員が檻へ入ったのを確認すると、いつもの様に鍵を閉めた。


(このままじゃ、死ぬな)


 俺はトードー達を目で見送りながら、ふとそんなことを思う。そして、殺された3人の事を思い出し、また吐き気に耐えながら眠りについた。

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