第1章 絶望に伏した者
第1話 召喚された者たち
不安だ
どうしようもなく不安だ。将来もそうだが今後このままこの世界で生きていけるのだろうか
・・・
冷たい
それが最初に感じたものだった。
地面に固い感触を感じつつ、俺はゆっくりと目を開ける。周囲は薄暗く、目も慣れていないため、周囲の状況を把握できない。
(ここはどこだ?)
昨日はバイトが終わり、そのまま自室で寝たはずだ。それに誘拐だとして、俺を誘拐するメリットが無い。
周囲が薄暗く、いまいち自分の置かれている状況が把握できない。唯一の明かりは扉があるであろう場所から漏れる光のみだ。
とりあえず起き上がろうと冷たい地面に置かれた手に力を入れる。
ジャラ
手が重い。とりあえず起き上がり、固く冷たい地面に寝ていたせいで凝り固まった体を動かし胡坐をかく。そして、今更気づいた手と足、首の冷たい感覚に気が付く。
それに触れると手からは冷たい無機質な感触が返ってくる。それは輪錠の金属、おそらくは金属でできた枷だろう枷についている鎖であろう金属は俺の細かい手足の動きに反応してジャラジャラと音を立てる。
体を纏う服にも違和感を覚える。どこかゴワゴワとした肌触りにむず痒さを覚える。どうやら服も寝る前に来ていたものとは違うようだ。
少し目が慣れてきたためか、周囲に人影のようなものを見ることができるようになった。だが、その顔までは近くすることができないでいる。
「……」
俺は何か違和感を感じる。それはこんな状況にも落ち着いて対処している自分に対してだろうか?
(なんなんだこれは?)
ただそう思う。そして、周囲の人影も自分と同じように起きだし、おそらくついているであろう枷に取り付けられた鎖をジャラジャラと鳴らす。
(……何かがおかしい)
頭の中でなにか危険だと特大の警報を鳴らす。なんなんだ? 何かがおかしい。
ガチャ
どこからか鍵を開ける音がする。そして、その音のする方向、いままで微弱な光を漏らしていた扉からから煌々とした光があふれだす。
突然目に刺さった光に目を細めながら光の方向を見る。光に慣れるのに数秒を要したが、そこには1人の屈強な男が立っていることが分かる。男の肉体は190㎝はあろう巨体とその周囲に着く筋肉によってその大きさを主張する。
「……ぃ!?」
鎖の擦れる音と共に悲鳴にならない声が男の傍から上がる。俺はその方向へ目を向ける。
「……!?」
思わず口を押えた。胃からなにか酸っぱいものが喉へと込みあげてくる。
そこにいたのは首から血を流した1人の少年だった。その肌は青白く、生きているようには見えない。池の様に広がっている血はすでに凝固し始めているのかそれ以上広がろうとはしていない。
周囲でも目が慣れたのか同じような反応が広がっていく。俺も周囲に目を向けるとそこには13人の男と5体の同じように首から血を流している死体があった。
俺はそこでようやく違和感に気付いた。それは臭いだった。起きた時から臭っていたため気付かなかったが、周囲では血特有の鉄臭い臭いで広がっていた。
しかし、それでも何かもやもやしたものが心に残る。だが、それも目の前にある何者かに殺された死体を見た恐怖によりかき消される。
「起きろ」
男は一言、ドスの利いた声を発する。思わず男の方を見る。男は両手に松明とブロードソードと呼ばれる剣を握っていた。
おそらく首から血を流している男たちはこの男によって殺されたのだろう。その証拠に剣には所々黒く固まった血で汚れている。
「……ぃぃ!」
男の手に持つ剣を見て何人かの男が後ずさりをする。俺は自身の中の恐怖が大きくなるのを感じた。
「おい、どうだ?」
「全員起きました」
男の後ろからまた別の男の声が聞こえる。屈強な男は後ろの男を通すため横にずれる。そして、また別の男が入ってきた。
「ようやく起きたか。私の名前はグラブ・トードー、お前たちの主人だ」
男はカエルの様な顔をしており、その身長も低く、トードー、つまり蛙というにはぴったりの人物だった。また服装も先ほどの男とは違い、綺麗な緑色で統一され、その腰に付けた鞭がいやに目立っている。
「さて、お前たちに現状を教えてやろう」
その蛙のような顔は醜悪なものに歪む。その顔を見るだけでその先の言葉に希望が無いことが分かる。
「分かりやすく言おう。お前たちは奴隷として召喚された。これから鉱山で働いてもらう」
奴隷――それは現代日本に無い、人間以下の烙印。その扱いは獣のそれと同じで、何をしても所有者の自由にできる存在だ。
奴隷という言葉に1人の所々に入れ墨を持つ男が反論しようと口を開く。が、
「ぐぁ! ……!?」
男の口からはうめき声のみ発されるだけだった。どんなに何かを言おうとしてもその口はパクパクと魚の様に開閉するのみだ。
「そうそう、言い忘れていたがお前たちには枷をつけさせてもらった」
トードーは自分の指を首に指す。その仕草から首に付けられている枷を指していることが分かる。
「お前たちは私が許可を出さないと喋れない。わかったか?」
俺の中にあった心の靄が薄くなるのを感じる。そして、ここで目覚めてからこの不明瞭な空間で誰も叫んだり声を発していないのに気付いた。
トードーはその醜悪な顔をさらに酷いものへと変化させる。そんなトードーに怒りを感じたのか、そばにいた奴隷の男が自分に付けられた枷を無理やり外そうとする。が、
「がぁぁ!!」
バチバチという音と共に、枷に手をかけた男が叫びながら倒れる。その様子をニヤニヤと笑いながら見ていたトードーはまたわざとらしく付け加える。
「おっと、もう1つ忠告を忘れていた。私に反抗すればこれの様に電撃を浴びせることになる。あまりしてくれるなよ? 死んでは使い物にならんからな」
トードーは電撃を浴びた男の頭を蹴りあげる。白目を剥いていた男は蹴り上げられたショックにより意識を戻す。
「さ、ついてこい。お前たちにはこれから死ぬまで働いてもらうからな」
トードーは言うが、それに反応して付いて行こうとする者はいない。否、恐怖によって体が動かない。実際、俺の脚もぷるぷると震えるだけで動こうとはしない。
「行くぞ!」
動かない俺たちを見てしびれを切らしたのかトードーは叫ぶ。その声に皆一様にビクリと反応し、立ち上がった。電撃を受けた男もふらふらとおぼつかない足取りで立ち上がる。
俺はその重い足を動かしながらトードーの後ろを付いて行く。頭の中は混乱している。ここはどこなのか、召喚とはなんなのか、自分はいまからどうなるのか、なぜ数人の人が殺されているのか・・・・・・。多くの疑問を抱えながら枷以外の重さを感じる足を動かしながら、移動をしていく。
重い足取りで階段を歩いて行く中、ひとまず自分の現状を確認する。両手両足には黒塗りの鎖の付いた枷、首には銀色の細身の枷。服装は麻でできたボロボロの服。そして、現状まで気付かなかったが首にはそれぞれ金属製のプレートが下げられている。それ以外には靴はもちろん以前持っていたものは全てない。
階段を上りきると、そこは左右に檻が置かれている石レンガ造りの部屋に出てきた。檻には自分と同じ人間をはじめ、見たこともない獣や耳の尖っている人型の生き物等、様々な種類の生き物たちが檻に閉じ込められている。皆一様に俺と同じように首の枷が付いているところを見ると皆奴隷という事だろう。
石レンガ造りの部屋から出るとそこは外に繋がっていた。周囲には出てきた部屋と同じような石レンガ造りの家々が並ぶ。が、いくつかの家は一部崩れていたりしており、あまり人が住んでいる場所でないように思える。また、地面も舗装はされておらず、歩くたびに土ぼこりが舞う。その外観から明らかにここは日本でないことが分かる。後ろには先ほどまでついてきていた屈強な男が来た道を引き返している。どうやら奴はこれ以上は付いてこないようだ。
「さぁ、乗れ」
トードーは顎で外に置いてある馬車を指す。馬車には2頭の馬の後ろの荷台部分に大きな檻が設置されており、その入り口であろう部分が開け放たれている。どうやらこれに入れと言う意味らしい。先ほどの電撃を見た俺たちは命令通り静かに檻の中へと入っていく。しかし、なぜか最後尾の前髪の長い少年1人がなかなか檻に入ろうとしない。
「おい、早く入れ!」
トードーは叫ぶ。しかし、少年は一向に入る気配を見せない。檻を見たまま動けないでいる。どうやらあまりにも様々なことがありすぎてパニックを起こしているようだ。
「7番! 早く入れと言っているのがわからんのか!!」
7番と呼ばれた動こうとしない少年に対してトードーは腰につけてある鞭を7番へと振るう。
「っぁ!」
7番は背中に鞭を受け、その顔を苦痛に歪ませ、思わず屈んでしまう。その態度が気に食わなかったのかトードーは満足せずに2度3度と鞭を振るう。
あっという間に背中に皮を引き裂いたような傷跡が無数にできる。その傷を見て満足したようで、トードーはもう1度7番に警告した。
「私は入れと言っている。入らなければここで処分してもいいんだぞ?」
処分という言葉に1瞬ビクリと反応する。それは7番だけではなく檻の中の者たちすべてがだ。その言葉から1瞬脳内に地下で殺されていた男たちを思い起こしてしまう。
7番もパニックに恐怖や痛みが勝ったようで、その痛々しい背中をさらけ出しながら檻へと入っていった。
「最初からそうすればいいものを」
トードーは恨めしそうに7番に目をやり、檻を閉める。そして、俺たちを乗せたどこへ行くかもわからない馬車は出発した。
・・・
馬車が駆けてから約30分が経過した。町からは抜け、周囲の景色は草原に変わっている。時折草原からは見たこともない生き物が姿を現す。
檻はそんなに広いものではないらしく、13人入ったこの檻は狭く、全員が何とか座れるほどの大きさだ。皆、暗い顔をしながら俯いている。7番と呼ばれた少年も檻の中でぶるぶると震えている。
俺は胸にかけられているプレートに目を落とす。プレートは皮ひもで首に掛けられており、プレートには以下のように書かれている。
=====================================
13番
言語理解Ⅳ、言語翻訳Ⅳ、体質複写Ⅰ
=====================================
(これだけか)
おそらく2つとも言語が理解でき、伝えられるという能力だろう。体質複写がなんなのかはわからないが。周りのプレートも同じく見てみる。どうやら俺たちにはそれぞれ番号が付けられているらしい。
黒い肌を持つ1番、赤毛の2番、坊主頭で似た顔をしているの3番と4番、所々に入れ墨を持つ5番、やたら長い金髪の6番、背の小さい7番、皺の深い30代ぐらいの8番、カラフルな色に髪を染めている9番、黒く整ったひげが特徴の10番、日に焼けた黒髪オールバックの11番、ドレッドヘアーの12番、そして俺、13番。
それぞれのプレートには言語理解Ⅱと言語翻訳Ⅱがついており、俺の様にⅣの付いている者はいない。しかし、その代わりとばかりに魔術適性や肉体強化などまるでファンタジーの世界のものから地味なものまで最低2つ以上書かれている。特に顕著なのが7番の再生能力Ⅲ。その能力の通りか、さきほど鞭によって付けられた傷のほとんどが塞がっている。どうやらここに書かれていることはその個人が持っている特殊能力だろう。でなければ、このような別世界と思われるここで言葉が通じるのに納得ができない。
馬車を走らせおよそ2時間ほどだろうか。その間、全く喋らない、いや喋れない俺は草原から荒野へ移りゆく景色を見ていた。そして、前方には大きな山が見えてきた。
・・・
「降りろ屑ども」
トードーは檻の鍵を開け、俺たちに指示をする。今度は誰も立ち止まることなく降りる。裸足の為、地面にまばらに落ちている石がむき出しの足がを刺し、痛みを感じる。だが、ここで止まれば7番の様に痛めつけられるだろう。皆、痛みに耐えながら進んでいく。
しばらくすると、山に掘られた坑道が見えてきた。坑道は木材を木組みよってある程度整備はされているものの、どこか素人が作った様な印象を受ける。
トードーは向き直り、ポケットから1つの黒い鉱石を取り出す。
「さて、ここでお前たちにはこの鉱石を掘ってもらう。1番2番は搬出、3番4番5番は土砂整備、6から9番は選定、11から13番は掘削だ。さ、やれ」
トードーはそれぞれ指を指しながら指示を出した。すでに日は傾き始めている。だがトードーの目は7番に鞭を打った時と同じような醜悪なものになっている。
皆、それぞれ指示された場所へと向かい、おそらくこうであろうと思われる作業を開始した。俺も地面に投げ出されたツルハシを持って坑道へ入り、坑道の奥を掘削し始めた。
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