始まりは奴隷から 〜序幕〜

赤糸マト

プロローグ 終わりかけた物語

 つまらない人生だ


 そう思い始めたのはいつ頃からだろうか。


・・・


 俺――菅野 暁かんの あきらはいつもの様にけたたましく鳴り響く目覚まし時計を右手で叩き、止める。


 未だ眠気の残る重い身体を起こし、時計を見る。時計は7時を指している。いつもの様に身支度を整えるため、洗面所へと向かう。洗面所の鏡には淀んだ黒目とぼさぼさの短い黒髪の冴えない少年が映る。俺は顔を洗いぼさぼさの髪を水で無理やり押さえ、リビングへと向かう。リビングには誰もおらず、いつもの様に昼食代とパンの入った袋が机の上に置いてある。


 パンを焼き、テレビのニュースを見ながらトーストを口に運ぶ。ニュースは行方不明になった少年に関するものだった。ふと時計を見ると出発する時間が迫っている。俺は急いでトーストを頬張ると着替えをし、家を出て行った。


 高校まで片道30分の道を自転車で走り、始業時間と共に自分のクラスである2年3組に到着する。


「でさー」

「まじかよ!」


 周囲では和気あいあいと昨日のテレビ番組や授業の愚痴などの会話がされている。そんな奴らを尻目に俺は窓際にある自分の席へと着席した。


「おーい、静かにしろー、席に着け―」


 俺の着席と共に担任である日比谷 勤ひびや つとむが覇気のない声と共に教室へと入ってくる。周りも担任の存在を認め、席に着く。それからいつも通りのつまらない授業が始まった。


(なぜ、こんな事をしなければならないのだろうか。生きていたところで死んだら全て無意味なのに)


 そんなことを考えつつ、窓の外に目をやる。窓の外ではスズメがのびのびと空を飛んでいる。まるで自分とは対照的だ。


――昼休み


 いつもの様に購買へ昼食を調達しようと立ち上がると、聞きたくもない声が聞こえる。


「おいアキラ、どこ行くんだ?」


 宮城 勇一郎みやぎ ゆういちろうは俺にニヤニヤとした笑みを浮かべながら近づく。実に気持ち悪い。勇一郎の周囲には取り巻きの加藤 和憲かとう かずのり佐伯 智宏さえき ともひろも同じように気持ちの悪い笑みを浮かべている。


「……」

「無視すんじゃねぇ!」


 俺の態度が気に入らなかったのか、宮城は腹部へを殴りつける。鈍い痛みと共に椅子に背中をぶつけながら倒れる。そんな光景を周囲の人間は一部を除き、気にすることなく、または、囃し立てるように見ている。


 宮城とその取り巻きは俺を汚い上履きで何度も蹴りつけた後、腹部への蹴りと共にその行為を終わらせる。


「ッチ、今日も反応なしかよ。キモイんだよお前は」


 宮城とその取り巻きは俺の下から離れ、昼食を食べ始める。その顔はどこかすっきりしたものとなっていた。


「……」


 俺は無言で立ち上がると、軽く服を払い購買へと向かう。


・・・


 この理不尽な暴力は小学生の時から続いている。俺は生まれついてのそういった体質、性格らしく、小学生から今まで相手を変えながら俺はこの仕打ちを受け続けている。


 こうした仕打ちに慣れているかと言われれば、慣れるわけもなく、苦しい。昔、反抗したこともあったが、その時は数の暴力で制圧されてしまった為、それ以来、やる気をなくし、今は最も被害の少なくなるであろう方法で耐えている。


 死にたくなったことがあるか? と問われれば ある と答える。では、なぜ自殺をしないかというと、それは単純な2つの理由からだ。


1つ目はただ単に自殺した後も原因であるあいつらがのうのうと生きているのを想像するとムカつくから。2つ目は死後、自分がどうなるかが不明瞭だからだ。魂なんてものの存在は証明されたことが無いし、万一あったとしても死後の世界が今よりひどい者の可能性もある。それが耐えられるものならいいが、耐えられないものだったとき、俺は後悔するだろう。だから自殺をしようなどとは考えたとしても実行をしないと断言できる。


・・・


キーンコーンカーンコーン


 一日の終わりを告げる鐘が学校に鳴り響く。俺はそれと同時に帰宅の準備を始める。宮城たちも教師の目がある手前、俺を痛めつけようとは考えないようで、俺を睨み付けている。


 担任の目があるうちに教室を出て、家への帰路を歩く。宮城たちは無反応な俺をわざわざ追ってまで何かしようという気は無いようで、帰路の間、特に問題なく家へ着いた。


「……ふぅ」


 何事もなく家に着いた俺はいつもの様に荷物を部屋へ放り投げる。そして、風呂に入った後、夕食の準備に取り掛かる。


 夕食の支度をしていると、玄関の開く音が聞こえる。この時間に帰ってくるのは俺の大嫌いな母親だ。どうせまたどっかの男と遊んできたのだう。


「たっだいまー……」


 母子家庭の為、俺にはこの親しかいない。昔に父親の浮気で離婚したそうだが、現状を鑑みるに浮気したのはこの母親のように感じられる。こんな家はバイト代が溜まったら出ていくつもりだ。


 母親は酒臭い息を吐きながら俺を見る。すると途端にその顔は怒りの形相へと変わった。


「……あんた、また制服汚して! いったいいくらかかっていると思ってんの!」


 母親は投げ出された俺の制服に付いている蹴り後を見て怒鳴る。実にうるさい、あと酒臭い。しかし、俺としたことが払い落とすのを忘れていた。


 母親のうるさい説教を聞きながら夕食の準備を済ませ、いつの間にか眠りこけた母親を横目にそれを食べる。味付けは正しいはずなのだが何故か味がしない。味がしなくなったのはいつからだろうか。


 ぼーっと考えていたが、ふと時計を見ると家を出る時間になっていた。俺は急いで支度を済ませ、バイトへと向かう。


・・・


――PM10:00


 バイトが終わり、家への帰路を歩く。重く、疲れ切った棒のような足を動かしながら、ふと空を見上げる。


 空は暗く、星々も周囲の明かりのせいか全く見えない。溜息を1つ吐き、また歩きを再開させる。今日は疲れた。帰ったらもう寝よう。


 家に帰ると母親は出た時と同じ格好で寝ていた。俺はさっさと自室へと入ると着替えもせずに布団へ入り、目をつぶる。


 ……ああ、つまらない。現実世界はなんでこうもつまらないんだ。


 無意味な思考に浸りながら意識は微睡んでいく。そして、体の疲れを癒すため、深い眠りへと落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る