天界/『ふろんてぃあーず ~バケツさんの細かめな開拓記~』 - 1

 この作品は、随分と話題になっているようだ。作者の出世がかかっている作品について書くのは意地の悪いことだろうが、もっと意地の悪い人たちも腕をふるっているのである。彼等は一同に「小説の体をなしていない」と言うだろう。


 文学という言葉を用いる芸術、いや芸術一般にも言えることだが、普通考えられているよりは保守的な界隈であって、分析に手を染めてみるといかに伝統がものを言うかがよくわかるのである。言葉も変化するとは言え、漱石だとか鴎外等の一昔前の文章を読んでみればわかることなのだが、百年ほど前の言葉は方言の違いよりも変化に乏しい。彼らもまたわれわれが日常的に操る言葉を用いて文章を練っていたのである。言葉の意味の変化をわれわれにはどうすることもできないのと同様に、言葉の意味を曲げることは、我々には不可能なのだ。文豪とは、上手く物を言った書き手のことを言う。彼等の様な成功者の模倣と研究によって、我が国の文学も今日にいたっていることは、今日の異世界転生ものの複製的隆盛をみるにつけ間違った発想ではあるまい。技術は法則化され、様式となり伝統となる。現代における文学風文学の潮流は、言うに言えないものを見事に言ってのけた修辞発明家漱石鴎外といったような文壇の大人物を経過して今日にまで流れついているもので、ものによっては伝統のための伝統ということで辺境にまで押し流された結果の物もある。そういう中で、まるで伝統というものをもたない(無関係な)ネット上に発表された散文作品が、「小説の体をなしていない」と称されるのは間違っていないのである。彼等は常に伝統の幻影を追い求める。


 文学の形式は、言葉が活字となって発表される場所の違いによって大きくその姿を変えてきた。その昔、叙事詩や空想的な寓話が中心だった時代から、散文芸術やリアリズムの誕生は、やはりネット小説の登場と同じくらいには革命であって、例えば、バルザックが書くような小説が読まれたのはジャーナリズムの発展のおかげであろう。彼はジャーナリズムに対して非常な嫌悪をもっていたようだが、彼の一見あり得なさそうな虚構や悪文一般が、読者の読み物として受け入れるには、自伝やら評伝やらの存在、事件の顛末を詳細に解説する類の記事がなければ成立しなかったように思われる。芸術という絢爛たる装飾は無味乾燥な生活から出芽するものである。雑誌や新聞は生活する上で用いられる言葉が育つ土壌を、幅を広く耕したのだ。ネットもまたそうであった。ネット小説にあらわれた、ありとあらゆる文学の形式は、氾濫状態にあって、誰もせき止めることはできない。ネット文学のただ一つの特色は、無秩序にあると誰かは言うかもしれない。

 ただ、そういう中でも一定の秩序は現れるもので、天界氏の作の場合、ロールプレイングゲームに現れる文章一般(つまりすべて)を物語として構成した一群に属す。NPCという単語ひとつとってみても十分ビデオゲーム的である。文学の伝統という村社会に入り浸っている愛好家連中は、この手のものを毒々しい色をした珍しい植物のように扱うだろうが、言葉と言えばメールがほとんど新聞雑誌と少し小説、という活字愛好家からしてもやはり、違和感はすごいもので、多くの人にとって辺境に入ったという感じははっきりと感じられるだろう。無論そういう点がこの作品の形式であり、最新式の保守色なのである。


 昨今のネット発信の小説の隆盛の理由は方々語られるが、どれもこれも空を切っているのは、売上という数字から出発し、様式上の一致点を原因としてとらえようとしているからだ。商人の悪い癖である。文芸の消費の低迷は、伝統に固執した連中の生活力の欠如がその理由である。一方で、伝統という追い風をもたない新人はどういう勝負を仕掛ければよいか。頼れるものは生活力だけなのである。大きく売れはしないが読むに堪える作品がほとんどという文芸と、当たるものは伸びるものの、まるで読むに堪えないものがほとんどのネット小説の違いは、おそらくそこにある。ネット小説の様式は、彼等の文学的故郷を言葉の艦橋を色濃く反映しているに過ぎない。彼等の船出が偉大なものであったか、拙劣なものであったかは知らない。破廉恥なものだってたくさんあるだろう。しかし、方言を笑って良いものだろうか。


 まぁ、私は、ここまで来て天界氏の作品の内容に切り込んでいこうと思うのである。

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