幸せになりたい彼女が本当に幸せになる方法。

幸せになりたい彼女が本当に幸せになる方法。

 彼女は10歳になるまで、優しい父母に可愛がられて、たいそう幸福に育ちました。彼女の周りはいつも明るくて、見たこともないほど空は真っ青で、お日様がまぶしいくらいに輝いていました。けれどもやがて彼女が10歳になったころ、自分の容姿が醜いことを思い知らされました。彼女にそのことをわからせたのは、小学校のクラスメートたちでした。

 やがてクラスメートたちは、彼女をつまはじきにしました。彼女に対して醜い、臭い、汚らわしいなどという屈辱的な言葉を浴びせました。低学年のときに仲の良かった友達にしても、彼女のことを毛虫でも見るかのような目つきで眺めるようになりました。ところが彼女は一人ではありませんでした。彼女には彼女と同じように、醜い友達がいたからです。だから孤独ではなかったのです。

 彼女の友達もみんなから、醜い、臭い、汚らわしいと言われていました。実は彼女も彼女の友達を醜いと思っています。でもそれは彼女が鏡の前に立ち、向こう側にいる彼女を醜いと感じるのと同じことなのです。

 果たして蜘蛛は、毛虫のことを醜いと思うのでしょうか。醜いというのは、いったいどういう状態のことをいうのでしょうか。彼女は一生懸命、考えました。考えても考えても分からないのに、それでも必死に考えました。なのに答えはどこにもなくて、彼女の居場所にしたってどこにもなくて、辛い毎日の終わりがいつやってくるのか、それさえも彼女にはわかりませんでした。

 すると彼女はある日、突然、クラスの男子のことが気になります。醜い彼女に振り向いてくれるはずもないのに、気になります。気になりだすととまりません。寝ても覚めても気になります。夢の中にも出てきたのだから、おおごとです。

 彼女はクッキーを作りました。好きな男子に渡したいと思ったのです。でもやっぱり渡せません。食べてくれるはずなどないと思ったからです。なのに彼女は彼だけは違うと勝手に思い込んで、勇気を出して話しかけました。手には手作りのクッキーを持っていました。

 彼だけは違う。ぜったいに違う。クッキーを渡すだけだ。大それた望みなどない。高鳴る胸を抑えつつ、呪文みたいに何度も何度も同じ言葉を繰り返しました。

 結果は最初からわかりきっていました。彼女の行為を見て、みんなが笑いました。彼も笑いました。彼女の醜い友達までが笑っていました。でもそれは仕方のないことです。彼女にしたって、彼女の醜い友達が同じことをすれば、おそらくは笑ったに違いないからです。

 涙が出ました。食べてもらえないクッキーをごみ箱に捨てました。クッキーなんて、二度と見たくないと思いました。呪いました。不平等な世界を、心の底から呪い続けたのです。

 やがて彼女は大人になりました。なのにやっぱり醜いままでした。どこへいっても彼女は自分の醜さのせいで損をしました。だからどんなことでもやりました。人の嫌がることでもやるしかなかったのです。彼女が人並みに生きていくためには、それしか方法はありませんでした。

 彼女は結婚を諦めていました。醜い彼女と結婚する人など現れないと思ったのです。けれども親に勧められて、何度もお見合いをしました。そのたびに彼女は傷つきました。傷つくためだけに生まれてきたように思いました。果たして蜘蛛は毛虫を、醜いというだけで傷つけるのでしょうか。ここでもやはり彼女は世の中、すべてを呪いました。

 ところが予期せぬことに、醜い男子が現れて、彼女との結婚を承諾しました。彼女は正直に言えば、彼のことが好きにはなれませんでした。理由は彼の容貌が芳しくなかったからです。でも彼は醜いけれど、働き者でした。我慢強い人でした。誰から疎んじられても、粘っこい性格で自分の居場所をもぎ取るような、したたかさを持ち合わせていました。

 彼は新聞社に勤めていました。なぜか予想外の出世をしました。彼女は金銭的に、満たされた生活を送るようになりました。でも彼女は子供を作ることに、なかなか踏み切れませんでした。彼女も醜くかったし、夫の外見もやはり芳しくなかったからです。

 悩んで悩んで悩んだ末に、どうやっても決心がつかなかったのに、四十前になって、予想外の妊娠を彼女は経験します。彼女は困惑しました。彼になんと言えばいいのか迷いました。本当のことを言えば、子供は始末したかったのです。自分の容姿のことも考えず、無邪気に喜んでいる夫のことを憎らしく思いました。子供の人生を考えると、彼女はどうしても手放しでは喜べなかったのです。

 でも彼女はとうとう出産をしました。そして生まれた子供を見た瞬間に絶望したのです。結果などわかっていたはずなのに、深い深い悲しみが襲ってきてさめざめと泣きました。彼女は娘のために泣いたのです。自分と同じような運命を背負ったわが子のために泣いたのです。

 彼女は醜いわが子を殊の外、可愛がりました。心の底から愛しみました。彼女の夫も子供には目がなくて、彼女の娘は十歳になるまで、両親に溺愛されて育ちました。でも最近になって、娘の様子が変わってきたのを、彼女は見逃しませんでした。瞳が暗いのです。頬が固いのです。唇が妙に険しいのです。

 彼女にはその訳がわかっていました。でもどうすることも、できませんでした。彼女はここでも世界を呪いました。彼女自身のためではなくて、娘のためにこの世の中、すべてに怨念を込めたのです。そんなときに例の話が舞い込んできました。

 彼女と同じくらい醜かった、学生のころの友人から、連絡をもらったのです。同窓会があるらしく、ぜひ参加しようと友人は彼女を誘いました。でも彼女は同窓会などに行きたいとは、露ほども思っていませんでした。もうあのころのような惨めな思いをするのは、たくさんだったのです。なのに友人はしつこくて、とうとう彼女は同窓会に顔を出す約束をしてしまいます。

 会場はホテルの一室でした。かなりの人数が集まっていましたが、彼女はまた、醜い、臭い、汚らわしいと言われるのではないかと、びくびくしていました。すると例の、容姿の芳しくない友人が彼女のほうへ近づいてきて、信愛の情を示してくれたのです。それで彼女もようやく落ち着きが出て、顔をあげることができました。それから周囲を、用心深く観察しました。

 するとどうでしょうか。驚くような発見があってびっくりしました。醜いと思っていた友人が、今となってはそれほどのこともなかったのです。どうやら誰もが歳をとれば、それなりの容姿に落ち着いてしまうというのが、自然の摂理のようでした。

 彼女は急に、世界を呪うのをやめました。自宅に戻ってからもご機嫌さんで、夕食の支度をしてから夫と子供を迎えました。そして彼女は娘にこう言ったのです。

 四十年、待ちなさい。

(了)

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