終章
終章 すべておわって日本へ帰還
「やっぱり秀人くんだったんだね」
ボロ雑巾みたいにされた俺の身体は強利が治癒の魔法で修復してくれた。ついでに解毒も。丸一日経ってからマスクをとって静流と再会すると、静流が生き生きとした表情で俺を見つめてきた。あの、白い膜でおおわれた、死んだみたいな瞳の、血の気の失せた病弱そうな顔は、どこにも見られない。服は、拉致されたときと同じ学生服である。
一緒に学校から帰っていたときと、何も変わらない、あの静流だった。その静流が俺に手を伸ばしてくる。ひんやりとした感触が俺の手を覆った。
「あァ、秀人くんの手だなァ。温かい」
「言っただろ。手くらい、いつでも温めてやるって」
「うん」
俺と静流の会話を聞き、苦笑しているのは静流の親父さんとお袋さん、それから華麗羅と柚香だった。なんかもう、すごい公認の仲になっちゃったっぽいんだけど、いいとするか。ちなみに強利は席をはずしているが、これは『M&M』の王様、お妃様と一緒に政治上の手続きをとり行っているからである。大臣は、魔王の思念にとり憑かれていただけで、本人の意思で戦争を起こそうとしたわけではないから無罪にするとか、いろいろと複雑なことをやっているらしかった。これからは『M&M』も強利たちとの交流を深めていくだろう。そこから先は政治家たちの領分だ。俺たちは関係ない。
またたく間に二日が経った。合計三日である。携帯もつながらないし、いい加減に『P&P』へ戻りたいと思っていたころ、帰国許可がおりた。どういう法的手段がとられたのかはわからないが、何も問題はないと強利は保証した。
「また、こっちにこい。おまえとの決着をつけるという話、私は忘れてはいないからな」
汽車で『P&P』へ戻り、駅でわかれるときに華麗羅に言われた。やっと平和になったと思ったのに。
「リハビリのときに模擬戦やって、勝負はついたと思ったんですけど」
「あれは、あくまでもリハビリだった。今度は本気でやる」
すごいラブコールだな。わかりましたと俺は返事をしておいた。つづいて柚香も俺を見あげる。
「私の一族の長老が、あなたに会いたいって話も忘れないでね」
「あいよ」
適当に返事をして、俺と静流、静流の両親は帰路についた。家に帰ったら、お袋にいろいろ聞かれたが、もう放っておくしかない。冷静に思い返したら、俺もすごい非合法活動をやらかしたもんだよ。
夢にまで見た、平穏無事な日常に俺たちは帰ってきたのである。そりゃよかったんだが。
「あのな佐山。おまえ、人間じゃないんだって?」
翌日の放課後、普通に学校へ行って、普通に授業をこなした俺が静流と一緒に帰ろうと思ったら、下駄箱で坂本が近づいてきた。なんだその話は? ほかの連中も集まってくる。もう放課後で、好きにわめけるフリーダムタイムと判断したらしい。
「俺が人間じゃないって、どういうことだよ?」
とりあえず、すっとボケながら俺は外靴に履き換えた。静流も外靴を履く。俺の前で、坂本がほかの連中と顔を見合わせた。
「だって、なァ?」
「ねェ佐山、こうなったら、普通にしゃべっちゃってもいいんじゃない? 宮原も、『M&M』の人魚姫って知られてるんだし」
「だから、なんのことだよ?」
「俺たち、TVで見たんだよ。宮原の、『M&M』の戴冠式が無茶苦茶になるところ」
「あれ、すごかったもんな」
口々に言ってくる。
「で、そのとき、おまえ、いたじゃん。あんな血まみれのものすごい喧嘩して、普通の人間だって言ったって、信じられるわけがないだろ」
あ、それがあったか。いや、それはないはずである。
「あの暴漢って、マスクをつけてたじゃないか。なんで俺だって決めつけるんだよ」
「あのとき宮原が言ってたんだよ。佐山くんとか秀人くんって。それに、あのマスクつけた奴の声、俺たちが聞いても、佐山の声だって思ったし」
あ、そうだった!! 歯噛みする俺の前で、ほかの連中も説明をはじめる。
「それにあのとき、宮原、秀人くんは私の彼氏だって言ってたから。宮原の彼氏で佐山で秀人って言ったら、佐山しかいないじゃない?」
「丁度、そのときにタイミングよく佐山は学校を休んでたし」
「前々から、なんかおかしいと思ってたんだよ。体育の授業でも、テレテレやってるけど、絶対手ェ抜いてるって思ってたからなァ」
「なァ、おまえ、五獣王だったんだって?」
核心を突く質問まできた。
「俺はそんなんじゃねェよ。親父も違うって言ってたし」
嘘は言ってない。もう、とっとと逃げだそうと思い、俺は静流の手をとって校舎をでた。かまわず坂本たちがついてくる。
「なァ、いい加減に言っちまえよ」
「あのなァ。誰にだって、言いたくない秘密ってもんがあるんだよ」
「聞いたか!? 佐山、やっぱり秘密があるんだってよ!!」
坂本がでかい声でほかの連中に言いやがった。この野郎、人の言葉尻を捕まえて。いい奴だと思っていたのに。ほかの連中が興味深そうに俺をとり囲みにかかる。面倒臭くなり、俺は静流に耳打ちした。
「仕方がない。逃げるぞ」
言って静流を抱きあげた。
「あばよ。また明日な」
俺は走りだした。背後から、同じクラスの級友があわてたようについてくる。
「待てよ佐山。いや五獣王!!」
「うるせェ! 俺は五獣王なんかじゃねェよ!!」
いまはこれでいいとして、明日はどうやって誤魔化せばいいんだろう。これからのことを考えながら、静流を抱きあげた状態で、俺はどこまでも走りつづけた。
どこまでも。
狼男と人魚姫2 渡邊裕多郎 @yutarowatanabe
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