第二章一節後半

 翌日、俺は家にある服をひっかきまわし、とりあえず紺色のブレザーに袖を通して、手提げ袋に筆記用具とノートを入れて家をでた。待ち合わせ場所は学校前である。行ってみると、青いワンピースを着た静流が待っていた。

「おはよう、秀人くん」

 うれしそうに静流が声をかけてくる。俺も手を振った。

「あの、服って、こんな感じでよかったかな」

「うん、かまわないと思うけど。じゃ、行きましょうか」

 俺は静流と手をつないで歩きだした。横目でちらっと見る。静流もこっちをむいた。趣味の悪い眼鏡の奥で、やさしげな瞳が俺を見つめている。

「何?」

「いや、なんでもない」

「ときどき、そうやって、黙って私のことを見てるよね。変な秀人くん」

 静流がほほ笑んだ。相変わらず綺麗だな。――冷静に考えたら、人魚なんだから、一日中海で泳いでるのが本来の生活スタイルである。化粧なんかしたって、すぐに洗い流されてスッピンが基本だ。それでも絵画や民話で美しいって言われてるんだから、根本的な顔の造形がどれほどすばらしいのか、推して知るべし。昔、船が惑わされて岸壁に叩きつけられたって話も聞いたが、あれは歌声じゃなくて、顔を見て酔いしれたんじゃなかろうか。

 静流の家には、しばらく歩いて到着した。それほど大きくはないが、べつに小さくもない、よくある一般住宅である。なんとなく緊張してきた。途中まで一緒に帰るのとは違い、今回は家のなかに入るのだ。

「ただいまァ」

 静流が先にドアをあけて入った。眼鏡を降ろして、すぐにこっちをむく。想像通り伊達だったらしい。何も知らない無垢な赤ん坊でも笑みを返す、うるわしの美貌がそこにあった。

「秀人くんも、どうぞ」

「あの、お邪魔します」

 俺も言い、靴を脱いだ。玄関にあがる。静流のあとをついて居間まで行く。

「いらっしゃいませ」

 静流とよく似た、澄んだ声がした。同時にでてきたのは綺麗な女性である。静流のお袋さんだな。声だけじゃなくて、顔も似ている。というか、静流と瓜ふたつだよ。そりゃ、年齢は違うが、ほとんどクローンだ。

「君が、佐山くんだったかな」

 つづけてでてきたのは、髭を蓄えたナイスミドルだった。静流の親父さんだろう。国籍は――わからない。東洋人と西洋人のハーフと言えば、一番しっくりくるか。パイプをくわえてエスプレッソでも飲んでいれば、さぞかし似合うだろうが、なんでもない顔で歩きまわっていれば、少し顔が濃い日本人、くらいで通るかもしれない。どっちでもOKとは、俺の両親と同じだな。

「どうも、はじめまして。佐山秀人って言います」

 俺は頭をさげて自己紹介した。

「静流さんとは、なんていうか、仲良くさせてもらってますんで」

「そうですか。ゆっくりして行ってくださいね」

 静流のお袋さんがほほ笑んだ。親父さんも同様である。

「秀人くん、行きましょう」

 静流が俺の手をひっぱった。とりあえず、あいさつはこれで終了らしい。本音言うと、これだけでも結構緊張したな。

「あとで、少し話があるんだが、いいかな」

 静流の部屋まで行こうとしたら、親父さんに言われた。振りむく。

「実を言うと、俺にもあるんですよ」

 俺も言っておいた。隠し事はよくない。

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