第二章一節前半
第二章 静流の両親と対面
1
それから、毎日俺たちは学校で一緒に行動した。べつに、何か特別なことを話したとか、どこかに遊びに行ったりはしなかったのに、どうしてか、学校生活がすばらしく輝いて見える。これが恋愛というものらしい。それに、俺は静流のことを周囲に自慢したくて仕方がなかった。俺ひとりのものにしたいという独占欲とは矛盾するようだが、これも当然だと思う。何せ、本当はものすごい美人なのだ。こんな綺麗な娘が俺のそばにいるんだぜ? 額にかかっている髪の毛を避けて、趣味の悪い眼鏡をはずして素顔をさらせば、学校中の人間が静流の美貌に見惚れるだろう。
ただ、これは静流がいやがった。
「私、そういうのに興味ないもの。秀人くん、私のことをお姫様みたいだって言ってくれたでしょう? 秀人くんがわかってくれたら、私、それでいいから」
欲のないことを言う。
「いや、少しくらい」
と俺がゴネたら、
「秀人くんは、自分が狼男だから、ほかの人よりもスポーツが得意なんだって、学校で胸を張って言える?」
悲しそうに訊いてきた。それを言われたら、俺もあきらめるしかない。少し反省する。俺はおもしろ半分で静流と付き合ってるわけじゃないのだ。
で、今日も昼飯の時間になった。実を言うと、これが二度目の手作り弁当である。さすがに毎日ってわけにはいかない。というか、たまには俺も弁当をつくらないといけないか。いや、俺には無理だから、今度からスナック菓子を買ってバランスをとろう。
「楽しんできな」
俺が静流と手をつないで教室をでようとしたら、坂本が声をかけてきた。ほかの連中も普通に見てる。最初はからかうような視線もあったが、もう飽きたらしい。
「おしどり夫婦って、ああいうのを言うのよね」
誰かが聞こえよがしに言うが、とりあえず無視した。俺たちはおしどりじゃないし、夫婦でもない。バカップルだってのは否定しないが。
「ね、明日、土曜日だよね」
いつものようにベンチに座ったら、弁当箱の蓋をあけた静流が俺に言ってきた。本日は焼肉弁当プラスゆで卵である。見たところ焼肉は脂身が少なめだった。これはありがたいな。
弁当箱を受けとり、俺は手を合わせた。
「いただきます」
「召しあがれ。私もいただきます。あのね、今度の土曜日、秀人くんの家に遊びに行ってもいい? 一緒に宿題やりたいんだけど」
焼肉弁当を食べる俺に静流が提案してきた。ちなみに焼肉は甘口ではなく、辛口で、しかも薄味である。本当に俺の好みに合わせてくれたとは。うれしくてパクパク食べながら、俺は少し考えた。
「土曜日か。ごめん、ちょっと駄目だな」
「あ、駄目だった?」
「うん。実を言うと、親父は土曜も仕事に行ってて、お袋も研究施設に行くんだよ。だから、俺と静流だけになっちまう」
「え、そんなの、私、気にしないけど」
「いやいや、やっぱり、近所で変な噂が立ったらまずいからな。俺の家は駄目だ。それ以外の場所だったら問題ないぜ」
「じゃァ、私の家は? 私の家だったら、お父さんたちもいるし」
「そうか」
少し考えた。
「うん、いいぜ。あいさつくらいは俺もしておきたいし」
「ありがとうね」
言って静流も焼肉弁当を食べはじめた。しばらく一緒に食事を摂っていたが、急に思いだしたみたいな顔で静流がこっちをむく。
「あのね。私、秀人くんのこと、お父さんたちに話したんだ」
「へェ。なんて話したんだ?」
「えっとね。ずっと好きな人がいたんだけど、その人が告白してくれたから、私もOKして、恋人になったんだよって。佐山秀人くんって言うんだよって」
「え、俺の名前まで言ったのか?」
「うん。おかしかった?」
「だって、それ、自分の恋人を親に紹介したってことになるんじゃないか?」
「あ!」
静流が驚きの目をした。いままで気がついてなかったらしい。俺たち、高校生だぜ? 静流のご両親はどんな気持ちだっただろう。
「そうか。だからお父さんたち、あんなに驚いた顔をしてたんだ」
「いや、俺も、なんて言うか、親父たちに『昼飯がいらないってどういうことだ』って言われて、実は彼女ができて、弁当をつくってくれるんだ、くらいは言ったけどさ。それにしたって。――ちょっと質問だけど、どういうふうに話したんだ?」
「うん、ちゃんと説明するとね。私、最初は家で普通にしてたつもりだっんだけど、なんだか、バレバレだったみたいで。お母さんが『すごくうれしそうだけど、何かあったの?』って訊いてきて、それでお父さんも気づいて。私、最初は隠そうかとも思ったんだけど、べつに悪いことをしてるわけでもないから、正直に言っちゃったんだ」
「なるほど」
俺と同じだ。
「これ、秀人くんが告白してくれた日のことだったんだけどね。それで、台所で肉じゃがをつくったりも、普通に認めてもらえて。でも、いろいろ訊かれたっけ」
「訊かれたって、どんな?」
「うん」
少しだけ静流がうつむいた。
「その人は、私たちのことを知ってるのか、とか。そういうこと」
「やっぱりな」
俺の親と同じだ。
「俺も、彼女は俺のことを知ってるって親父たちに言っておいた。静流のことは黙ってたけどな。静流は?」
「私も同じ。秀人くんは私のことを知ってるって言っておいたから。嘘はつきたくなかったし。秀人くんのことは言わなかったけど」
「そうか」
静流のご両親に会ったら、そのときは、俺のことも正直に言っておくか。焼肉弁当のたれの味つけでゆで卵を食いながら、俺は妙なことに気づいた。
「ちょっと待ってくれ。すると何か? 静流のご両親は、静流に恋人がいることを知っている。で、その恋人の名前も知っている。で、その恋人が静流の秘密を知っていることも知っている。そのうえで、俺は静流の家に遊びに行くわけか」
「えーとね」
静流が考えた。
「うん、そうなるけど」
「それってなんだか、すごいことなんじゃないか?」
「そう言われたら、そうかも」
静流も気がついたらしい。というか、告白して一週間もしないうちに、相手のご両親にあいさつするのか俺は? いや、ふざけて交際してるわけじゃないし、わかれる気なんてさらさらないから、困るわけでもないんだが。
大体、静流以外に、俺と付き合ってくれる女性がいるとも思えないし。
「あのね。秀人くんがいやなら、べつの場所でもいいんだけど。たとえば図書館で、一緒に宿題するとか」
考えてる俺の横で静流が訊いてきた。心配そうである。――なんとなくだが、ここで俺が図書館と言ったら、静流の美貌がさらに曇りそうな気がした。
「いや、静流の家に遊びに行くぜ」
俺は静流に笑いかけた。静流が目を見開く。
「秀人くん、いいの?」
「かまわないさ。基本は、静流の家で、一緒に宿題をするってだけだろう? 静流のご両親とは、ただ会って、あいさつするだけだし。そんなに気にすることもないと思うぜ」
このとき、俺は気が大きくなっていたのかもしれない。告白してOKされて、仲良く一緒にいて、怖いものなんて何もなかった。
俺たちは普通に弁当を食べ、校舎に戻った。
土曜日の待ち合わせは昼過ぎという約束にした。
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