第二章二節前半
2
一緒に頭を絞って宿題を片づけ、静流のお袋さんが持ってきてくれたケーキとココアを食べ、他愛もない雑談をし、瞬く間に夕方となった。
「じゃ、そろそろ帰る――じゃなかった。静流のお父さんと話があったな」
「うん」
静流がうなずき、少しモジモジした。
「あのね、お父さんとお話もいいんだけど、そのあと、お夕飯、一緒に食べない?」
「あ、それは――ごめん。たぶん、家に夕飯があるから。もう少し早く言ってくれたら、なんとかできたんだけど」
お袋が研究施設から帰って、なんかつくりはじめてるはずだ。静流がうなずく。
「そうだね。急じゃ、仕方がないよね」
「じゃ、行くか」
俺は立ちあがった。静流につれられて部屋をでる。
居間をでるとき、静流の両親がソファに座っていた。緊張した面持ちである。俺も、正直に言わなければならない。
「佐山くん、さっき言っていた話なんだが」
「はい。話をするって約束でしたね」
「まず、座ってくれないかな」
「はい」
俺は言われるまま、むかいのソファに座った。静流が俺の隣に座る。静流の親父さんとお袋さんが顔を見合わせた。軽く息をついてから、親父さんが俺に目をむける。
「えーとだね、まず、確認をさせてもらうが、君は、静流のことを知っているそうだね」
「はい、実は知っています」
「どう聞いているのかな?」
「それは――言っていいんですか?」
「かまわんよ」
「静流さんは人魚です」
他に聞いてる者もいないが、とりあえず声量を落として俺は言った。静流の親父さんがうなずく。
「なるほど、本当に知っているようだね」
あらためて、親父さんが俺を値踏みするように見すえた。
「で、その話、君は信じているのかな?」
「もちろんです」
俺はうなずいた。親父さんが、少し意外そうな表情をする。
「ずいぶんとあっさり言うものだね。普通の人間は、私たちが本当のことを言っても、自分の目で見ないと信じたりしないものだが」
「実を言うと、俺、静流さんの人魚の姿、見てるんですよ」
「ほゥ」
親父さんが驚いた顔をした。隣に座っていたお袋さんもである。
「どういう経緯で見たのかね」
「いや、まァ、あのゥ、いろいろありまして」
まさか、静流が悪党に誘拐されて、俺が助けに行ったなんて言えない。どう言ったら心配させずに誤魔化せるかと思っていたら、親父さんが眉をひそめた。
「驚いたな。少し親しいボーイフレンドくらいかと思っていたんだが、君たちは、そういうことか。まだまだ静流は子供だと思っていたのに、知らないうちに大人になるものだ」
「はァ」
わけがわからずに俺はうなずいた。親父さんは俺を見て渋い顔をしている。少しして俺は気づいた。
「あ!!」
静流も気づいたのか、俺の隣で真っ赤になった。
「ちち違います。なんにもありません。いろいろあったってのは、ただの事故で」
「そうそう、お父さん、誤解してるから」
「そうなのか?」
「最近の若い子は進んでるって聞いていたけど」
これは静流のお袋さんである。俺のお袋と同じだ。主婦ってのは、ワイドショーの過激な報道に毒されるもんらしい。
「あのですね。そういう連中もいるでしょうけど、なんて言うか、その、俺たちは清い交際で」
「お父さんが考えてるようなこと、全然してないから。健全なお付き合いだから」
「そうなのか。わかった。それは信用するとしよう」
あわてて言う俺たちを見て、言い訳をしてるわけではないと納得してくれたらしい。静流の親父さんがうなずいた。
「では、それはそれでいいとして。それとはべつに、佐山くんには、いくつか質問をしようか」
なんか、質疑応答はつづくらしい。
「変なことを訊くようだが、交際は、君から言いだしたのかな?」
「はい。まァ、一応」
「それから、静流のことを知ったのかな?」
「いえ、前から知ってました」
「そうか」
なんだか心配そうに親父さんとお袋さんが顔を見合わせた。
「まさかとは思うが、それで、興味本位で静流に声をかけたとか、そういうことではないだろうね?」
「それは違いますよ。俺は、静流さんの素性を知る前から、あ、かわいい女の子だなって思ってて、それで付き合ってくださいって言ったんです」
「なるほど。それは安心してよさそうだ」
親父さんが微笑した。
「失礼なことを聞いてしまってすまなかった。わかってほしいんだが、私たちは、『S&S』からの移民でね。いろいろと奇異の目で見られた経験があるんだ。そんな思いを娘にはさせたくなかったんだよ」
「それは――わかりますよ」
俺は親父たちの普段の態度を思いだした。獣人類の人権は法的に認められているものの、親父たちは自分から素生を口にしない。静流の親父さんたちも同じはずだ。
「だが、娘のボーイフレンドが君のような人間で安心した。私たちからもお願いなんだが、くれぐれも、娘が人間ではないことは口外しないでほしい」
「それはもちろんです」
「いい答えだな。これでホッとしたよ」
静流の両親が笑顔をむけた。今度はこっちの番である。
「あの、俺も言いたいことがあるんですが」
「何かね?」
「ショッキングな話だとは思いますが、よろしいですか?」
「かまわんよ。娘のことさえ秘密にしていてくれるなら、こちらもできるだけ協力しよう」
「それはありがたいですね。じゃ、言いますけど、俺の両親も『S&S』からの移民だったんですよ」
静流の両親の表情が変わった。
「なんだって?」
「俺、狼男なんですよ」
迷っていても仕方がない。俺は正直に言った。静流に告白するときの緊張に比べたら、この程度、屁みたいなもんである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます