第16話
「……そこでね、オル。あたしは『速い斬り』で、その《獅子王ネメア》の片目をズバッとやったのよ!」
いつものように、イルマのアトラクション中。
「さあ、オル! あたしを《ネメア》だと思って斬りかかって!」
最近はこういう演出が多い。
僕は、貰った小さな木剣を思いきりイルマに向かって振った。
ぱしっ、と軽い音がして、僕の振るった木剣はイルマの掌で受け止められた。
そのまま、足を払われて宙に浮いた僕の体がイルマの手によって回される。
二三回ぐるっとしたところで、ゆっくりと降ろされた。
「あんよが疎かになってました。それじゃあ、《ネメア》は倒せませーん。……オル、さっき言ったことを思い出して、あたしの動きをもう一度、よく見てるのよ」
そう言って、僕のものよりだいぶ大きな木剣を、イルマは脇に流して構える。
敷地の地面を爆ぜさせる脚。ぐんっと腕へと引きつけられる腰。たたまれた腕から切り上げられる木の剣。
イルマの素振りの迫力は特撮レベルだ。
木の剣の刃先が消えて、現れる。その軌道上の大気が斬られているのだろうか?
僕の頬を風が撫でた。
「見てた? 脚から腰とお腹、それで腕から剣へ」
「はい、今度は脚のうごきもばっちり見ました」
「よろしい! じゃあ、今度は一度あたしと一緒に振ってみましょう!」
「はい! イルマ、失礼します」
ダンスの練習をするときのように、僕はイルマの足の甲に立った。体の向きはダンスのときとは逆。
そうして、後ろから僕の体におおいかぶさるように、イルマが僕の腕をとる。
「じゃあ、オル、脚を引いて、腰を屈めて……そう! そしたら、こうして、こうよ!」
僕の足の下から突き上げるような衝撃。それを受けて腰をひねり、イルマが補助する腕を振るう。
イルマひとりのときとは比べものにならないほど弱いのだろうけど、僕の振るった木剣が風鳴りを上げた。
……そう、最近ではイルマは外装型のアトラクションもやってくれる。
この万能感はすごい。イルマを装備した今の僕なら、ほんとうに高位の《魔獣》の一匹や二匹倒せるだろう。
「いい感じね! 今の感じを忘れちゃダメよ?」
そう言って、イルマは僕を抱き上げた。
僕は相変わらず猫みたいなイルマの笑顔を見ながら、前から思っていた疑問を口にした。
「マルクス伯父さんとイルマは同じレイア家の血統なのに、どうしてイルマのほうが強いのですか?」
マルクス伯父の名を出した瞬間、一瞬だけイルマの笑顔が固まった。
けど、そのあとは元通りだ。
そう、僕の体が強いのはどうやらレイア家の血統だかららしい。
しかし、同じ遺伝子を持ったマルクスとイルマでも、明らかにイルマのほうが強い。
ふつうに考えれば女性のイルマのほうが弱そうなのに。
「ああ、それは《
「《スキル》? それってなんですか?」
イルマが怪訝そうな顔をする。
「《技能》は《技能》よ? ……ニックから聴いてない?」
「はい」
「うん? まあ、いいか。じゃあ、あたしが教えてあげるわ!」
「お願いします」
――イルマの説明は擬音ばっかりで、ほぼ意味がわからなかった。
とにかく、なんだか人族がすごくなるのだ、ということだけは伝わって来た。
そこで、僕は夜を待って帰宅したニックに同じ質問をしてみることにした。
「ねえ、ニック? 今日はきぼうしたい講義があるのですけど?」
「急にどうしたんだい、オル?」
穏やかな笑みを浮かべてニックが腰を下ろした。
「それで、なにが聴きたいのかな?」
「《
あれ? ニックの目が死んだ?
さっきまで生きていたはずなのに。
「そうだなぁ、説明が少し難しいけど。……前に《転生譚詩曲》を歌ったとき、《技能の神》が出てきたことは憶えているかい?」
「え、……ええ」
光の失せた目のまま、ニックは淡々と語った。
《技能の神》とは、至上神の《純潔神アルヴァナ》のことで、彼女が人族に与えたものが《
ニックの話では、《技能》とは人族の身体を効率的に使うための技術一般のことを指すそうだ。
《技能》を得る性質は、人族すべてに与えられていて、他種族よりも生まれつき優越しているのだそうだ。
けれども、個々人によって取得スピードが違ったり、終生取得できなかったりで、向き不向きがあるらしい。
それが、才能というものだ、とニックは言った。
加えて、強力な肉体に産まれついた人は《戦闘系技能》の取得に有利な傾向がある、とも。
「ねえ、ニック?」
「なにかな、オル?」
相変わらず目が死んでいる。
どうしたんだろう?
「僕もなにかの《
あれ? ニックの動きが完全に停止した?
まさか、死んでしまったのか?
「前ニモ、《鑑定》についてハ話したことがアッタネ」
あ、生きてる。でも、なんだか喋り方がおかしくないか?
「確か《魔法》の一種で、僕がうまれたばかりのときに受けた《洗礼》もそうでしたよね?」
「ソウだよ。《鑑定》にはおもにフタツの方法があるのサ。《祈り》の一種デある《洗礼》と、《魔法》にオケル《儀式》がソレになるのサ。私の持ってイル《
ニックの口元はしっかりと動いているのに、ほかの全部の動きが止まっているように見える。
「……ニック?」
「ナンだい?」
ニックはこんな片言では喋らなかったのに。
「僕も、《鑑定》を受けてみたいのですけど?」
「ソウカ。ジャア、ツイテオイデ」
そう言うとニックは、立ち上がって歩き出した。
とてもぎこちない動きで。
ニックに連れていかれたのは、地下室だった。この家に地下室があったなんてちっとも知らなかった。
地下室への扉はニックの書斎のカーペットの下にあって、隠されていたからだ。
たぶん四畳半ぐらいの地下室には、石の壁の二面に
残りの二面には、なにかの薬草や干からびた爬虫類のようなものがぶら下がっている。その下には大きな壺が幾つかと、バケツ。
ランプを手にしたニックが、干からびたトカゲみたいなものの横にある壁付けのランプに灯りを移した。
狭い地下室。わだかまった空気はカビ臭くて、なんだか生臭い香りもする。
ちょっとだけじめっとしているのもなんだか雰囲気があった。
部屋の中央にレンガ造りのコンロが置いてあって、その上に大きな鍋のような容器がある。
その正面には作業台なのか小ぶりな机がひとつあった。
「これが《
「ソウダヨ」
ニックは《窯》の背後に回って、部屋の隅からコンロに火をつける。
そうして、薪をくべて火を大きくした。
続けて、壁際の壺からバケツでなにかをすくって《窯》の中へと投入する。液体?
「それはなんですか?」
「今年一番ノ雪ドケ水……アト、《魔物》ノ体液ノブレンド」
「……へー」
そんなふうにして、ニックはテキパキと……どちらかというとカクカクと動いて、いろいろな物を《窯》の中へと放り込んでいった。
沼地の《蛇妖》の毒だとか、《ジャイアント・ニュート》の目玉だとか、《竜》の鱗だとか、なんとかの腸だとか、肝だとか……。
最後にニックは僕に向き直ると、僕の頭に手を伸ばす。
ぷつっと音がして、僕の頭皮から髪の毛が一本引き抜かれた。
そうしてニックはそれを《窯》の中へとふわりと入れた。
「ニック、ニック! 鑑定結果は《窯》の中に出るのですよね?」
「ソウダヨ」
「僕も見たいです!」
僕の体を無言で抱き上げたニックは、僕に《窯》を覗かせてくれた。
ぼこぼこと泡立つ《窯》の中身。ツンと鼻を突きあげる臭い。
「わあっ、気持ち悪いですね! ニック!」
「ソウダネ」
僕らが一緒に《窯》の中身を覗き込んでいると、ぼこぼこいっていた水面がすうっと凪になる。
次の瞬間、銀色の文字が次々と浮かんできた――
「すごい! これが僕の《技能》ですか? なんだかたくさんありますね、ニック? ……あの《
僕は抱えられた状態でニックの顔を見上げた。
どうしてだろう? ニックの顔が真っ青だ。
「ニック?」
ニックはゆっくりと僕を《窯》から遠ざけて、床に降ろす。
そして、仁王立ちで僕を見下ろすと、こう言った。
「……オル、服を着るんだ」
「は?」
ニックの背後で《窯》の中身がどばっと真上に向かってしぶきを上げていた。
〓〓〓
〈――ルエルヴァ共和新歴百二年、ザントクリフ王国歴千四百五十九年、ヴォルカリウスの月、六夜
ついにこの日が来てしまった。
オルレイウスの口から《技能》という言葉が飛び出した。
続いて《鑑定》を受けたいという要望も。
《儀式》に使用する《魔材》はそれなりに貴重なものもある。
商人に注文すれば高くつくし、時間がかかる。
かと言って、幼いオルがいるのだ。私やイルマが採集に行くわけにもいかない。
……私はこれまでそれを言い訳にして、オルの《鑑定》を行ってこなかった。
具体的には、この二年というもの、まったく触れて来なかった。
見るまでもなく予測できていたからだ。
……《雷光視》《十里眼》《厘視眼》《凝闇視》《刹那を切り取る眼》《地獄耳》《雑音無効》《獣の鼻》《臭気耐性》《衝撃耐性》《暑熱耐性》《寒冷耐性》《グルメ》《健啖》《強い肺》《微風を起こす呼気》《外氣呼吸法上級》《内氣呼吸法中級》《剛腕》《剛脚》《回転投げ》《格闘の中級者》《斬り下ろし》《斬り上げ》《剣術の初心者》《三か国語の中級者》《二つの母国を持つ者》《読解者》《良い聴き手》《論述の中級者》《論駁の初級者》《回る舌》《閃き》《胡蝶の夢を見る者》《単純構造の想起者》《概念連合上級》《推理の上級者》《死生の究明者》《蒙昧の理解者》《果断》《中過の是正者》《反復思考上級》《算術の上級者》《暗算の中級者》《一連思考処理上級》《並列思考処理中級》《印象合成上級》《印象加工上級》《観念構成上級》《観念合成上級》《観念加工上級》《概念構成上級》《順序構成上級》《一連構造適用中級》《秀才》《未知の探求者》《事物蒐集家上級》《
やはり、増えていた!
ああ! 多くの《技能》のランクが上昇している!
恐ろしいことに《
そこまでランクが上昇するのに才能ある者でも、正しい方法に則って十年。むしろ、正しい方法を模索するために倍以上の時間がかかることがふつうだ。
だが、増えている!
熟練者でさえ、なかなか手が届かないというのに!!
特に《五感内臓・耐性系技能》の充実ぶりはどうだ?
《刹那を切り取る眼》なんて、《視覚系動視技能》の《きしょうな技能》だ! 《戦士》ならば誰もが欲しいと思う《技能》だ!
それに《地獄耳》ってなんだ?! そんな《技能》、これだけ生きてきて初めて見た!
さらには、《雑音無効》? 《耐性》を通り越して《無効》?!
……もともと、オルレイウスは幾つかの《きしょうな技能》を所持していた。
《死生の究明者》《果断》《
だが、《学術系技能》はある程度まで育ってしまえば、上昇することは無い。
オルのそれは最初から大人並みではあった。だから、そう変化することもないだろうと考えていたのに。
なんだ、《胡蝶の夢を見る者》って!!
それに、どういうことだ? おもちゃの剣にしか触れたことのないはずのオルが《剣術の初心者》?
《格闘の中級者》とは、どういうことだ?
それに《外氣呼吸法》を初めとする《体術系技能》の劇的な上昇の仕方はいったいどういうことだ?!
イルマは私がいない間にオルレイウスになにをさせているんだ?!
とりあえず、オルには有無を言わせず服を着せることができた。
もう、《
イルマにも、ある程度まで正確にオルの《
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