第8話



 人間の学習能力というものをどうやら僕は軽んじていたようだ。



「にっく、にっく。《まほう》についてですけど、にっくは《しじん》なのでしょう? なぜ、《まほう》がつかえるのですか?」

「また、《魔法》のことかい? ……オルはほんとうに《魔法》のことが気になるんだね? 《詩人バード》は《魔法》の発動に不可欠な言葉の専門家でもあるからね。それに私の場合は《ドルイド》の亜種という意味で、古い《詩人》だから」


 嬉しそうにニックは僕の質問に答えてくれる。



 魔法に対する知識欲と劣等生になりたくないという焦り。

 そして、父ニコラウスの熱心な言語教育で、僕にある程度のヒアリングが可能になったのは産まれてからおおよそ二か月後のこと。

 そして、文法と統辞構造を把握してそれに舌が追いつきだしたのはおおよそ産まれてから半年後のことだった。


 僕とニコラウス――ニックは、いつものように僕らの屋敷の寝室の決まった位置を取り、僕はベッドの上に腰掛け、ニックはニックでその前の床の上に直に座って、僕と視線を合わせて会話していた。


「……そういえば、にっく。まえからいっていた《たいたん》とは、なんなのですか?」

「ああ、気にしないでオル。それよりも君の前世の世界の《にほん》という国のことが気になる。ほかにどんなものがあったか聞かせてくれないか?」

「そうですね。……《えいが》というものもありましたよ。まえにせつめいした《しゃしん》のおうようです」

「《しゃしん》の応用か! ぜひ聞かせて欲しい」


 という感じで、僕が拙いながら喋れるようになってからは教師役と生徒役が時折だけど逆転することもあった。

 教師といっても僕がニックに教えられることなんて限られている。それと、僕が忘れていることもあった。


 僕が忘れていたことの代表は、前世の僕の名前だ。


 僕の前世の乏しい知識によれば、記憶というものは『記銘』『保持』『想起』というものに別けられるものだったと思う。

 『記銘』というのはそのままインプットのこと。『保持』というのはそのまま憶え続けていること。『想起』というのは思い出せるということ、だったと思う。

 忘れるということは『記銘』が弱かったのか、『保持』できなかったのかということがおもな原因だったと思うけど、自分の名前でそんなことが起こるわけがない。


 だとすれば『想起』に問題があるんだと思う。小説なんかである記憶喪失というやつだ。

 これの原因には心因性と外因性があったと思うけど、僕の場合はどちらだろうか。


……そもそも、脳そのものが異なるはずなのだから、そんなことを考えること自体ナンセンスなのかもしれないけれど。

 向こうの世界での記憶機能とこちらの世界での記憶機能が異なっているという可能性だってある。

 神様だってふつうに存在したのだから、あまり深く考えてもしょうがないのかもしれない。

 だって、神だし。


 ただ、僕にはそれに関連して、もの凄く気にかかっていることがひとつだけある。

 それを今日こそニックに訊こうと、静かに決意していた。



 ちなみにヒアリングが可能になった時点で、ニックとは多少なりともコミュニケーションが可能になっていた。

 はい、なら頷く。いいえ、なら首を横に振って。わからない場合は首を傾げた。

 それらのジェスチャーは万国共通どころか、世界という壁すら越境した。


 疑問に思ったことについてはニックが持っていた挿し絵つきの本のイラストを指さして訊いた。

 そうして僕らの異世界交流は順調に進んでいた。


 驚いたのは、この世界では神様が曖昧模糊としたものではなくて確かに実在すると信じられていることだった。

 しかも、一部の《神殿》では神託という形で神の声が直接聴けるのだという。

 《神殿》というのは僕がずっと教会だと思っていたところだったらしい。


 僕も神様の声が聴けるのか、と耳に手を当てるジェスチャーでニックに尋ねたところ、神様は忙しいからふつうの人の呼びかけには応えないということだった。

 神様に愛されている人の呼びかけじゃないと応えてはくれないらしい。

 そういう人々を《神官クレリック》と呼ぶのだとニックは教えてくれた。


……神様が忙しいってのもなにかおかしな感じだ。

 しかも、人によって偏愛しているというのも、なんだかなあ。

 それでいいのか、人類。



 と、ニックに映画についての話をしながらそんなことを思い出した僕は、前から気になっていた別の疑問も思い出した。


「ところで、にっく。かみさまというのは、ものすごくおおきいものなのですか?」

「さて、必ずしもそうとは限らないな。たとえば《七神》のうちでも《慈愛のディース》と《戦神マティルトス》は巨きな神だとは言うけれど……どうしてだい?」

「ぼくが、《てんせい》するときに、そんなかみさまがあらわれたのです」

「……そうか」


 転生については早い段階からニックが絵を書いて丁寧に説明してくれたし、僕が転生者だということも知られていた。

 というよりは、僕が産まれてから間もないころ、《神殿》に行ったときにはもうニックは僕が転生者なのではないかと予想していたらしい。


 短い手足を駆使して、では、転生者というものが一般的、たとえばニックやイルマもそうなのかと問えば、ニックは、自分たちが僕と同じような転生者ではないこと、僕のような存在がかなり珍しいことを教えてくれた。

 それではなぜ、僕が転生者だと思ったのかと問えば、この世界には《鑑定》という技術――《魔法ソーサリー》の一種があるという話だった。

 僕が産まれて一週間ほどで受けた《洗礼》というものも、その《鑑定》の一種なのだそうだ。ただ、《洗礼》は《魔法》ではないとも言われた。


 詳しく聞きたかったのだけれど、やっぱりジェスチャーだけでは限界があって、そのときはそれ以上は尋ねることは難しかった。



 ニックが何かを考えている間に、転生の話題を思い出した僕はもっとも気にかかって、心に引っかかっていたことを口にすることを決意した。


「……《てんせい》したぼくを、にっくや、いるまは、ゆるせるのですか?」

「……どうして?」

「たぶん、ぼくは、あなたたちのこどもじゃない」


 僕にとってこの推論から導かれたその質問はすごくコワい質問であるとともに、どうしてもしなければならない質問だった。


 そもそも僕が考えたように記憶を持ったままの転生というものは、地球の一般常識的には限りなく不自然で不可能だ。


 一度ならず僕だって考えた。実際に記憶を保持したまま転生しているのだから深く考えること自体ナンセンスだ、と。

 だけどもしも、この世界での記憶機能が地球と同じように脳を基準としたものだとしたら?

 というかこれだけ地球人類と見た目が似通っているのだから、そう考えない根拠も考えにくい。


 本来、肉体が違うということは脳の構造も違うということだ。つまり、機能そのものが異なる。

 脳は単純なハードではない。脳を含む神経系は階層構造で複数の系統の構造が入り組んだものだったはずだ。そして、その回路は個人の経験によって新たに構築されていくもののはず。

 にもかかわらず、僕は僕という記憶と自我を持ってここにこうして存在している。思考の上で記憶機能の『想起』に関して問題がある以外は、大きな違和感もなく。


 たとえば記憶や自我なんかを量子化したりなんかで圧縮して、別のハードに移し替えることが可能だったとしても、おそらく機能的な制約によってバグが生じるはずだ。

 それも、成人男性と嬰児ではその機能に大きな隔たりがあることは明白。


 記憶や思考などの自我を構成しうる脳の機能は、地球では物質的で複合的で高度なものだと言われていた。

 前世では前頭葉に物理的障害を抱えてしまった人は、感情が理解できなくなるという話を聞いたこともあった。

 加えて、そのような人は日常的な判断ができなくなる、とも。


 外傷などによって記憶機能の一部に異常をきたすという事例――おもに記憶喪失と表現されるものも、脳の物理性にその機能が依拠していることを証明している。

 つまり、脳というハードが異なるはずなのに、前と同じように記憶を保持し、違和感なく思考ができるということがおかしい。



……僕はほんとうにふたりの子供だと言えるのだろうか? それらのことを考えたときに僕を捕らえたのが、そんな疑問。


 なにか神がかった力、あの《裸神》とやらの力で、ふたりの子供の本来無垢であったはずの脳が僕の死体から引きずり出された脳と取り替えられてしまった、とか。

 もしくは、子供の脳が、僕の生前の脳そっくりに造り変えられてしまった、とか。


 そんなふうに考えると、心の底からゾッとした。

 そもそも、僕が僕だと思っている人格や記憶が、オリジナルの完全なコピーである保証はないし、もしかしたらオリジナルの僕がまだ地球で生存している可能性だってある。

 僕はまだ、前世の僕が死んだときのことを思い出せていない。死んだという仮定が偽証である可能性は大いにある。妄言を吐く自称『神』を信じることは、かなりの勇気がいる。


 オリジナルなんかなくて、僕がただ単に、無垢な脳にそういうふうにインプットされた情報に従って『僕』というパーソナリティをそれらしく創り出している……なんてほうがまだ救いがある。

 それは正当な人格としてはひどくゆがんだ存在かもしれないけれど、それなら遠慮なく僕は『オルレイウス』として出発すればいいだけの話だ。

 僕はしっかりとニックとイルマの子供として生きればいい。前世のことなんて忘れてしまえばいいんだ。


 だけど、今の僕には思考を行う上で大きな違和感はない。

 今の僕が、ふたりの子供の脳を死人であるはずの僕の脳に創り変えられたことによって存在していたり、オリジナルの僕がいてそのオリジナルが生きていたりした場合、僕は間違いなく死すべき人間で偽物だ。

 それは、単純に正しくないことだろう。


 僕は、転生なんか望んではいなかった。

 人間が産まれるということは、理不尽であるとともに、否定しようがない、奇跡的なことだ。

 僕の存在は、その奇跡を汚している。


 魔法の存在に惹かれ、ニックとの会話を楽しみ、僕はこの数か月の間に、いつしか生きることを望むようになっていた。

 転生を、僕は望んでいなかったけど、神様が勝手にやったこと。……しかし、僕はそんな言い訳に身を任せられるほど器用ではない。



 今、僕の目の前にいるニックこそが僕がその未来を奪った子供の遺族だ。

 僕が知っている唯一の方法、頭を下げたって、どれだけ謝ったって足りないことくらい僕にだってわかった。


 だから、僕は彼の裁きを待つ。彼とイルマだけが、僕に正当に裁きを下す権利を有している。

 これはたとえ神であろうと侵すことのできない権利だ。

 僕は許されることを祈らない。生きることさえ度外視だ。


 正しさとは、ありとあらゆる犠牲を払っても、必ずしも手にすることができるものではない。


――他人に頭を下げ続けて自分の中身を喪ったような僕が、今もなお『正しい』ということにすがることは滑稽なことだろう。

 それでも、僕はそれに委ねたいと思った。


 神様は全裸のおっさんだった。転生の理由は『人類ぽかん計画』だった。

 そんなものに、身を委ねる気はさらさらない。


 だから、僕はニックの言葉を待った。許す、許さない。どっちでもいい。

 ただ、僕はほんとうの正しさにこそ殉じたかった。


 だけどニックは、僕が睨むようにそんなことを考えていると、急に噴き出した。


「……すまないね! あんまりきみが子供らしくない顔をするものだから。……オル、きみは間違いなく僕らの子供さ!」

「? ……どうして、そういいきれるのですか?」

「きみが何を考えているのかも、きみの前の世界がどうだったのかも知らないけれど、こちらの世界では転生というものは一般的なものなのだよ」

「そうなのですか? でも、にっくといるまは《てんせい》していないと……」

「ああ、私の言い方が悪かったな……そうだな、ちょっと待っていてくれ」


 そう言って立ち上がったニックは、寝室の壁に立てかけてあった楽器、七弦の竪琴リラを取り上げて、ベッドの前に戻って来た。


「私が《詩人バード》だということは承知だね?」

「……ええ、ききましたけど……?」

「今日は僕の息子と、慈愛の女神――《冥府の女王ディース》のために、ちょっとした《譚詩曲バラッド》を歌ってあげよう……」


 ニックは持ち運べる程度に小ぶりな竪琴リラを膝の上に置いて、弦を触って音を出したり、弦の張り具合を確かめる。

 ごほん、とひとつ咳払い。ニックの指が踊り、竪琴リラが調べを紡ぎ出す。


「そは神代。はるかときの彼方を物語ろう。れら人の、《大地ゲーア》に出でる前のこと。神々みなみな、争うた。……《神代戦争ディアエディマキア》と呼びにけり……」


 そんなふうにニックの歌は始まった。

 どうやらそれはこの世界の神話らしい。



……昔々、ひとつの大きな戦争があった。《神代戦争ディアエディマキア》と呼ばれる戦争。神々とすべての種族を巻き込んだ戦禍は、この世界に大きな傷を遺した。

 不死の神々や巨人たちや《精霊》たち、《エルフ》や《ドワーフ》や《獣人セリアントロープ》などの、多くのものが肉体を喪って霊魂だけになり、この世界をさまよった。


 怨嗟えんさに駆られてさまよう霊魂たちを見て悲しんだ《慈愛の女神ディース》は、彼らに肉体をお与えになりたいと思召された。

 さまよう霊魂の入れ物として、生き残った神々とともに土をこね、神々の姿に似せて人族という種族を新たにお創りになった。

 でも、このままでは生まれ変ろうとも、怨みと憎しみは消えない。


 そこで《ディース》は、彼女の子供たちの《義侠の神》《熱誠の神》《技能の神》に願って、人族の身体に義侠と熱誠に動かされる力と、それを行動に表す技を与えた。

 続いて、同じく彼女の子供の双子の神の《陽の神》《夜の神》に、人族を育むことと安らがせることを誓わせた。

 最後に、長男の《混沌神パノギアル》に命じて、すべての霊魂を混ぜあわせ、それでも執着を離れないいくらかの魂のために《忘却の水》で河を引いた。

 こうして、すべての霊魂は不死の神々の魂と混じりあって不死となり、すべてを忘れて人族へと転生した……



――ニックの寂びれたような声。高くて少し震えるような、そんな声。

 僕はニックの指の動きに見惚れ、その声に捉われた。


「……ゆえに、人。土塊つちくれの身に尊き欠片をもつ、人よ。れの身は朽ちるとも、欠片は還りて、また巡る。巡り廻りて、また出逢う。ゆえに心安うらやすにさぬるがよい。死はひとときの、まどろみゆえに……」


 ニックの歌はそうして終わりを迎えた。


 同時に、横から凄い勢いで連続する破裂音が聞こえてきた。

 僕が目を向けると、いつのまにかイルマがいて、その手が高速で打ち鳴らされていた。


 それを眺めて、ニックが微笑む。


「ということだよ、オル。……つまり、我々もそういう意味では須らく転生者だ。ただ、それが当たり前すぎてそう言わないし、前世の記憶を持っていないだけでね。だから転生者というと、記憶を保持したまま転生した者のことを指すのが一般的だ」


 少しだけ僕は納得し、続いて大きな疑問がふつふつと湧く。


「では、ぼくのようにきおくをもつ《てんせいしゃ》もいる、ということですか?」

「可能性はある。転生がどのように行われているかは、神のみぞ知ることだからね。……ただし」


 そう言うと、ニックは竪琴リラを床に置いて、僕の身体へと手を伸ばして抱え上げた。

 そして、その薄くて固い胸と細い骨ばった腕で僕を支える。


「きみの魂が、肉体に入らなければ、きっと私たちは息子を失っていた。きみは間違いなく、僕らの大切な長男だ」

「……そうでしょうか? だって、そもそもその《てんせい》のはなしだって《しんわ》ですよ?」

「そうだね。でも、そうなんだよ、オル。魂が入らない肉体は、土塊つちくれと変わらない。……きみは他人より少し経験が多いだけのふつうの、そして、私たちだけの子さ」


 そう、僕に微笑みかけるニック。



――ニックの言葉には納得できない部分も多かった。

 人間の肉体には反射機能が備わっているし、産まれながらに複雑な脳構造もある。土の塊と一緒にはできない。

 それらの機能を有した肉体から、人格が産まれない可能性は皆無ではないはず。


 それでも僕は安心していた。

 なぜだかニックの言葉が正しいと思った。


 気づいてみれば、イルマがすぐ傍らに立って、ニックごと僕を抱きしめる。

 ふたりの体温が僕に移っていくような気がする。



――前世。幼い頃に母の腕に抱かれていたときのことを思い出す。……でも、それは遠い記憶。


 前世の両親の仲は良くなかった。僕が成長するころには、ふたりが会話している姿なんて見たことはなかった。

 表面上はそのくらいだったけれど、僕が少年になるころには父は赴任先で女性をつくっていたし、母はそれに見て見ぬふりを決め込んでいた。

 僕の就職が決まったときには離婚していた程度には反りがあっていなかった。


 僕が最初に目にしたグレーゾーン。そして、最初に目を瞑ったグレーゾーン。


 どうして、ふたりは一緒にいるんだろう? 子供のころはそう思っていた。僕がふたりの間にいたからだともわからずに。

 それがなんとなくわかったとき、まるで僕自身が灰にまみれたような心持ちがした。


…………ああ、そうだった。

 だから、僕は正しさにすがったんだ。

 僕の由来を、僕自身で証明しようと躍起になって。僕が正しいんだと、誰かに言ってもらいたくて。

 僕が心の中に抱えていた憤りも、僕が誰彼かまわず話を聴いていたのも、いつでも誰かに頭を下げていたのも、両親に対してできなかったことだった。


 僕が最初に諦めたもの。

 それは、きっと、家族というもの。



 僕がずっと欲しかったものが、前世の僕とそう齢の変わらないはずの若いふたりから与えられていた――


 次第に僕の中の、ずっと、空っぽだったはずの何かが満たされていく。

 いつしか、その温もりに僕は心から生きようと願っていた。


 正しいことをやり遂げるとふたりに誓おう。今度は、すがるのではなくて。

 僕が、前世で決してできなかったことをしよう。今度は、頭を下げる以外の方法で。


 今、ニックとイルマが僕に注いでくれている熱を受け容れよう。

 今度は、見ないふりをするのではなくて……安心に目を閉じよう――



――イルマ? 温かいけど、苦しいよ?

 だが、イルマの腕力は止まるところを知らない。……ねえ、イルマ?


「えぐっ……なんだか……よくわかんないけどっ! ……オルはぁ、あたしたちの子よっ!!」


 嗚咽を漏らしながら、ニックの細い身体ごと僕を圧し潰そうとするイルマ。

 ニックの細い喉から、う、という声が漏れ、僕の小さな身体はふたりの身体にぎゅうぎゅう圧される。声も上げられない。


……イルマの気が済んだ頃には、僕は満たされた代わりにお漏らししてしまっていた。下が緩いことだけは如何ともし難い。



 〓〓〓



〈――ルエルヴァ共和新歴百年、ザントクリフ王国歴千四百五十七年、アプィレススの月、二十一夜


 私はこの数か月の間、オルと対話をするうちに、私たちの息子オルが《巨神》の生まれ変りではないということに、確信を持つようになっていた。

 彼がこの世界のことをほとんど何も知らなかったことが、対話を通じてわかったからだ。


 偽るにしても、異世界から来たなどという突拍子のないことは言わないだろう。

 しかも、彼の《にほん》という国の話は詳細で真実味が感じられた。


 《ドルイド》の伝承では、確かに《巨神族》のいくらかは異界へと渡ったらしいが、それでも異界からこの世界に帰還するための方法として赤子の身体に転生するというのは不可解だ。


 加えて、彼はとても聡明で純粋だ。……少し、不安を覚えるぐらいに。


 そして、気になることもある。

 オルが言っていた、もの凄く大きな神、という言葉。

 やはり、オルレイウスは《巨神族》に関係していると見るべきだろう。


 だが、だとすれば異界に消えたはずの《巨神》が、オルの魂を送り込んで彼になにをさせようというのだろう?

……気になることは多い。……しかし、今は……とりあえず、洗濯だろうな〉

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