第2話 ダブダブラー(後編)

「やっぱ、おかしいだろコレ」

 アント王子が言った。

 イークロンは21個目のハンバーガーを平らげながら答えた。

「実は自分もうすうすおかしいような気がしていました」

 アントは42個目の、イークロンは22個目のハンバーガーの包み紙を開いた。テーブルの上はハンバーガーの包み紙が積み上がっていた。アントはぱくりとハンバーガーを平らげたが、イークロンはときおり動きを止めながら無表情でもぐもぐと食べていた。

 まだ昼前のせいか、ハンバーガーショップの二階は客がまばらだった。


「中尉はいくつ食った?」

「22っすサー」

「じゃあ俺は42か」

「そういうことになりますね」

 イークロンはレシートの数量を見ながら答えた。レシートには「ハンバーガー ×64」と書かれていた。支払ったのはイークロンだった。そのはずだ。財布に現金があまり残っていないので、間違いない。今月はまだ10日残っているのにこの残金はチョー厳しいなと思った。宇宙の仕事ばかりでなく、地球のバイトも少しはやらないとまずいなと思った。今週末はブラジオン号に乗らないで、地上で大人しくバイトでもしてようかと、イークロンは思った。


 アントは包み紙の残骸をギュウギュウと握りつぶしながら、イークロンに言った。

「なんでこんなに買ったんだ」

「わかりません」

「買ったのは貴様だろう」

「そのようなんですが、買ったのを覚えていません」

「俺は草食なんだぞ。気分が悪い」

 グエップとアントが汚らしい音を立ててゲップをした。せっかくの王子系イケメンが台無しだ。大量のCO2も地球環境に優しくない。2つ先で本を読みながらアント王子をチラ見していたお姉さん風の美女も思わず吹き出していた。


「自分も食い過ぎてヤバイっす」

 イークロンも膨らんだ腹をさすりながら言った。しばらく食べ物のことは考えたくないようだった。

「そもそもの目的はなんだ」

「そりゃまあこのダブダブラーの効果の確認ですよ」

「食べる前にかけたか?」

「んー」

 薬ビンはテーブルの上に出ていた。内容量は少し減っているようにも思うが、元々こんな量だった気もする。スマホはタイマーモードになっていて、5分を計測し終えた状態になっている。時間は測ったようだが、どうも記憶にない。


「なんで64個で試したんだ。1個だとできないのか?」

「垂らし方を変えてみて、増えたり増えなかったりの実験?」

「最初からそれ?」

「いや、あり得ないッスね」

 それは効果が無かったり、不安定だったりした場合にやりそうなことで、効果があるのか無いのかよくわからない状態でやることじゃない。


「貴様は馬鹿なのか」

「待ってください。自分はなんの理由もなくそんなことはしません。もしやるとしたら上官の命令としか考えられません。つまり王子が言ったから64個買ったんです。他に理由は考えられません」

「俺が馬鹿だというのか」

「知りませんよ。命令に理由なんかいらんのでしょう?」

 アントはうーむと考え込んだ。手でなにかをめくるような仕草をしている。脳内のメモを探っているのだろう。アントらテンピリア星人は、短期記憶はポンコツ同然だが、脳内にメモを書くスペースがあるので、記憶すべきことはそこに仮想的に書き記すようになっている。だいたいは女のことばかり書き込んでいるようだが、今日はテスターの実験であるから、なんらかのメモを残した可能性もある。


「何も無いなあ」

 ペラペラとめくる動作を止めて、両手を目の前でパンと合わせた。アントは脳内のメモ帳を閉じたようだ。実のところ、アホ王子はともかく、イークロンも自分も状況を覚えていないのはおかしいと思っていた。今まで、気を失ったこともなければ、酔っぱらっても記憶をなくしたこともない。しかし、64個のハンバーガーを買った記憶はまったくなかった。そもそもどうやってこの席まで運んだ? 店員はいっぺんに64個のハンバーガーを用意できたのか? 何度かに分けた? 分けたのならなぜそれを覚えていない? 疑問はいくらでもあった。だから思ったのだ。何かがおかしいと。


「王子」

「なんだ中尉」

「ちょっと仮説があるんですが」

「言ってみろ」

 アントは気分悪そうに片手でほおづえをつきながら、吐きそうな顔で座席にもたれかかっているイークロンを見た。

「その前に。ダブダブラーを開発した会社ってどんな会社ですか」

「ドランドランって食品会社だ」

「あー」

 イークロンは腑に落ちたような顔をした。が、今にも吐きそうだ。

「それがどうした」

「レストランチェーンとか経営してます?」

「グッチェナッツって知らないか」

「空港によくある店ですよね。地球人が食えるものは置いてないですけど」

「そうそれだ。で?」

 イークロンは、うーんと考え込んだ。選択の余地はないのだが、決断するには覚悟が必要だった。無限の損と、わずかな利益。わずかな利益を放棄することによる、個人の損。わずかな利益のためにもたらされる宇宙の破滅。個人の損と宇宙の終焉を天秤にかけていた。イークロンは聖人ではない。誰よりも俗人である。超人でもない。行きがかり上、一般の高校生とは若干経験値が違うが、特別賢いわけでもなければ、勇敢なわけでもない。ただ、まあその辺の常人よりは商売のセンスはいいのかもしれない。「授業料」という言葉を正しく理解していたからだ。ダブダブラーのテストはおそらくもうすでに6回やってる。もう十分だ。財布も空だし、胃袋も限界だ。


「やめましょう」

「やっぱやめとくか」

「金はもうこれ以上持ってないし、128個は2人では食えません」

「レポートはどうするんだ」

「モニターを中断する以上、貰えないっすよね」

 まあなあ、とアント王子はがっかりした顔をした。この人はアホだけど、裏表がないのがマシなところだなとイークロンは思った。もっとも裏ばっかりが表側にあるのだが。王子のがっかり顔がなんだか寂しい感じで、ちょっと悔しくなった。こんなんで終わるのはちょっともったいないなと思った。一か八かやってみる価値のある策は一つあるにはあった。あるにはあるが、どうだろうか。


「あるいは」

「ん?」

「ありのままをレポートにして提出しますか」

 アント王子は、ん? とイークロンを見た。イークロンは、ダブダブラーの小瓶を指差していた。小瓶というよりは、そこに貼られているラベルを指していた。

「中尉、貴様がウチの軍でよかったよ」

 アントは、ニヤリとして言った。イークロンは、今度は言い返した。

「自分は大尉でありますサー」


 ◇


Title:ダブダブラー使用感に関するレポート

テスター アント・ニーオ・テンピリア/イークロン・プレビア


御社のダブダブラーのラベルは正に効果的であることが、実験により証明されました。


振込口座 テンピリア中央銀行 ブラクメル支店 普通 0000003


以上。


 ◇


Title:Re:ダブダブラー使用感に関するレポート

株式会社ドランドランフーズ 第37ラボ 総務部総務課 ヒュー・プノーシス


 アント様

 イークロン様


 平素より弊社の商品開発にご協力いただき、誠にありがとうございます。


 この度は弊社新製品ダブダブラーの実地テストにレポートを頂き誠にありがとうございました。

 誠に残念ながら、本商品は商品化を断念し、以降の開発は行わないことになりました。つきましては、本商品の開発に関する一切を抹消いたします。これに伴い皆様のご協力いただいたレポートの内容も消去されますが、悪しからずご了承くださいますようよろしくお願いいたします。


 尚、事前の契約書に基づき、本モニターテスト並びにレポートの内容につきましては、その一切を公表なさらないようくれぐれもお気をつけ下さいますよう、重ねてお願い申し上げます。


 皆様の益々のご発展と、弊社との末永い良好な関係をご祈念申し上げます。


 ◇


 イークロンが、昇降口で靴を履き替えていると、背後に殺気を感じたので振り返ると誰もいなかった。が、その次の瞬間、天井が見え、床が見えたら脳天に激しい衝撃が襲いかかった。アント王子による、見事なドラゴン・スープレックスだった。

「ぐがっ」

「中尉。じゃない大尉。スキだらけだぞ」

「……スキなんかなかった……」

 意識が遠のくところを辛うじて踏みとどまったイークロンが虫の息で反論した。


「そうか。ところでちょっとバイトをしないか」

「……引き受けるか決める前に詳細を聞きたいのですが……」

「残念ながら守秘義務の関係でそういうわけにはいかん」

 イークロンにしてみれば、前回結構なギャラが飛び込んできたので(アントが7割持っていったが、それでも相当な金額だった)、ブリッジのロボットを新造する余裕もできたし、使う気はないがグッチェナッツの無限パスポートももらったのだから、これ以上アホな橋を渡る必要はなかった。君子危うきには近よらずだ。


「ちょっとしばらくはバイトしなくていいんですけどね。って何やってん、デ、スカアア」

 アントはいつの間にかアームバーの体勢に入って、イークロンの左腕をこれでもかと伸ばしていた。

「まあ、今度のは大丈夫だからさ。やろうよ」

「ちょ、マジ、イタ、アガ、ア、やり、やりますから放して!!」

「言っとくがこれは命令じゃないからな。お願いしてるだけだ」

「わか、わかりましたから、お願い、や、め、やめやめ」

 アントの腕をパンパンとイークロンが叩き続けた。よしよしと言いながらようやくアントはイークロンを解放した。小中学生のようにじゃれあう高校生2人を、校友がニヤニヤしながら眺めていた。この学校では珍しくないいつもの光景だからだ。

 少し距離を置いて、何人かの女生徒が頬を赤らめていたが、何かよからぬ想像をしているのかもしれない。


「で、今度のはなんなんですか」

 メメクラゲに噛まれたポーズでよろよろと立ち上がりながら、イークロンが聞いた。アント王子はふふんと鼻を鳴らしながら、ポケットに手を入れ、新たなひみつ道具、じゃなかった、ギャラクシーガジェットを取り出した。それは二つ折りのちょっと古めかしい携帯電話状の物体だった。

「ジャジャーン。これだ。これはな、仮想したことを音声入力すると現実にそれが起こったかのようにシミュレーションできる携帯型シミュレーションマシンだ」

「どっかで聞いたことありますサー」

 イークロンは、イヤな予感しかしなかった。



(第3話へつづく!)

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