第12話

破門されたマリオンが辿り着いたのは、海に浮かぶ小さな島ロドス島。神王国属領であるこののどかな島には、まだ聖戦士破門の噂は届いていない。


「いかがした、美しき人よ。」

マリオンの視線の先には一人の老人。どうやら船を出すところらしい。


「私の名はマリオン。賢者アルキメデスよ、天使について教えを乞いたい。」

老人の名は賢者アルキメデス。神王国が誇る自然神学の第一人者である。


「マリオン!おお、君は聖戦士だったか。道理で美しい訳だ。いや待てよ、君は今天使と言ったな。天使!君は天使に興味があるのか、まだ若いのに立派な探求心だ。君なら必ずや立派な自然神学者になれるだろう。ん?そういえばマリオン君は聖戦士だったか。残念だな、君のような若者に神学の未来を担って欲しいのだが。まあいい、私は天使の開発者、天使の事なら何でも聞きたまえ。」

準備の手を止め嬉しそうに話すアルキメデス。何を隠そう、彼は天使の開発者なのだ。


「私は今まで神のため天使の力で幾度となく聖戦を戦ってきた。私の力は信仰によるものと信じて疑わなかった。しかし近頃、どうも気になるのです。天使の力は本当に神の力によるものなのか。私の信仰以外に別の力が働いているのではないかと。」

マリオンは賢者に会いて懺悔する。いかにマリオンと言えど、苦難を乗り越えた身に対する破門という残酷な仕打ち。聖戦士が迷うのも無理はない。


「なに、別の力だと。おお、君のような勘のいい者は初めてだよマリオン君。聖戦士にしておくのが勿体ないくらいだ。ん?聖戦士?そう言えば君は聖戦士ではないか!聖戦士が己の信仰を疑ってどうするのだね!天使は神が与えたもうた奇跡に他ならないのだよマリオン君、聖戦士である君が自分を卑下することはない。説明してあげるからよく聞きたまえ。」

賢者は海を見つめて話始めた。


「君はロドス島の巨人を知っているかね?私はね、海に沈む巨人の引き揚げ作業を行っているのだよ。」

「まさか。巨人の伝説はロドス島に伝わる稚拙な土着信仰に過ぎないはずでは。」

突如突拍子もないことを話始めるアルキメデス。天使と何の関係があるというのか。


「さすがはマリオン君、君は本当に察しがいいな。その通り、巨人なんてものは土着信仰によって生まれた便宜上の呼び名に過ぎないさ。しかしなかなかどうしてこの島の伝説も興味深いものが幾つも残って…。ん?そうだ、私は巨人の話をしていたのだった。全く、君はすぐそうやって話を逸らすなあマリオン君。」


「どこまで話したかな…。おお、そうだ巨人だ巨人、巨人の正体はね、天使なのだ。あれはね、古代人が作り上げた天使に他ならないのだよ。ええと君の名前は…そうだマリオンだ。マリオン君、君が操るのは…ミカエル…いいや違うな…。ラファエル…ガブリエルだったかな…。まあいい、とにかく大天使のうちの四大天使も古代人の遺跡から発掘したものなのだよ。」

あまりの話に理解が追い付かないマリオン。


「古代人が神を信仰していたなど聞いたこともない。天使は神王国が誇る賢者が神の啓示を受け作り出したのではないのですか。そのような話、到底信じられませぬ。」

「何、信じられない?自然神学はまず常識を疑うところから始まるのだよマリオン君。君も学者の端くれなら肝に命じておきたまえ。いや、君は学者ではないな…そうか、そう言えば君は聖戦士か。…聖戦士が賢者の言うことを疑ってどうするマリオン君!戦士の資質は何よりも信仰心、神と聖職者の言葉は良く聞くものだ。」


「お許しください賢者殿。しかしながら、私は今聖戦士ではありませぬ。仏教との戦いの最中相転移に巻き込まれて次元の狭間に跳ばされ…。とにかく、故あって私は聖戦士の任を解かれたのです。」

マリオンはもはや聖戦士ではない。勇敢なる神の戦士ではなく、今は迷える神の徒として賢者に教えを乞うしかないのだ。


「なに、今は聖戦士ではないと!全く君のような優秀な若者を外すとは、神託庁は何をやっているのか…。ん?きみは今、相転移と言ったかね?おお、君ほど聡明な若者は見たことがない!そう、全ての鍵は相転移なのだ!」

賢者は水平線を見ながら突如火がついたようにまくしたてる。


「あれほど素晴らしき動力は見たことがない。相転移エンジンは理論上無限のエネルギーを取り出せる奇跡の動力…。待てよ?相転移…。相転…。おお、そうだそうだ。私は天使の話をしていたのだった、実はね、天使。天使の中には相転移エンジンが内蔵されているのだよ。」

「まさかそんまはずは!あれは異教徒が用いる外法の力ではないのですか。」

マリオンが決死の覚悟で退けた外法動力相転移エンジン。そのような物が天使に内蔵されるはずがない。


「まあ聞きたまえ。発掘した天使に内蔵された相転移エンジン、一体あれがどんな力で動くのか当時の学者には誰も分からなくてね。そこで各地から我々神学者が招集されたと言うわけだ。」

賢者アルキメデスは顔を紅潮させ、興奮ぎみに話を続ける。


「天使を見たとき私は喜びに震えたよ。理論上無限に高まる瞬間出力、そしてその出力に耐えられる未知のギミック。あの精緻な理論、まさしく神の奇跡なのだよ。そうは思わないかねマリオン君!」

「バカな!そのような話聞いたこともない!」

聖戦士は神王軍の中でも特異な存在。数々の軍事機密を知るマリオンであっても、そのような話は耳にしたことがない。


「君が知らないのも無理はないなマリオン君。いや待てよ、私は安全のため聖戦士指導要領にエンジンについての周知徹底を記載した筈だが…。いや違うな、あの項目は削除されたんだったかな…。とにかく私には相転移エンジンの解析は出来なかった。あと一歩の所まで来ていたんだがね、丁度その頃異動があって私は研究を離れざるをえなかったのだよ。」

アルキメデスは顔を真っ赤にして怒りを露にする。


「全くひどい話だ!我々賢者が総力をあげた相転移エンジンの解析が聖戦の激化によって中止されたのだ。真の大罪は無知に他ならぬ、聖典しか読めぬ神官どもに神が記述したこの世の理などどうして理解できようか!君もそうおもうだろうマリオン君!結局天使にはありきたりな信仰動力が載せられエンジンのことは神秘項目扱い、以降予算が付くことも無くなったのだ…。ああしまった!そういえばこれは秘密なのだった!興奮のあまりつい神秘を漏らしてしまった。仕方ない、速やかに君を殺して自害せねばなるまい。」

突如焦り始める賢者アルキメデス、おもむろにナイフを取りだし老人とは思えぬ速さでマリオンの喉元に刃を突き付ける。


「落ち着いてください、任を解かれようと私は神に忠誠を誓った身。神秘を口外することなど決してありませぬ。」


「おお、それは良かった!君が誠実な神の従者で助かったよ。しかし君は運がいい、二十年前なら即座に君を殺していた所だった。この歳で君のような若者と巡り会えたとは、正しく神の奇跡だな。そうは思わないかね?そうだろうそうだろう、神に近づくことは聖職者にとって至上の喜びだ。ちょうどいい、私の元で共に巨人を掘り出そうではないか。相転移の謎を解き明かし…ちょっとまて、君は先程次元の間と」



ーーー神敵接近中。島民は速やかに聖戦に備えよ。繰り返す。神敵接近中…。


突如神敵探知装置がけたたましい警報を鳴らし始める。

「なぜこのような辺鄙な島に!仕方ない、私が民を守らねば!」

もはや賢者は頼りにならぬ。狂気を宿した老人の戯れ事はマリオンの迷いを断ち切るには至らなかったが、目の前の神敵はうち滅ぼさねばなるまい。かくして任を解かれた破戒僧マリオンは一人戦いの地に赴くのであった。

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