第3話 公園の猫と僕について

 最近、公園へと出かけることが多くなった。ベーカリー宮川から歩いて三分程度の場所にある、小さな公園である。正しい名前は分からない。滑り台や鉄棒、シーソーなどの遊具が申し訳程度に設置してあるぐらいで、お世辞にも設備が良いとは言えない。それでも、貴重な遊び場であるのか、休日には多くの子供を見ることができる。学校の帰り、アルバイトへ行く前、その帰り、或いは何もすることがない暇な日などにそこに行く。子供が好きなんて言う稀有な人間は、遊びに興じる子供たちを見て癒されでもするのだろうが、僕の目的はそうではない。

 僕の目的は、猫である。この公園には、住み着いているのかどうなのかは分からないが、一匹の白猫がよく現れる。その猫を拝みに行くのである。

 そいつは正しくイッパイアッテナであった。僕が観測する範囲でも、ネコちゃん、タマ、シロ、サツキ、ユキなど五つの名前で呼ばれている。僕が知らないだけで、恐らく更に多くの名前を持っているに違いない。僕は、シロと呼んでいる。見た目まんまであるが、シンプルイズベスト。分かりやすいことが一番だ。

 シロは、他の猫に比べて随分と小さい。たまに、シロではない猫がふらっと公園にやってくることがあるのだが、そうなるとシロの小ささが際立って良く分かる。恐らく奴は野良猫であるだろうから、あの大きさでは縄張り争いや餌の獲得にはとても苦労するのではないだろうか。いや、そこはお猫様、自分の可愛らしさを自覚して、ご近所のおばさまや、猿のような子供たち(騒がしさが、と言うことである。けっして見た目の話ではない。念のため。)に多くの物を献上させているのかもしれない。狂犬病等の脅威から、居るだけで忌み嫌われる野良犬にはできない芸当である。

 シロはとても人懐っこい猫である。もしかすると飼い猫が捨てられたか、或いは人間ごときの狭い家が嫌になり、逃げてきたのかもしれない。餌なんかをくれてやらなくても、手をすっと差し出すだけで、こちらへやって来て、その手をぺろぺろと舐めだす。実に可愛らしい。もしこれを自覚し、人間を利用せんとやっているとしたら、向かう所敵無し、と言った具合であろう。更にシロは背中や頭を撫でても、怒らない。されるがままである。それどころか、時々気持ち良さそうに目を細めて欠伸をしたり、ごろんと仰向けになり、腹を撫でることを催促してきたりもする。本当に可愛らしい。家がペット厳禁でさえなければ、そのまま連れて帰ってしまいたいくらいである。

 僕はこいつを撫でながら、色んな話をする。話をすると言っても、喋るのは勿論僕一人である。シロの方は、撫でられながら、目を細め、時々思い出したかのように、にゃあ、と鳴くだけである。それがたまに相槌のようになっているのが、余計に僕の独り言を加速させる。実際やっていることは、壁に向かって一人で話しているのと大差ない。しかし、壁はこんな小さくないし、こんなに柔らかくないし、こんなに可愛らしくないし、時々、にゃあ、と鳴いたりもしない。これは極めて大きな差である。

 僕がシロに向かって一方的に話すことは、実に様々であった。レポートがどうだ、教授がこうだと言った学校の話や、今日あった良いこと悪いこと等だ。最近は、コンビニの彼女や、パン屋の娘さんについて話すことも多くなった。今日もコンビニの彼女はにこにことして可愛らしかった、とか、娘さんは今日もどうやら数学の教師に小言を言われたらしく、少し機嫌が悪かったとか、そんな話を、野良猫に向かってするのである。傍から見たら不審極まりない。しかし、これが案外楽しいのだ。シロも、僕の話が終わるまでは、じっと撫でられ続けてくれるものだから、ついつい長話をしてしまう。

 そして今日もまたシロと話しに公園に行く。今日の話は、コンビニの彼女には弟さんが居たらしい、と言うことと、存外パン屋の娘さんは初心なのかもしれない、と言うことであった。

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