狐のユッコの大冒険

第30話 帰《かえ》るべき場所《ばしょ》

　「ただいま～。おかえり～」

　一人でそんなことを言いながら、コハルが王都（おうと）にあるホームに入っていく。

　結局（けっきょく）、私（わたし）のことはよくわからないってことで、魔王（まおう）はキョウコが倒（たお）したことになった。

　そのため、キョウコはロンド大陸（たいりく）のあちこちの国（くに）で、お祝（いわ）いのパレードをすることになり、大変（たいへん）そうだった。

　そのパレードにはエドワードたちも参加（さんか）することになっているので、ヒロユキとコハルは先に王都（おうと）に戻（もど）ることにしたのだ。

　ちなみに魔大陸（またいりく）ダッコルトで、キョウコたちと、アスタロトを新（あら）たな王（おう）とする魔族（まぞく）たちと協定（きょうてい）が結（むす）ばれ、これ以上（いじょう）の戦（たたか）いはしないことになっている。

　まあ、残（のこ）された魔族（まぞく）ももともとはダッコルトの住民（じゅうみん）なわけで、これからは貿易（ぼうえき）や文化（ぶんか）の交流（こうりゅう）が始（はじ）まるだろう。

　ロンド大陸（たいりく）の上層部（じょうそうぶ）は嫌（いや）がるかもしれないけど、互（たが）いのことをよく知（し）り合（あ）えば、きっと平和（へいわ）な関係（かんけい）を築（きず）いていくことができるでしょうね。

――――

　今日（きょう）は、懐（なつ）かしの錬金術師（れんきんじゅつし）マリーの家（いえ）で帰（かえ）ってきた報告（ほうこく）をしてきたところ。

　おばあさんは泣（な）いてうれしがって、ヒロユキとコハルを抱（だ）きしめ、なかなか離（はな）してくれなかった。

　とまあ、久（ひさ）しぶりのホームに戻（もど）ってきて、最初（さいしょ）にすることは大掃除（おおそうじ）。

　ゴホゴホと埃（ほこり）に咳（せき）をしながら、二人で手分（てわ）けして掃除（そうじ）をする。

　私（わたし）は埃（ほこり）が嫌（いや）なので、屋根（やね）の上でのんびりひなたぼっこをしている。

　温（あたたか）かい光を浴（あ）びながら、そろそろ向（む）こうの世界（せかい）にも戻（もど）りたいなぁと考（かんが）えている。

　幸（さいわ）いにして異世界（いせかい）召喚（しょうかん）の魔方陣（まほうじん）の解読（かいどく）もすでに済（す）ませているし、おそらく自分（じぶん）一人で向（む）こうの世界（せかい）に戻（もど）ることはできると思う。

　でも、いきなりいなくなったら驚（おどろ）くでしょうしねぇ。

　ちなみにキョウコは落（お）ち着（つ）いたら、地球（ちきゅう）とかいう世界（せかい）に戻（もど）るかどうか考（かんが）えると言（い）っていた。

　あの子の場合（ばあい）、お城（しろ）の魔方陣（まほうじん）が地球（ちきゅう）に固定（こてい）されているから、戻（もど）ることはできるらしい。行（い）き来（き）はできないけれどね。

　家の中から聞（き）こえる掃除（そうじ）の音（おと）を聞（き）きながら、私（わたし）はそっと目を閉（と）じた。ふわぁぁぁ。おやすみなさい。

――――

　「おい！　ユッコ！　帰（かえ）ってきたんなら、帰（かえ）ってきたっていえよな！」

　ふふふ。銀狼（ぎんろう）のフェンが怒（おこ）っている。

　ごめんごめん。いっつもふらっと出歩（である）いているから、言（い）うのを忘（わす）れていたわ。

　「ったくよ。心配（しんぱい）かけさせんじゃねえっての」

　あら？　私（わたし）の心配（しんぱい）なんて必要（ひつよう）ないのにね。

　「それは、そうだけどよ。……でも心配（しんぱい）なのは心配（しんぱい）なんだって」

　そう。ごめんね。今度（こんど）はちゃんと言（い）ってから出かけるし、戻（もど）ってきたらお土産（みやげ）を持（も）って行くわね。

　「お、おう。わかりゃあいいんだ。わかりゃあよ」

　そうだ！　そういえば、アンタのところ、そろそろ子供（こども）産（う）まれるんだったよね。

　「……もう生（う）まれたぜ？　三日前（みっかまえ）だ」

　やったじゃん！　三日前（みっかまえ）か。……よし、今から見に行こう！

　「お、おい。ちょっと待（ま）てよ」

　や～だよ！　待（ま）たないよ！　名前（なまえ）は？

　「名前（なまえ）か？　そ、そのよ。ユッコにつけて貰（もら）おうって思（おも）ってさ」

　えっ。私（わたし）がつけていいの？

　「お。おうよ。嫁（よめ）とも話（はな）しついてんだ。これも親孝行（おやこうこう）って奴（やつ）だ」

　ぷっ。くすくす。親孝行（おやこうこう）？　気（き）にしなくてもいいのに。

　「うっさい。笑（わら）うなよな。こっちは真剣（しんけん）だっつうのによ」

　ああ、ごめんごめん。

　――――

　―――

　――

「ユッコ！　掃除（そうじ）終（お）わったよ！」

　軒下（のきした）からコハルが呼（よ）ぶ声（こえ）で、私（わたし）は目を覚（さ）ました。

　変（へん）な夢（ゆめ）を見たせいか、妙（みょう）に寂（さび）しい。

　……そうね。今度（こんど）、やっぱり戻（もど）ろう。

――――

　それから一ヶ月（いっかげつ）が経（た）った。

　ワイバーンの襲撃（しゅうげき）を受（う）けた王都（おうと）の復興（ふっこう）も、順調（じゅんちょう）に進（すす）んでいて、人々の暮（く）らしも元（もと）に戻（もど）りつつある。

　今日（きょう）、ようやくエドワードたちが帰（かえ）ってきた。

　さっそく帰還（きかん）のお祝（いわ）いのパーティーをすることにしたら、なぜか勇者（ゆうしゃ）パーティーの人たちもやってきた。

　王都（おうと）での祝勝（しゅくしょう）パレードは明後日（あさって）の予定（よてい）らしいが、こんなところにいて良（い）いのかしら？

　みんなで楽（たの）しく飲（の）み食（く）いし、騒（さわ）いでいる。

　私（わたし）はころ合いを見て、そっと裏口（うらぐち）から外（そと）に出て、星（ほし）の輝（かがや）く夜空（よぞら）を見上（みあ）げた。

　すると、キョウコが裏口（うらぐち）から出てきて、私（わたし）のとなりに座（すわ）った。

　「ねえ。ありがとうね。お陰（かげ）で無事（ぶじ）に魔王（まおう）を退治（たいじ）することができたわ」

　そういってキョウコが私（わたし）の背中（せなか）を撫（な）でる。

　しばらく沈黙（ちんもく）がつづき、キョウコが意（い）を決（けっ）したように、

　「……私（わたし）ね。あと一週間位（いっしゅうかんくらい）したら、地球（ちきゅう）に戻（もど）ることにしたわ」

と告白（こくはく）した。

　「向（む）こうにはお父（とう）さんもお母（かあ）さんもいるし、友達（ともだち）も。学校（がっこう）もあるしね」

　うんうん。気持（きも）ちはわかるわ。私（わたし）だって似（に）たようなものだもん。

　キョウコは体育座（たいいくすわ）りになった。

　「こっちにもお友達（ともだち）はできたんだよ。それが寂（さび）しいけど。やっぱりこっちは私（わたし）の世界（せかい）じゃないから……」

　キョウコは私（わたし）を見下（みお）ろし、

　「だから、他（ほか）の人（ひと）がいないところでお礼（れい）が言いたかったんだ。ありがとうね」

　ふふふ。この子も良（い）い子よね。

　私（わたし）はそっと、お守（まも）りがわりに尻尾（しっぽ）の毛を抜（ぬ）いて、キョウコの髪（かみ）に紛（まぎ）れ込（こ）ませた。

　あの毛（け）が、きっと地球（ちきゅう）に戻（もど）っても、キョウコを守ってくれるわ。そう願（ねが）いをこめて。

　それに、いつか地球（ちきゅう）へも遊（あそ）びに行ってもいいわね。

　私（わたし）とキョウコはそのまましばらく寄（よ）りそって、星空（ほしぞら）を見上（みあ）げていた。

――――

　空（そら）には突（つ）き抜（ぬ）けるような青空（あおぞら）が広がっている。

　吹（ふ）き抜（ぬ）ける風（かぜ）が気持（きも）ちいい。

　丘（おか）の上の大きな木の下に敷物（しきもの）をひいて、コハルが、離（はな）れたところで訓練（くんれん）しているエドワードとヒロユキの姿（すがた）をのんびりとながめている。

　……実（じつ）はここ。コハルの夢（ゆめ）のなか。

　私（わたし）はのんびり座（すわ）っているコハルの正面（しょうめん）に座（すわ）る。

　「ユッコ？　どうしたの？」

　コハルの膝（ひざ）の上に前足（まえあし）を乗（の）せて、

　「あのね。コハル。私（わたし）ね。こっちの世界（せかい）も好（す）きだけど。元（もと）いた世界（せかい）も好（す）きなの。……だから、――――してもいい？」

　コハルは突然（とつぜん）しゃべりだした私（わたし）を見てびっくりするけど、

　「――――しても、か。……ふふふ。ユッコったら何でもありだよね。うん。わかった。いない間は寂（さび）しいけど我慢（がまん）する」

といって、私（わたし）の体を持（も）ち上げてぎゅっと抱（だ）きしめた。

　「ありがとう。コハル」

　「ううん。いいのよ。もとは私（わたし）が召喚（しょうかん）しちゃったんだし。……それにユッコがいたお陰（かげ）で平和（へいわ）になったものね」

　そういうコハルの首（くび）元（もと）に鼻先（はなさき）を埋（う）めると、コハルはスリスリと私（わたし）にほおずりをしてきた。

　「ユッコってお日様（ひさま）の匂（にお）いがするよね。ふふふ。大好（だいす）きよ」

　「私（わたし）もよ。コハル。大好（だいす）き」