　「うわあぁぁぁぁぁ」

　二人（ふたり）が長（なが）い長い滑（すべ）り台（だい）から広間（ひろま）に飛（と）び出（だ）して、そのままゴロゴロと転（ころ）がってとまった。

　私（わたし）はすぅっと滑（すべ）り台（だい）から降（お）り立（た）ち、すぐに広間（ひろま）を見回（みまわ）した。

　高（たか）さはおよそ１０メートル。広（ひろ）さはよくわからないけど、半径（はんけい）１キロメートルのほぼ円形（えんけい）。

　地下（ちか）のはずだけど、天井（てんじょう）の中央（ちゅうおう）にある巨大（きょだい）な石（いし）が太陽（たいよう）のように光（ひか）り輝（かがや）いている。

　そのお陰（かげ）か、広間（ひろま）には植物（しょくぶつ）が生（お）い茂（しげ）って林（はやし）を形成（けいせい）しているところと、草原（そうげん）になっているところ、水場（みずば）になっているところの三つのエリアがあるようだ。

　生（い）き物（もの）の気配（けはい）がいくつも感（かん）じられる。

　一体（いったい）ここはどういうところだろう？

　滑（すべ）り台（だい）の出口（でぐち）は草原（そうげん）になっているところに面（めん）していて、二人は草（くさ）むらの中に転（ころ）がっている。

　すぐに二人のもとにいくと、案（あん）の定（じょう）。ヒロユキは目を回（まわ）していて、コハルは気（き）を失（うしな）っているようだ。

　まわりを警戒（けいかい）していると、森（もり）の入（い）り口（ぐち）のそばに一軒（いっけん）の小屋（こや）があるのが見（み）えた。

　ここの環境（かんきょう）だと、確（たし）かに生活（せいかつ）できそうだけど、誰（だれ）か住（す）んでいるのかしら？　それとも住んでいたのかしら？

　ヒロユキに回復魔法（かいふくまほう）、コハルに気（き）つけの魔法（まほう）を使（つか）うと、しばらくして「ううぅん」といいながら、二人は立（た）ち上（あ）がった。

　コハルが、

　「こ、ここは？」

とまわりを見回（みまわ）す。

　ヒロユキが天井（てんじょう）を見上（みあ）げて、

　「洞窟（どうくつ）の中（なか）みたいだな……。落（お）っこちたのか？」

と難（むずか）しい顔（かお）をした。

　そこへ草原（そうげん）のオオカミが数匹近（すうひきちか）づいてきた。

　その吠（ほ）え声（ごえ）に気（き）がついたヒロユキは、腰（こし）に手（て）をやって、そこに剣（けん）がないことに気がついた。

　「やばい！　……あそこの小屋（こや）に逃（に）げるぞ！」

　そういってコハルの手をとって駆（か）けだした。

　私は二人の後（あと）を追（お）いかける。

　途中（とちゅう）で飛（と）びかかってきそうなオオカミがいたので、ギロっとにらんで脅（おど）すと、ビビッて尻尾（しっぽ）を隠（かく）しながら逃（に）げていった。

　その間（あいだ）に二人は小屋（こや）の中に飛（と）び込（こ）んだので、私もそのあとに続（つづ）く。

　ヒロユキがあわてて小屋（こや）のドアを閉（し）めた。幸（さいわ）いにして、小屋（こや）の中には誰（だれ）もいなかった。

　二人はあわてて内側（うちがわ）のかんぬきをかけ、ヒロユキが、そうっと窓（まど）の雨戸（あまど）のすき間（ま）から外（そと）をのぞく。

　私には見（み）えないけれど、気配（けはい）から、オオカミたちは私のひとにらみで、みんな逃（に）げかえっているわ。

　「い、いないな……」

　「本当（ほんとう）？　よかったぁ」

　そういってへたり込（こ）む二人を横目（よこめ）に、私（わたし）は小屋（こや）の中をながめる。

　一（ひと）つのベッドにテーブル。壁（かべ）には、剣（けん）、弓（ゆみ）、斧（おの）などの武器（ぶき）や道具（どおうぐ）が掛（か）けられている。

　隅（すみ）には水瓶（みずがめ）があるけれど、中はとっくに空（から）になっている。

　……見（み）たところ、住（す）んでいたのは一人（ひとり）。それも男（おとこ）ね。

　詳（くわ）しくはわからないけど、１００年は誰（だれ）も住（す）んでいなかったような気がする。

　へたり込（こ）んで、いまだに息（いき）の荒（あら）い二人（ふたり）に気がつかれないように、そうっと浄化（クリーン）の魔法（まほう）で小屋（こや）の中をきれいにする。

　ちょっと強（つよ）めに魔力（まりょく）を込（こ）めたから、水瓶（みずがめ）や武具（ぶぐ）もすぐに使（つか）えるように清潔（せいけつ）になっているわ。

　さすがに寝具（しんぐ）は一度洗（いちどあら）ったほうがいいだろうけど。

　ようやく息（いき）をととのえたコハルが立（た）ち上（あ）がって、

　「結界（けっかい）かなにかあるのかな？」

　ヒロユキが壁（かべ）の武器（ぶき）を見（み）ながら、

　「そうかもな。……あの武器（ぶき）、使（つか）えるかな？」

という。

　それから二人（ふたり）は小屋（こや）の中のものを調（しら）べはじめた。

　その間（あいだ）に、私は小屋（こや）の周（まわ）り１００メートルに結界（けっかい）を張（は）っておく。

　その時（とき）に気がついたけど、裏（うら）に小さな崖（がけ）があり、そこにわき水があるようだ。

　……どうやら新鮮（しんせん）な水（みず）には困（こま）らないですみそうね。

　安心（あんしん）したところで振（ふ）り向（む）くと、ヒロユキが剣（けん）を手（て）にとって鞘（さや）から抜（ぬ）くところだった。

　きれいな刀身（とうしん）には細（こま）かいキズこそあるけれど、まだまだ使（つか）えそう。

　ヒロユキは剣（けん）を手（て）に握（にぎ）ると、まわりにぶつけないように２回ほど振（ふ）る。

　「うん。どうやら使（つか）えるみたいだな」

　そういって剣（けん）を鞘（さや）に納（おさ）め、腰（こし）にくくりつけた。

　コハルは弓（ゆみ）と矢筒（やづつ）を取（と）ってきて、弓（ゆみ）の弦（つる）を調（しら）べている。

　ヒロユキと同（おな）じように、二（に）、三度（さんど）はじいてみると、ビイィィンと音（おと）が鳴（な）った。

　ついで矢筒（やづつ）に残（のこ）った矢（や）を調（しら）べて、

　「こっちも大丈夫（だいじょうぶ）そうよ」

といい、矢筒（やづつ）を背中（せなか）に背負（せお）った。

　「じゃあ、ちょっとまわりを確認（かくにん）しよう。……ユッコ。警戒（けいかい）を頼（たの）むぜ」

　私（わたし）はヒロユキの声（こえ）にうなづいた。

　ヒロユキがかんぬきを外（はず）して、そっとドアを開（あ）け外（そと）をのぞく。

　慎重（しんちょう）なのはいいけど、大丈夫（だいじょうぶ）よ。

　私はそのすき間（ま）から外（そと）に出（で）て、二人を振（ふ）り返（かえ）った。

　それを見（み）た二人（ふたり）はおそるおそる外（そと）に出（で）てくる。

　歩（ある）き始（はじ）めた私の後（うし）ろを、二人はまわりを警戒（けいかい）しながらついてくる。

　小屋（こや）を一周（いっしゅう）すると、ヒロユキが、

　「やっぱり結界（けっかい）でもあるのかな？　オオカミが一匹（いっぴき）もいないや」

といって、ようやく肩（かた）の力（ちから）を抜（ぬ）いた。

　コハルが、

　「わき水（みず）もあるね。よかったわ」

といい、さっそくわき水を手ですくって顔（かお）を洗（あら）った。

　「うひゃぁ。冷（つめ）たい！」

　それを聞（き）いたヒロユキもやってきて、わき水を口（くち）に含（ふく）んで飲（の）み込（こ）んだ。

　「……うん。飲（の）めるみたいだな」

　そうやって水（みず）を飲（の）んでから、私たちは小屋（こや）に戻（もど）った。

　二人はこの小屋の持（も）ち主（ぬし）が誰（だれ）なのか、なにか手（て）がかりがないかどうか探（さが）している。

　「あっ。これ！」

　道具袋（どうぐぶくろ）を探（さが）していたコハルが手帳（てちょう）を発見（はっけん）した。

　ヒロユキが、

　「でかしたぞ！」

といってやってくる。

　二人はベッドに並（なら）んで座（すわ）って、手帳（てちょう）をのぞき込（こ）んだ。

　私（わたし）もベッドに飛（と）び上（あ）がって、二人（ふたり）の背中越（せなかご）しに手帳（てちょう）を読（よ）んだ。

――――

　この手帳（てちょう）の持（も）ち主（ぬし）は、オブライエンというダークエルフの男（おとこ）だったようだ。

　ここの大陸（たいりく）で使（つか）われている年号（ねんごう）がわからないから、何年前（なんねんまえ）の人（ひと）なのかはわからないけど。

　たまたま私たちと同（おな）じように、光（ひか）る石（いし）を見（み）つけて触（さわ）ったところ、例（れい）の落（お）とし穴（あな）というか滑（すべ）り台（だい）に落（お）ちたようだ。

　オブライエンは狩人（かりうど）だったので、武器（ぶき）を持（も）っていたことが幸（さいわ）いし、さらに森（もり）の民（たみ）であるダークエルフだったので、ここで生活（せいかつ）する分（ぶん）にはそれほど困（こま）ることはなかった。

　手帳（てちょう）の内容（ないよう）のほとんどが、ここから脱出（だっしゅつ）するための出口（でぐち）にチャレンジした記録（きろく）だった。

　――ここにきて１１４３日が過（す）ぎた。チャレンジも３２５回になる。

　例（れい）の分（わ）かれ道（みち）を左（ひだり）に行（い）くと、こう配（ばい）が上（うえ）に向（む）かっていることがわかった。出口（でぐち）はこちらだろう。

　前回（ぜんかい）は右（みぎ）に行（い）ったが、向（む）こうは下（した）に続（つづ）いていた。最深部（さいしんぶ）には立派（りっぱ）な扉（とびら）があったが、その向（む）こうからは普通（ふつう）じゃない気配（けはい）がしたから、あそこはこの洞窟（どうくつ）のボスがいるのだろう。扉越（とびらご）しでも感（かん）じる強大（きょうだい）な力（ちから）に、とても私一人（わたしひとり）では戦（たたか）えるとは思（おも）えない。

　ダンジョンによっては、一番奥（いちばんおく）のボスをたおすと、その向（む）こうに出口（でぐち）につながる転移魔方陣（てんいまほうじん）があるという。もっと私に力があればそれも可能（かのう）だったろうに。

　――１２５６日目。

　前回（ぜんかい）は広場（ひろば）でゴーレムと戦（たたか）う羽目（はめ）になった。相手（あいて）の動（うご）きはおそいが、武器（ぶき）が壊（こわ）れないか心配（しんぱい）しながら戦（たたか）ったので、うっかりと攻撃（こうげき）をまともにくらってしまった。

　雷魔法（かみなりまほう）でやっつけたが、身体（しんたい）が回復（かいふく）するまで時間（じかん）がかかってしまった。

　洞窟（どうくつ）には罠（わな）がないようだが、予想外（よそうがい）に強（つよ）い敵（てき）が現（あらわ）れるので気（き）が抜（ぬ）けない。

　今回（こんかい）は、ゴーレムと戦（たたか）った小部屋（こべや）からさらに上（うえ）を目指（めざ）す。……ああ、早（はや）く地上（ちじょう）に戻（もど）りたい。

　――１５４３日目。

　途中（とちゅう）で大（おお）きな部屋（へや）があり、そこに出（でて）てくる部屋（へや）の主（ぬし）をたおすことができない。くそっ。

　今度（こんど）こそ。……今度（こんど）こそ、あのキメラをたおして、その向（む）こうへ行（い）ってやる。

　だが奴（やつ）は強（つよ）い。念（ねん）のため、予備（よび）の装備（そうび）をここに置（お）いておく。

　早（はや）く地上（ちじょう）の生命力（せいめいりょく）に満（み）ちた風（かぜ）を、全身（ぜんしん）で感（かん）じたい。

――――

　「……」

　なるほどね。このオブライエンさんが無事（ぶじ）に地上（ちじょう）に出（で）られているといいけどね。……でも、そうか。ダンジョンね。その可能性（かのうせい）は高（たか）いわね。ただ、そうなると……。

　最悪（さいあく）の場合（ばあい）、地上（ちじょう）のあの石（いし）もダンジョンの一部（いちぶ）。罠（わな）だとすると、脱出不可能（だっしゅつふかのう）のトラップだという場合（ばあい）もあるわけ。そんでもって、そうなると……、出口（でぐち）は一番奥（いちばんおく）のボスの向（む）こうにある転移魔方陣（てんいまほうじん）だけ、という可能性（かのうせい）が高（たか）い。