狐のユッコの大冒険

第14話 くらやみの森

　真夜中（まよなか）、どんよりとした くもり空（ぞら）の下（した）で、私（わたし）は空（そら）を飛（と）んでいる。

　王都（おうと）をおそったワイバーンの足に捕（つか）まえられているヒロユキとコハルは気を失（うしな）っているようだ。

　私はコハルを捕（つか）まえている足の上で、周（まわ）りの状況（じょうきょう）を確認（かくにん）していた。

　変（へん）な転移（てんい）ゲートをくぐり抜（ぬ）けた先は、明（あき）らかに気候（きこう）が違（ちが）うから別（べつ）の大陸（たいりく）の近（ちか）くだと思（おも）う。

　さっきまでは真（ま）っ暗（くら）な海（うみ）の上だったが、今は森（もり）の上を飛（と）んでいる。

　ワイバーンを操（あやつ）っているのは、その背中（せなか）に乗（の）っている 耳（みみ）のとがった魔族（まぞく）の男だ。

　王都で捕（つかま）まったときに、ヒロユキとコハルを「生（い）けにえ」と言（い）っていたから、ろくでもないことのためにつれさったのだろう。

　そんなことはさせないけどね。

　風（かぜ）の強（つよ）さに目を細（ほそ）めながら、もう少し先に湖（みずうみ）があるのが見えた。

　よし。勝負（しょうぶ）は一瞬（いっしゅん）よ！

　いつもは隠（かく）している尻尾（しっぽ）をすべて出（だ）して、そのうち二本（にほん）をのばしてヒロユキとコハルに巻（ま）きつけ、そのまま二人に守（まも）りの魔法（まほう）をかけた。

　だんだん近（ちか）づいてくる湖（みずうみ）を見て、タイミングを計（はか）る。

　５、４、３、２、１。今だ！

　私はワイバーンの足に電撃（でんげき）を流（なが）した。

　ギャガガガガガアアァ！

　電撃（でんげき）がワイバーンを通（つう）じて、背中（せなか）に乗（の）っている魔族（まぞく）の男におそいかかった。

　ワイバーンの足の指（ゆび）がゆるんだのを見て、ヒロユキとコハルと一緒（いっしょ）に空に飛（と）び出した。

　自分の足のうらに魔力（まりょく）をこめて、空中（くうちゅう）を駆（か）け下（お）りる。

　ワイバーンと男は感電（かんでん）しながら森に墜落（ついらく）していった。

　尻尾（しっぽ）で二人を包（つつ）み、湖（みずうみ）を目指（めざ）して空中（くうちゅう）を走（はし）る。

　念（ねん）のため、目（め）くらましの魔法（まほう）を周（まわ）りに張（は）っているから、誰（だれ）にも見（み）られないはず。

　そうして５分ほど空中（くうちゅう）を走（はし）って、無事（ぶじ）に湖（みずうみ）のほとりに着地（ちゃくち）した。

　湖畔（こはん）の水面（みなも）が風（かぜ）に揺（ゆ）れる音（おと）を聞（き）きながら、周囲（しゅうい）の安全（あんぜん）を確認（かくにん）する。

　……うん。大丈夫（だいじょうぶ）。気配（けはい）を探（さぐ）ってみると、少（すく）なくとも半径（はんけい）１キロメートルの範囲（はんい）に危険（きけん）な生（い）き物（もの）はいないわ。

　そばにある大きな木の根元（ねもと）に土魔法（つちまほう）で地面（じめん）を固（かた）めた。

　そして、私がいつも自分の荷物（にもつ）を整理（せいり）するのに使（つか）っている魔法倉庫（マジック・ガレージ）から毛布（もうふ）を取（と）り出して、地面（じめん）に敷（し）き、二人を寝（ね）かせる。

　この魔法倉庫（マジック・ガレージ）って、魔法（まほう）で不思議（ふしぎ）な空間（くうかん）を作（つく）って、物（もの）を入れたり出したりできる優（すぐ）れものの魔法（まほう）よ。

　私はふだんから、自分の物やあまった食料（しょくりょう）などを入れていたから、今みたいに突然（とつぜん）どこかに放（ほう）り出されても、まったく問題（もんだい）ないわ。

　自分たちの周（まわ）りに丸（まる）く魔法（まほう）の壁（かべ）をつくって結界（けっかい）にする。これでモンスターが襲（おそ）ってきても大丈夫（だいじょうぶ）。

　寝（ね）かせた二人にケガがないかどうか確認（かくにん）したけれど、単（たん）に気（き）を失（うしな）っているだけみたい。

　ほっとしながら、睡眠（すいみん）の魔法（まほう）をかけて朝（あさ）まで目が覚（さ）めないようにする。

　ようやく落（お）ち着（つ）いたところで、コハルのそばに座（すわ）る。ゆっくり気配感知（けはいかんち）をした範囲（はんい）を広（ひろ）げていく。

　さすがに深（ふか）い森（もり）の中（なか）だけあって、ところどころに危険（きけん）な動物（どうぶつ）がいるみたいね。

　クマ、オオカミの群（う）れ、巨大（きょだい）な虫（むし）のモンスター、そして、墜落（ついらく）したワイバーン……。

　どれも今のヒロユキとコハルには危険（きけん）すぎるわ。いずれにしろ結界（けっかい）の中（なか）だから安全（あんぜん）だけどね。

　少し疲（つか）れた私は、ゆっくりと目をつぶった。

――そのまま二時間（にじかん）ほどしたとき、私の気配感知（けはいかんち）に何（なに）かが引（ひ）っかかった。

　誰（だれ）かが湖（みずうみ）の奥（おく）から近（ちか）づいてくるわね。

　私は立（た）ち上（あ）がって湖（みずうみ）の方（ほう）をながめた。

　ちょうどその時（とき）、空（そら）を埋（う）めていた雲（くも）から晴（は）れ間（ま）がのぞいて、月（つき）の光（ひかり）がスポットライトのように湖面（こめん）を照（て）らしている。

　その光の中、小舟（こぶね）に乗（の）っているのは二人のダークエルフだ。

　どうやら私たちに気がついているようで、まっすぐにこっちに向（む）かってきている。

　敵（てき）か。味方（みかた）か。警戒（けいかい）しながら近づいてくるのを待（ま）つ。

　小舟（こぶね）が湖（みずうみ）の岸（きし）につき、二人が近づいてくる。

　どうやら二人とも女性（じょせい）のようね。きれいな銀色（ぎんいろ）の髪（かみ）が月（つき）の光（ひかり）に照（て）らされて輝（かがや）いている。

　……武器（ぶき）をかまえる様子（ようす）はないし、敵意（てきい）は感（かん）じないわ。

　二人のダークエルフは私の前（まえ）に座（すわ）ると、

　「私たちはこの森に住（す）むダークエルフよ。敵（てき）ではないわ。……うちの村（むら）の神官様（しんかんさま）があなたたちを助（たす）けてくるようにって」

　もう一人のダークエルフの女性（じょせい）も、

　「安心（あんしん）して。私たちは魔族（まぞく）の入（はい）ってこられない聖域（せいいき）に住（す）んでいるの。だから一緒（いっしょ）に行（い）きましょ？」

　聖域（せいいき）？　そんなところがこの森（もり）に……、あるわね。

　私の気配感知（けはいかんち）だと、ここから５キロメートルほどのところに、ぽっかりと周（まわ）りと違（ちが）う空気（くうき）の場所（ばしょ）があるわ。

　確（たし）かに湖（みずうみ）を渡（わた）った方（ほう）が早（はや）いし近（ちか）いわね。

　ダークエルフか……。

　どっちにしろ森をさまようより、聖域（せいいき）に行（い）った方（ほう）がよさそうだわ。

　私はくるっと二人に背（せ）を向（む）けてヒロユキとコハルのそばにいく。

　尻尾（しっぽ）から一本ずつ毛（け）を抜（ぬ）いて、二人の髪（かみ）に差（さ）し込（こ）んだ。

　これで何（なに）かあっても二人を守（まも）れるはず。

　そこでダークエルフの方（ほう）を振（ふ）り向（む）いてうなづいた。

　さささっとやってきたダークエルフの女性（じょせい）は、慎重（しんちょう）にヒロユキとコハルを抱（かか）えた。

　「さ、魔物（まもの）や魔族（まぞく）が来（く）る前（まえ）に聖域（せいいき）に戻（もど）りましょう。あなたも一緒（いっしょ）にね」

　ひょいっと小舟（こぶね）に飛（と）び乗（の）った私を見（み）て、ダークエルフの女性（じょせい）がにっこり笑（わら）った。

　「あなた。本当（ほんとう）にふつうのキツネ？　ずいぶんと賢（かしこ）いのね」

　……いいえ。普通（ふつう）のキツネではありませんよ。隠（かく）してるけどね。

　小舟（こぶね）が月（つき）の光（ひかり）に守（まも）られながら、湖面（こめん）を静（しず）かに進（すす）んでいく。

　森の聖域（せいいき）。これも運命（うんめい）なのかしらね。