狐のユッコの大冒険

第13話 王都《おうと》への帰還《きかん》

　王都（おうと）へ帰還（きかん）したキョウコやエドワードたちを待（ま）ち受（う）けていたのは、ワイバーン部隊（ぶたい）の襲撃（しゅうげき）であちこちの建物（たてもの）が破壊（はかい）された街（まち）だった。

　南部街道（なんぶかいどう）の砦（とりで）の戦（たたか）いを勝利（しょうり）でかざり、喜（よろこ）びの帰還（きかん）となるはずだったが、王都の悲惨（ひさん）なすがたに誰（だれ）しもが絶句（ぜっく）している。

　「そ、そんな……。せっかく魔族軍（まぞくぐん）を追（お）い返（かえ）したのに」

　拳（こぶし）を強（つよ）くにぎりしめるキョウコだったが、騎士団長（きしだんちょう）らにうながされてお城（しろ）へ向（む）かった。

　エドワードたちはギルドで報告（ほうこく）を済（す）ませ、そして家路（いえじ）につく。

　がれきが道路（どうろ）のはしに寄（よ）せてあり、ワイバーンのブレスを受けて黒（くろ）こげになった木材（もくざい）があちこちに散（ち）らばっている。

　王都の人々がつかれきった表情（ひょうじょう）で、がれきを片（かた）づけている。

　エドワードは渋（しぶ）い顔（かお）をしながら、

　「ひどいな……。ヒロユキたちは無事（ぶじ）だろうか」

とつぶやいた。

　リリーが、

　「心配（しんぱい）だわ。早（はや）く戻（もど）りましょう」

と物憂（ものう）げな表情（ひょうじょう）で街（まち）を見（み）つめている。

　目の良（よ）いソアラが、

　「ほら。家は無事（ぶじ）みたいよ」

と指をさし、

　「あれ？　あのおばさんは……」

といぶかしげな声を上げた。

　エドワードたちが家にたどり着（つ）くと、そこには錬金術師（れんきんじゅつし）のマリーが立っていた。

　エドワードが、

　「ばばあじゃないか！　今（いま）かえったよ。……でもどうした？　ヒロユキたちはお使（つか）いか？」

とたずねる。

　マリーは悲痛（ひつう）な表情（ひょうじょう）で、

　「すまない。二人は……、ワイバーンにさらわれた」

と告（つ）げる。

　絶句（ぜっく）するエドワードたち。エドワードが苦笑（にがわら）いしながら、

　「う、うそだろ？　あいかわらず冗談（じょうだん）きついよなぁ」

と言うが、マリーは黙（だま）ったままだ。

　エドワードがマリーにかけよって、その肩（かた）をつかんだ。

　「な、なんだよ。黙（だま）ったままじゃわかんないって」

と言う。

　マリーが、

　「本当（ほんとう）のことだ。

　私の家から帰（かえ）った後（あと）、ワイバーンどもが襲（おそ）いかかってきたのさ。

　あわてて街（まち）に飛（と）び出（だ）して、あんたらの家に向かったんだけど、……もう少しで追（お）いつけるってところでさらわれちまった」

と、悔（くや）しそうに言う。

　目元（めもと）を何度（なんど）もこすっていて、疲労困憊（ひろうこんぱい）の様子（ようす）だ。

　リリーがドアを開（あ）けて、

　「と、とにかく中に入りましょう。ね、マリーも一緒（いっしょ）に」

と言うと、みんなが順番（じゅんばん）に家に入っていった。

　最後（さいご）にリリーはマリーの肩（かた）を抱（だ）きながら入っていく。

　そのまま沈（しず）んだ重苦（おもくる）しい空気（くうき）が、エドワードたちを包（つつ）む。

　マリーの話（はなし）を聞（き）きながら、いつしか夕闇（ゆうやみ）が迫（せま）ってきていた。

　不意（ふい）に家のドアがノックされる。

　ソアラが開けに行くと、そこには一人の少女（しょうじょ）がいた。その向（む）こうに賢者（けんじゃ）マーロンの姿（すがた）もある。

　その顔（かお）を見て、ソアラがおどろき、

　「ゆ、勇者（ゆうしゃ）さま？」

と言うと、少女（しょうじょ）がうなづいて、

　「キョウコって呼（よ）んでください。私（わたし）の方（ほう）が年下（としした）だし。……ヒロユキくんとコハルちゃんはいます？」

ときいてくる。

　しかし、誰（だれ）もそれに答（こた）えない。

　沈黙（ちんもく）がただよい、キョウコが、

　「そ、そんな……」

と絶句（ぜっく）した。

　マーロンがやってきて、

　「どうしたのじゃ？」

ときくと、ソアラが、

　「二人はワイバーンに連（つ）れさらわれたわ」

　マーロンが、

　「なぬ？　さらわれた？」

と言うと、マリーが、

　「その声（こえ）はマーロンのじじいか？」

と外（そと）に出てきた。

　マーロンがマリーを見て、

　「おぬしだって、わしより若（わか）いが充分（じゅうぶん）にばばあじゃないか。……それよりさらわれたのは本当（ほんとう）なんじゃな？」

　「そうさ。あのきつねっ子も一緒（いっしょ）じゃ」

　それを聞いたマーロンが少し考（かんが）え込（こ）んでから、

　「そうか……、ちょっと中に入ってええか？」

と言い、エドワードたちの家に入っていった。

　「け、賢者（けんじゃ）さま？　……あいつらいつのまに」

とヒロユキとコハルが、いつのまにか勇者（ゆうしゃ）キョウコ、賢者（けんじゃ）マーロンと知（し）り合（あ）いになっていることに、エドワードたちがおどろいている。

　魔法使（まほうつか）いのおじいさんとは聞いていたが、まさかそれが賢者（けんじゃ）マーロンだとは知らなかったらしい。

　マーロンは、

　「おぬしら、あきらめるのはまだ早（はや）いぞ。あのきつねっ子が一緒（いっしょ）なんじゃろ？　ちょっとまっとれ」

と言って、リリーにいって大きめの深皿（ふかざら）に水をためて持（も）ってこさせた。

　水の入った皿（さら）を前（まえ）に、マーロンが杖（つえ）を構（かま）えて立（た）つ。

　「水鏡（みずかがみ）よ、水鏡（みずかがみ）。我（わ）が探（さが）しびとの姿（すがた）をうつしておくれ」

と言いつつ、杖（つえ）から魔力（まりょく）を水に流（なが）し込（こ）んでいく。

　水がぼうっと青（あお）く光（ひか）りかがやき、中央（ちゅうおう）にぼんやりと何かの像（ぞう）が映（うつ）し出（だ）された。

　少しずつピントがあっていくと、そこにはどこかの森（もり）の中にいるヒロユキとコハル、ユッコの姿（すがた）があらわれた。

　「ヒロユキにコハルだ！」

　それを見（み）たみんなが喜（よろこ）びの声（こえ）を上げる。

　リリーが、

　「よかった。生きていてくれた」

と涙（なみだ）ぐんでいる。ソアラもフランクもそのとなりで、うんうんとうなづいている。

　キョウコがそれを見て、

　「……ここはどこ？」

とたずねると、マーロンはひたいに汗（あせ）を浮（う）かべて難（むずか）しい表情（ひょうじょう）をしている。

　マーロンがゆっくりと口を開（ひら）いた。

　「魔大陸（またいりく）ダッコルトじゃ……」

　その返事（へんじ）に、みんなはふたたび言葉（ことば）を失（うしな）った。

　ゴクリと誰（だれ）かが、つばを飲み込み、「魔大陸（またいりく）だと」とつぶやいた。

　キョウコが自分（じぶん）のほっぺたを、ぱあんっと叩（たた）いた。

　「よし！　わかった！　ちょうどいい。私が二人を探（さが）しに行（い）くよ！」

　エドワードたちが顔（かお）を上げて、キョウコを見つめる。

　マーロンが、

　「そうじゃな。確（たし）かにちょうどいいかもしれん」

とつぶやいた。

　ドワーフのゴンドーが、

　「どういうことだ？」

とたずねると、マーロンが、

　「実（じつ）はの。南部（なんぶ）の砦（とりで）の戦（たたか）いのあとで、調査（ちょうさ）してみたところ、このロンド大陸（たいりく）に侵攻（しんこう）してきていた魔族（まぞく）がきれいさっぱりいなくなっておるようでな」

と言いながら、となりのキョウコを見つめた。

　「おそらく、あの最後（さいご）のキョウコの魔法（まほう）に恐（おそ）れをいだいたと考えられる。

　勇者（ゆうしゃ）の力を脅威（きょうい）と判断（はんだん）して、警戒（けいかい）しておるんじゃろう」

　キョウコは首（くび）を横（よこ）に振（ふ）って、

　「最後（さいご）のは魔法（まほう）じゃないよ。私だってもう斬（き）られるって思（おも）って覚悟（かくご）したんだもん。なんであんな光で魔族（まぞく）をやっつけられたのかわからないわ」

と言う。

　マーロンが、

　「おそらく土壇場（どたんば）で勇者（ゆうしゃ）の力が覚（かく）せいしたんじゃろうさ」

というがキョウコは納得（なっとく）していないようだ。

　エドワードが、

　「それで？」

と言うと、キョウコが、

　「私たちで精鋭部隊（せいえいぶたい）をつれて、魔大陸（またいりく）に乗（の）り込（こ）むことになったのよ」

　マーロンが補足（ほそく）する。

　「各国（かっこく）の軍隊（ぐんたい）は陽動（ようどう）として、魔大陸（またいりく）の沿岸部（えんがんんぶ）で大規模（だいきぼ）な戦闘（せんとう）をしかける。

　その裏（うら）で精鋭（せいえい）が魔王（まおう）を倒（たお）す計画（けいかく）じゃ」

　話（はなし）を聞（き）いたエドワードがどんっとテーブルを叩（たた）いた。

　「俺（おれ）たちも行（い）く。あんたらの偵察役（ていさつやく）としてついていくぜ」

　その宣言（せんげん）に、リリーたちは一瞬（いっしゅん）おどろいたようだが、すぐにうなづいてキョウコとマーロンに振（ふ）り向（に）いた。

　キョウコは、

　「だ、だめだって。危険（きけん）だから。それに……ヒロユキたちが帰（かえ）ってきても、この家（いえ）が無（な）くなってると悲（かな）しむよ」

と言うが、マーロンはしばし考（かんが）え込（こ）んで、

　「いや。キョウコ。これはいい手（て）かもしれん。こやつらはすご腕（うで）の冒険者（ぼうけんしゃ）じゃ。

　山の中での戦闘（せんとう）を戦（たたか）い抜（ぬ）いて、例（れい）のネクロマンチュラにとどめを刺（さ）したのもこいつらじゃぞ」

　錬金術師（れんきんじゅつし）のマリーもうなづいて、

　「それにこの家ならば、わたしが留守（るす）を守（まも）ってやろう。このはなたれエドワードの家なんぞ、わが家も同然（どうぜん）さ」

　エドワードが頭（あたま）をわしゃわしゃとしながら、

　「うっせえ！　ばばあ！　いつまでもはなたれって呼（よ）ぶんじゃねぇ！」

　「はなたれは、はなたれさ。……まったく。昔（むかし）は、わたしの入浴（にゅうよく）をのぞいていたくせに。いくら私が美魔女（びまじょ）だからってねえ」

　「だから、その話（はなし）はやめろって！」

　キョウコがどきまぎしながら、

　「ちょっと、私のはのぞかないでよね。のぞいたら……、ぶっとばす」

　エドワードが赤（あか）くなりながら、

　「のぞかねえよ！　ったく、これもばばあのせいだ」

　リリーが笑（わら）いをこらえながら、

　「大丈夫（だいじょうぶ）よ。キョウコさん。エドワードは私がちゃんと見張（みは）ってるから」

と言った。

　キョウコたちが魔大陸（またいりく）ダッコルトに潜入（せんにゅう）するのは、約一ヶ月後（やくいっかげつご）らしい。

　その間に、各国は軍勢（ぐんぜい）を整（ととの）えて、魔大陸（またいりく）に向けて軍用船（ぐんようせん）で出発（しゅっぱつ）する予定（よてい）。

　撤退（てったい）した魔族（まぞく）に、対抗策（たいこうさく）を見つけられる前（まえ）に倒（たお）すのが目的（もくてき）だから、スピード戦（せん）だ。

　それからエドワードたちも一ヶ月後（いっかげつご）の魔大陸潜入（またいりくせんにゅう）に向（む）けて、いそがしい日々を送（おく）ることになった。