第3話 森《もり》での魔物退治《まものたいじ》

 今日はみんなで森に来ている。


 どうやら、朝早くに村の冒険者ギルドで魔物退治まものたいじ依頼いらいを受けたようだ。


 対象たいしょうの魔物は、トロールという頭がわるいけど怪力かいりき半巨人はんきょじんだ。

 3日前ほどに森で狩人が見かけたらしい。


 目撃情報もくげきじょうほうでは1匹だが、あれは人間などぺしゃんこにできるだけの怪力を持っているから、人間にしてみれば要注意ようちゅういよね。

 まあ頭が馬鹿ばかだから、どうにでもなるんだけれど。


 「今日はソアラとコハルのユッコに期待きたいしようか」

 赤髪あかがみのリーダーのエドワードが背中せなかの大剣の位置を調整ちょうせいしながら、私にそういった。


 コハルが、

 「うん。……ね、ユッコ。私たちはトロールを退治たいじに来たの。ほかにも何か変わったこととかあったら教えてね」

と私の頭をなでながら言った。


 今日はヒロユキもコハルもかわ胸当むねあてをしている。やはり森の中だから危険きけんがいっぱいあるからね。

 他のメンバーも戦うための装備そうびを身につけている。


 ふいっとレンジャーのソアラの方を見上げると、ソアラもにっこり笑って、

 「よろしくね」

と手を振った。


 どうやらソアラがみんなより前を歩いて、敵や異常いじょうが無いか確認かくにんし、進む方向ほうこうを決めていくようだ。


 私は、周りに注意を払いながらソアラの横を歩くことにする。


 じゃ、まず手始てはじめに。


 内心でそうつぶやきながら、私は森の気配けはいさぐろうと神経しんけいませた。

 感覚かんかくがどんどんと広がって行くようなイメージで、森の様子ようすを感じていく。


 密集みっしゅうする木々。そして、木の上のリスやネズミ。草のかげの虫に地中のモグラ。……さまざまな動物の気配がする。


 この技術スキルを「気配感知けはいかんち」っていうんだけど、私の気配感知は半径はんけい50キロメートルの範囲はんいを軽くカバーできる。

 やろうと思えばいくらでも範囲を広げられるけど、それをやると頭がつかれちゃうのよね。


 とまあ、私の気配感知によれば、この森はここから30キロメートルはなれた隣村となりむらまで続いているようで、目当めあてのトロールはここから3キロメートル先にいるみたい。

 他にもみにくみどり小鬼こおにであるゴブリンの集落しゅうらくが二つ。

 おおかみれが四つ。

 そのほか、シカやイノシシまで数えるとかなりの生き物がいる。

 それに……、トロールは一匹じゃなくて二匹いるみたい。大丈夫かしらね?

 まあ、危険なのはトロールとゴブリン、狼くらいか。

 何とかなるでしょ。


 ソアラはとりあえず森をまっすぐにおくに向かって歩いている。

 しげみを揺らして音を立てないように、同時に何かの痕跡こんせきがないかどうかを調べながら歩いている様子は、かなり熟練じゅくれんした狩人のようだ。

 こうしてみると、思いの外、レベルの高いパーティーなのかもしれない。


 とはいえ痕跡こんせきを見つかるまで進むのもめんどくさいので、そっとソアラに気づかれないようにトロールの方向へ誘導ゆうどうすることにする。


 わざとなんでも無いところでにおいをぐようなふりをして、つづいて空中の匂いを確かめるふりをする。

 そんな私をソアラが見ていることを確認して、ふいっとトロールのいる方向へ歩き出すと、だまってソアラが私についてきた。


 歩き始めて一時間ほどしたところで、ソアラは立ち止まり、そこで休憩きゅうけいをすることにした。


 ヒロユキとコハルは、なれない森のなかを歩き続けたので、かなりつかれている様子。

 そっとコハルのそばに行き、気取けどられないように二人に回復魔法かいふくまほうをかける。


 コハルはあせをふきながら、水筒すいとうを取り出して水をひとくち口にふくんだ。

 さすがにほかのメンバーはまだまだ大丈夫だいじょうぶそうだ。


 エドワードがソアラに、

 「どうだ? なにか痕跡こんせきはあったか?」

とたずねると、ソアラが、

 「木のみきに何かがぶつかったようなあとがいくつかあるわ。……それにユッコが何かをかぎ分けているみたい」

と答えると、リリーが感心かんしんしたように、

 「さすがはキツネね。こういうときはたよりになるわ」

と言っている。

 私は聞こえないふりをしてコハルのそばでおすわりをする。


 ……うん? トロールが動き始めたわね。距離きょりは、ここから500メートル。


 私はふいっと立ち上がって、トロールのいる方向をじっと見て体をこわばらせた。


 それを見たソアラが気になったようで、私の見ている方向へと視線しせんをのばす。

 「……いた。トロールよ」


 そのソアラの声を聞いて、みんなは即座そくざ休憩きゅうけいを切り上げて戦う準備じゅうびをする。


 見つけたトロールは、身長しんちょうが4メートルほどで見た目はおでぶさんだ。

 体はよごれた緑色をしていて、髪の毛は一本もない。知性ちせいのかけらもない目をして、腰蓑こしみのだけをつけ、手にした棍棒こんぼう無造作むぞうさに物をなぐったりしている。


 うう。私の敏感びんかんな鼻にはやつのくさい体臭たいしゅうがつらい。


 ここから見えるのは一匹だが、もう一匹はさらに300メートルほどはなれた岩陰いわかげ腰掛こしかけているようだ。


 エドワードが大剣をき、指示しじを出す。


 「ソアラ。お前は矢でトロールの目ねらえ。俺とフランク、ゴンドーで飛びだして奴の攻撃こうげきをさばくから、その間にリリーの魔法でやっつける」


 エドワードのにぎこぶしの上にみんなが手をせて円陣えんじんを組んだ。


 「いくぞ」

 「「「「おう!」」」」


 小さい声で気合きあいを入れ、みんなが森の中へらばっていく。


 ヒロユキとコハルはお留守番るすばん。もちろん私もだ。

 ヒロユキは強がってにらみつけるように、コハルは両手を合わせていのるように、トロールの方をじいっと見ている。


 急にトロールが目を押さえてあばれ出した。

 目が見えなくなって無茶苦茶むちゃくちゃにこんぼうをり回している。

 あたれば一撃いちげきで人間などっ飛んでいくだろう。


 それを大剣を手にしたエドワードと大きなたてをかまえたフランクが上手じょうずに受け流しては、すきを見つけてトロールに切り込んでいく。


 トロールが「うごおぉぉぉ」とさけびながら、こんぼうを上から地面にたたきつけた。その衝撃しょうげきで地面に震動しんどうがひびく。

 そのとき、トロールの頭にかみなりが落ちた。リリーの魔法だ。


 トロールは頭の電撃でんげきで身体がしびれて動けなくなり、そのままひっくり返った。そこへゴンドーが大斧を振り上げるのが見えた。


 急にしずかになる戦場せんじょうに、どうやらゴンドーの一撃でトロールの息の根を止めたことがわかる。


 「やったぁ! 行こう、コハル!」

 ヒロユキがそう言って茂みの中に入り込んだ。コハルも「うん」と言ってすぐに続く。

 私も二人の後からついていった。


 トロールと戦ったところに到着とうちゃくすると、あばれていたトロールのせいで周りの木々がれていた。


 肝心かんじんのトロールだけれど、仰向あおむけに倒れたところを急所きゅうしょに大剣の一撃を受けて事切こときれていた。


 「すげぇ!」

さけびながら、ヒロユキが茂みから飛び出していく。

 エドワードたちはトロールの様子を調べていた。目の前のコハルがおそるおそるトロールに近寄ちかよっていく。その足下にはトロールが使っていた大きいこんぼうが落っこちていた。


 ソアラが、

 「これで依頼達成いらいたっせいね」

と言うと、トロールの耳を切り取っていたフランクがヒロユキとコハルに、

 「すごいだろ? もう死んでるから大丈夫だいじょうぶだぞ?」

と笑いかけた。

 ヒロユキが感心かんしんしたように、

 「さすがはエディたちだなぁ」

うでを組んで言うと、リリーが、

 「討伐証明とうばつしょうめいの耳も取ったし、そろそろ火葬かそうにするわよ?」

と言うと、みんながトロールよりはなれた。


 こういう魔物はきちんと火にやいいたり神聖魔法しんせいまほうをかけて浄化じょうかしないと、ゾンビになってよみがえるからだ。


 みんなが離れたのを確認したリリーが火の魔法を唱えようとしたとき、私の気配感知にもう一匹のトロールが近づいているのが感じられた。


 ソアラは……、まだ気がついていないみたい。仕方ない。私はソアラのそばに行って前足でソアラの気を引く。


 「どうしたのユッコ?」


 ソアラがそういって私を見下ろす。私はソアラと目を合わせてから森の奥の方を向いた。ソアラが私の視線を追って森の奥の方を見た。

 「いけない! もう一匹のトロールがくるわ!」


 その声に、エドワードたちがあわてて戦闘態勢せんとうたいせいに入る。

 今度のトロールはすでに私たちをてき認識にんしきしているから、さっきのようにらくには倒せないだろう。


 エドワードが、

 「ヒロユキ! コハル! お前たちはうしろに下がれ!」

と叫ぶと、ヒロユキとコハルがあわてて死体の向こう側に回り込もうと走り出した。


 がさがさと茂みが揺れる音がして、振り下ろすこんぼうと共にトロールが飛び出てきた。


 そのとき、走っていたコハルが、

 「きゃっ!」

と言って落ちているこんぼうにつまづいてころんだ。

 いきおいがついてコハルが一回転すると、トロールと目が合った。

 トロールがコハルの方に向いて歩いてくる。


 「いやぁぁぁ!」

 コハルの叫び声があがる。あぶない!

 トロールのこんぼうがコハルめがけて振り下ろされる。私は急いで走り込んでいく。


 ――間にあって!


 そのままコハルに体当たいあたりをして吹っ飛ばすと、トロールのこんぼうが私のおなかにヒットした。

 「ユッコ!」


 私の名前を呼ぶコハルの叫び声が聞こえるが、かるい私の身体からだ回転かいてんしながら吹っ飛ばされ、森の茂みの中に突っ込んでいく。


 のわー! 目がまわ……らないけどぉ。

 バサバサバサっ。


 草むらに無事に着地ちゃくちして、ほっと息をいた。……よかったわ。コハルは無事のようね。


 いかに馬鹿力ばかぢからのトロールの一撃とはいえ、古代竜こだいりゅうの本気の一撃をもえる私には全然ぜんぜんきかない。


 せいぜい自慢じまんの美しい毛並けなみがよごれるくらいだ。

 それもいやだけど。


 茂みの向こうからは、エドワードたちの、

 「ヒロユキ! コハル! 早く下がれ! 行くぞ! フランク!」

 「弓技狙きゅうぎねらち」「……うぼおぉぉ」

 「今だ。剛剣ごうけん!」 ズバシャアァァ!

 「渾身こんしん一撃いちげき! おらぁ!」

と戦う音が続いて聞こえる。


 やがてズウゥゥンと地響じひびきを立ててトロールがたおれた音がした。どうやら無事にやっつけたようね。


 すぐにだれかが走ってくる音がして茂みをけてコハルが飛び込んで来た。


 「ユッコぉ!」


 私を見るや飛びつくようにぎゅっときしめてくるコハルに、私はただそのままの姿勢しせいで抱かれるままにした。


 がさがさと音がして、他の人たちもやってくる。

 リリーが私を見て、自分のむねに手を当てて安堵あんどいきをはく。

 「よかった。てっきり死んじゃったかと……」


 大丈夫よ。あれくらいじゃアザにもならないわ。そう思いつつ、目の前にあるきじゃくっているコハルの首筋くびすじをペロンッとなめた。

 「きゃっ」

と言って、コハルが少し力をゆるめた。


 ソアラがそばに寄ってきて、私のおなかを確かめる。

 「ん~。怪我けがは何にもないみたいね。モロにくらったと思ったけど……」

と首をかしげるソアラに、フランクがあごに手をやりながら、

 「っかかったってだけだったのかな? ラッキーだったな」

と言うと、コハルがうなづいていた。


 それはそうと。ソアラさん? ニマニマしながら、私の背中をなでるのはやめてちょうだいよ。


 こうして私たちは二匹のトロールを無事に退治たいじして、その日は早々そうそうに村に帰った。

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