ミッシング 3~君に捧げる言葉
上手く言葉にできないのだけれど。
言葉にするのももどかしいのだけれど。
僕は、君に――。
「君に、伝えてなかったことがあるんだ」
ドロシー――あさひは、まっすぐに僕の顔を見つめている。
僕は相変わらず、彼女の顔を見るのが恥ずかしくてしょうがない臆病者だ。けれど今このときだけは、勇気を振り絞って彼女の顔をまっすぐに見つめる。
「引っ越しても会おうって、僕たちはあの日約束してた。けれど、すぐに君と連絡が取れなくなって、僕はどうしていいのか分からなかった。心配でしょうがなくて……ただ、この日、このときを待っていたんだ。ここでならきっと、君に会える気がしていたから」
「……それで」
あさひは澄んだ瞳をしていた。そこに何の感情も映すことなく、ただ僕の言葉の続きだけを待っている。
落ち着こうと、僕は数回深呼吸をする。
さっき、君が僕を落ち着かせようとしてくれたこと、とても嬉しかったんだ。そのことを思い出すだけで、心臓が破裂しそうなほどに苦しくなる。
僕は優しく、あさひの手に触れた。途端、あさひの身体がびくりと跳ねたのを、僕は見逃さない。
身体を引いて逃れようとするあさひの手を、僕はしっかりと掴んだ。そのまま、力を込めて引き寄せる。
僕の腕の中に収まった彼女の身体は、とても小さくて、細くて――おかしいと思えるほどに、骨ばっていた。
「あさひ……」
「離して」
くぐもった声。あさひは弱々しく僕の服の裾を掴んでいる。
「君は嘘をついているね」
あさひが嫌がっているのは分かっている。けれど、今日だけは引いてしまうわけにはいかない。
「君はベッドを手に入れた。一緒に寝てくれる人間も、きっと何人もいるんだろう。それを思うと……僕は、とても悔しい」
あさひは、男の家を渡り歩いている。
僕はそれを知っていた。連絡が途絶えた後に偶然、町で見かけたのだ。
何度か、遠くにあさひの姿を見つける度に、僕は歯を食いしばって感情の渦に堪えてきた。彼女はいつも、違う男を自分の隣に置いていたから。
「けれど」
僕はあさひの手首に指を這わせる。あさひの体が、いっそう強ばったのが分かった。
「その誰もが、君に傷を負わせている。君は今、幸せなんかじゃないんだ」
「嘘。私は今、充分に幸せよ」
あさひは勢いよく顔を上げた。腕の中から僕を睨みつけている。
「あの家を出られて、暴力という名の愛で私を結び付けている両親と離れられて……それだけで、私は幸せなのに……」
「けれど君は今も、暴力と言う愛から逃れられていないんだ。手首の傷、比較的新しいだろう。まだ、肉が痛々しいほどに盛り上がってるんだから」
あさひは何も言わない。そのとおりだからだ。
「僕は君を傷つけるすべてが許せない」
けれどあさひの身体についている傷は、そのすべてが彼女にとっての愛なのだ。愛を否定することは、あさひにとって辛いだろうし、自らを否定されているのと同じことだろうと思うから。
「僕は、君の痛みまですべてを受け入れたい。少しばかりの不幸を知って、幸せの意味を理解できた今なら、それができるかもしれない。……できるように、努力するから」
だから。
僕は息を吸う。思いっきり、吸う。
「だから、あさひ…………僕と、結婚してください」
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