X22 貫徹!
今日も部室に避難だ。登校してからここに入り浸っているって、なんか私だけクラスの除け者感がしていたけど、この学校の部活はよその学校よりも早いらしく、もう大抵の一年はどこかの部に所属していて朝から部室に行っているらしい。
だからHRが始まるまでクラスは半数もいない。なんか少しほっとした。
「それで藤岡、昨日話し合ったんだけどな」
昨日帰るとき私以外のメンバーで話をしていたらしい。まあ予想と違って私が使えない子だとわかったんだから早急に対策しないといけないからね。
「はい」
「とりあえず最初の予定通り、来月のエクストリーム・アイロニング大会に向けてお前にはアイロン掛けの練習をしてもらう」
「はい」
「あとはまあ、おいおい考えていこう」
高校生ともなれば、大会のレベルはセミプロくらいにはなると思う。そんな中で私程度じゃ前面に立てないと思ったんだろうね。そう思ってくれたほうが気楽でいいや。
そんなわけで今日もアイロン掛けの練習だ。そのうちクリーニング屋にでもなるつもりかと言われるくらい一心不乱にシャツをアイロニング。
「ところで来月の大会ってあとどれくらい日数あるんですか?」
「GW最終日の日曜だから、あと2週間と少しくらいか」
うぇぇ、練習時間足りないじゃん。
アイロン掛けはいいんだけど、実際に潜って練習しないとあまり意味ないと思うんだ。
「お前は顔に出やすいな」
「えっ」
突然部長にこんなことを言われた。私、考えていること顔に出やすいのかぁ。
「実際に潜って練習をしないと効果がない。そう言いたいんだろ」
「えっ、あ、はい」
ちゃんと私が何を考えていたのか理解してもらえてた。
せいぜいウェットスーツとか装備を着てやれとか言われるものかと思っていたのに。
「今後のこともあるだろうし、実は去年からうちの庭を掘っていてな。先日完成したから潜りに来い」
「えっ、やだ」
庭を掘って潜水とか、なんの拷問だよ! そんなところ潜るのなんて絶対に嫌!
「やだじゃない。授業が終わったらここに集合だからな」
嫌に決まってるじゃん! この部長、絶対に頭おかしい! 滅びろ!
「────なんてことが朝からあってさぁ」
「ありゃぁ。災難だね!」
教室に戻った私は北星さんに愚痴った。北星さんは机に突っ伏している私の手をにぎにぎしながら聞いてくれている。
「それよりも部長さんたち、瀬奈ちゃんの家に行ったんだね! 私が一番に行くと思ってたのになぁ」
「あぅ、じゃあ私の部屋には最初に入ってもらうよ」
「絶対だよ! 約束だからね!」
北星さんがにぎにぎしている手に力を入れた。うん、かなりあ先輩よりも先に入っていいからね。
「じゃあいつにする?」
「そうだねー、早いほうがいいね!」
だったら思い切って今日にでもしてしまおうか。部長から逃げる的な意味も含めて。
「今日の放課後、とか?」
「あー……ごめん! 今日は部活なんだよ!」
「それは仕方ないねぇ」
北星さんはフリーランニング部へ入るためにこの学校を選んだんだ。そんな彼女に無理強いはできない。
仕方ない、私だけで逃げるかな。
授業が終わり、教室から飛び出すとそこには部長が腕を組み壁によりかかって待ち伏せしていた。
「なっ、なんでいるんですか!」
「なんでって、お前が逃げ出す気満々だったからだ」
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ああ、考えていることが表示されるこの顔が恨めしい。
「早く行くぞ」
「う、腕掴まないでください!」
「離したらお前、どこへ行くつもりだ?」
「えーっと、それはそのー……」
やばっ、今、目が泳いだ。しかも部長に見られてた。確実に逃げるのがバレてる。
そんな私から部長は少し顔を逸らし、ひとつ溜息をついた。
「かなりあ」
「うん、ごめんね藤岡さん」
今度はかなりあ先輩に腕を絡まれた。うぅ、かなりあ先輩の腕は振りほどけない、振りほどきたくない。
うれしいけどこれは卑怯だ! 訴えてやる! 滅べ!
「…………これ、なんですか?」
「俺の家だ」
私の知っている限り、これを家とは言わない。
一番近い建物といえば、美術館とかそういった類だ。敷地面積どれだけだよ! 学校より広いんじゃない!?
「何をぼーっとしている。裏だぞ。来い」
私はキョロキョロと挙動不審になりつつ部長の後を追った。
「これが潜水室だ」
「これが!?」
部長について行った先にあったのは、ちょっとしたビルのような建物だった。恐る恐る入ってみると、中はいろんな設備が整っているし暖房効いてるしでとてもいい感じだった。
そして目の前にはプールらしきものが。そんなに広くはなく、目測で15メートル四方くらいだ。
いやそれでも凄い広いんだけどさ、とりあえず普通のプールと比較したら広くないってだけ。
「深さは15メートルある。これだけあれば充分だろ」
充分どころじゃないよ! なにこれ、私も欲しい!
私はてっきり部長がスコップで掘った井戸的なものを想像していたのに、まさかこんな施設を造っていただなんて。部長って一体何者なのさ!
っと、見惚れている場合じゃなかった。私は水の中に手を入れ、少しかき回してみた。
「部長、大会って海ですよね?」
「そうだが、それがどうした?」
「これ真水ですよね。浮力が低いです。それに入れたばかりのせいか水質が硬いです」
「……そんなこと触っただけでわかるのか?」
そりゃあ海に接していた時間は部長と比べものにならないくらい長いんだから、それくらいわかるよ。
「では海水に入れ替えるか。3日ほどかかるが──」
「いえ! これで大丈夫です!」
この町は海がすぐだからってどれだけ手間とお金がかかると思ってるんだよ。この人、実は想像を絶するほどのお金持ち?
……この設備をエクストリームとかいう娯楽のために建ててしまうんだから、とんでもないほどのお金持ちなのは確定だよね……。
「だったらいい。早速始めてくれ」
「ま、待ってください! こんなだったら私、自分の機材とか持ってきたいですし」
「ここにあるのでは不満か?」
「不満というか、私の装備はほとんど私専用にカスタマイズしてもらったものなんです。やっぱり使い勝手がいいものでやりたいですし」
「ああ、確かにそういうものだな。ちなみにカスタムは大変なのか?」
「んー、私の装備はメーカーさんがタダでくれたり調整してくれるんで、よくわからないんですよね」
「お前……ダイビングでスポンサーついているのか」
スポンサーだなんて大袈裟だなぁ。私はせいぜいテスター程度だよ。
「レギュレータとかなら別に汎用のでも使えますけど、ウェットスーツは自分のを着たいんで明日からにしませんか?」
「仕方ない。じゃあ今日はここまでにしておこう」
いやほんと残念だよ。だけど明日から潜りまくるぞ!
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