X18 お姉さん!

「ただいまぁー」


 声に出してしまったものの、今うちには誰もいない。ほぼ一人暮らし状態だ。

 ほぼ初めてのことなだけに、とても心細く感じている。でも今日はそれが好都合だと感じている。

 なんか今日はとても疲れた。このまま雑に過ごそう。


「おかえりー」


 えっ!?

 ああそっか、優美さんが来てくれてるんだ! やった!

 一瞬にして気が晴れた。声が聞こえたのは応接間からだよね。


「優美さんお久しぶりーっ」

「あー瀬奈ちゃん、制服着ると大人っぽいねー」


 えへへ、そうかな。

 ていうかあれ? 高校の制服を着ているってことは高校生っぽく見えるってことじゃない? ということは、着てない私はもっと幼く見られてるってことじゃん。駄目じゃん。


「それにしても久しぶりだね。1年ぶりくらい?」

「私が受験勉強始めたころには会ってないからそうかも。あっ、お茶入れるよ」

「いいのいいのー。私が入れるから瀬奈ちゃんは座っててー」


 私はいそいそと椅子に座った。



 私のお姉さん的存在の優美さん。歳は10歳くらい離れているけど、友達と家族の中間みたいな人だ。なんでも思ったことを口にする人なんだけど、基本が人当たりいい人だから棘がない。


 あっ、そうだ。その正直なところで話を聞いてみよう。


「ねえ優美さん。聞きたいことがあるんだけど」

「んー? どったのー?」

「私さ、マリンスポーツとかそういうの色々やるでしょ」

「やるねー。超やるねー」

「でさ、私って普通じゃないのかなって」

「普通じゃないねー」


 えっそんな。


「あれ? 気付いてなかったー?」

「だ、だってお父さんがさ、それくらいできて普通だって……」

「あははっ、パパさんが言ってるのは、『プロだったらそれくらいできて普通だ』ってことだよー」


 ……えっ。


「でもでも、お父さんだって普通にやってたし!」

「だって瀬奈パパってプロのアスリートだよー。だから普通にやれて当たり前なんじゃないかなー」

「そんなぁ……」


 やっぱり私は普通じゃなかったんだ。しかもお父さんもプロだっただなんて。


「なんでー? 瀬奈ちゃんは普通がよかったのー?」

「あっ、ううん。別にそんなこだわりはないけどさぁ」


「なんかあったのー?」

「うーん」


 ここまで話したんだし、全部聞いてもらおう。

 私はこの数日間に起こった出来ごとを優美さんに話した。



「あー……そりゃ怒る人もいるかもねぇ」

「で、でも」

「安心して、瀬奈ちゃんはなんも悪くないからー。誰が悪いといえば、面白半分で瀬奈ちゃんにプロレベルの課題を持ってきていたパパさんじゃないかなー」

「お、面白半分!?」

「ちょっと言い方悪かったねー。だけど前に『あいつ面白いんだ。これくらい普通だって言えばできるようになっちまう』って言ってたしー」


 えええっ!

 私、信じてたのに! みんなそれくらいできるのが普通なんだと思って頑張ってたのに!


「優美さんは私のこと、どう思ってる?」

「嫉妬だよ嫉妬。超嫉妬してるよー」

「えええー……」


 私、優美さんに嫉妬されてたんだ。嫌われてたんだ……。

 優美さんにそういう風に思われてたのが人生で一番ショックだ。クラスメイトや先輩とかよりもずっと辛い。


「そんな悲しそうな顔しないでよ。瀬奈ちゃんの才能には嫉妬してるけどさ、瀬奈ちゃんは私のかわいい大好きな妹なんだからさっ」


 そう言って私のことを抱きしめてくれる。嫉妬はしているけど嫌ってはいないのかな。


「優美さんはなんで私に嫉妬してるの?」

「だって瀬奈ちゃんさ、私が半年くらい努力してやっとできるようになったことを1か月くらいでできちゃうじゃん?」

「えっ、いやー、うーん……」


 私が知っている優美さんは、もう既になんでもできていた。それについていくのがやっとだった印象しかないから、優美さんの努力を私は知らない。


「だからって瀬奈ちゃんがなんも努力もせずできるようになったなんて思ってないよ。瀬奈ちゃんなりに努力してるの知ってるからね」

「う、うん」


 何もしなければ置いて行かれるんだ。置いて行かれるのは嫌だったから、私は頑張った。せめて普通に楽しめる程度にはなれるようにと。

 だけどそれがまさかプロとかと並べられるようなことだとは思っても見なかったけど。


「てかさ、どうやったらそんな早く上手くなれるのかなー」

「えっと、見たままのことを自分の体でやるだけですよね?」

「……あはは、もうなんかどうでもいいやー」


 優美さんは私のことを更に強く抱きしめてきた。



 それから一緒にごはんを食べ、いろんな話をした。

 夜になって寝るとき、隣の布団で横になった優美さんがぽつりと私に言った。


「優美ちゃんはカメラマン業界こっちには来ないでよねー。私の仕事が無くなっちゃうからー」

「それはないと思います」


 体の動きは真似できても、写真はタイミングだ。その一瞬のシャッターチャンスをものにできる感性や才能は真似できない。優美さんの独特な感覚はお父さんたちからも一目置かれているんだから、私じゃ到底及ばないし。


「そっかー。でも瀬奈ちゃんがライバルっていうのも面白いかもって思ったりもねー」

「どっちなんですか」

「んー、りょーほっ」


 私はできればお母さんと同じような仕事に就きたいな。


 それにしても今日は色々と勉強になったなぁ。

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