X17 犯人!

「瀬奈ちゃん、昨日先輩と勝負したんだって!?」

「えっ?」


 どこから情報を得たのか、早朝の駅で北星さんが昨日のことを訊ねてきた。


「結局ね、勝負はしなかったんだよ」

「ええーっ、残念。せっかくこてんぱんになったとこ見たかったのに」


 潜水勝負でこてんぱんってどういうことかわからないけど、どちらも無事だったんだしいいんじゃないかな。


 学校に向かって歩いていたら、数人の女子、恐らく先輩が立ち話をしているのに気付いた。学校に着いてから話せばいいのにと思ったら、私たちを見てこちらへ向かってきた。


「おっと昨日の……ええっと、藤岡さん?」

「あっ、先輩……」


 昨日の私のことを認めてくれた水泳部の人だ。


「あの、私のクラスメイトに──」

「まあまあまあ」

「あっ、ちょっと!」


 私を守ろうと前に出てくれた北星さんは、他の水泳部の人に連れていかれてしまった。

 この場には2人だけになってしまった。何をされるのか、ドキドキする。


「ねえ藤岡さん。ちょっと泳いでみる気ない?」


 す、水泳で勝負?

 それはまずい。あちらは完全に特化している人だ。部長は色々言っていたけど、私じゃ勝てる見込みが見当たらない。


「えっと、すみません。私、泳ぐの苦手なんです」

「あなたの苦手は聞いてないから。泳げるんでしょ?」


 部長といい、なんでみんな私の苦手を無視するんだろう。駄目なものは本当に駄目なのに。


「ええっと、ちょっとしか泳げないのは本当ですよ。恥ずかしい話ですけど、去年海で溺れたばかりですし……」

「溺れたってどれだけ下手……いや、違うね。あなた、どれだけ泳いで溺れたの?」

「えっと、18キロくらいかと」

「じゅっ……! しかも海で……」


 あと4キロくらいで向こう岸に着いたのに、力尽きちゃったんだ。それから私はお父さんたちに背負ってもらって……。思い出すだけでも恥ずかしい。


 先輩は私の両肩をがっしりと掴んだ。


「ねえ藤岡さん。水泳部に入りなさい」

「えっ、やだ……」


 やばい、つい素で答えてしまった。

 だけど水泳部の先輩は離してくれないどころか、更に力を加えてきた。


「ねっ、藤岡さん! お願いっ! 今年まだ1年少ないの! できれば即戦力が欲しいの!」

「いえあのその、私はスキューバで潜りたいだけなんで……」

「考えてみて。少しだけでもいいから! ねっ」


 なんか必死になってるけど、私は泳ぐのが好きなわけじゃないし、なんとか諦めてもらえないかなぁ。



 はぁ、朝から疲れちゃった。

 北星さんは先に教室へ行ったらしく、上履きがなかった。


 教室の扉を開けようとしたとき、廊下側にいる誰かの話声が聞こえた。


「ねえ、藤岡さんって生意気だと思わない?」


 手がビクッと震え、扉を開けることができなかった。


「エクストリーム部に入ったからってうちらを下に見てるっていうか、嫌味っぽいじゃん?」


 心臓がバクバクいってる。誰? 誰がそんなこと言ってるの?



 そのとき、突然バンっと机を叩く音がした。


「いい加減にしてよあんたら! 瀬奈ちゃんが何をしたって言うのさ!」


 怒鳴り声が聞こえる。この声は北星さんだ。


「な、何よ急に……」

「何が生意気だよ! 同い年じゃん! だったらあんたらだって生意気じゃない!」


 北星さんが私のために怒ってる。やばい、涙が出そうだ。


「なに本気になっちゃってんの? ばかみたい」

「こ、このっ」


「他人のことで熱くなっちゃってほんとばかみたい。……あっ、ひょっとして2人とも、できてんじゃない?」

「うわー、女同士できもーっ」



 矛先が北星さんに向いちゃった。


 北星さんは私を守ってくれた。だったら今度は私が北星さんを守る番だ!



「女同士の何が悪いのさ!」


 私は扉を開け放ち、そう言ってやった。


「えっ?」


「同性だから何? 結構なことじゃん。だって少なくとも誰かに好かれてるってことだよ。あなたたちは何? 誰かに好かれたことあるの? 何かあったとき本気でかばってくれる人いるの? あっ、いないから僻んで馬鹿にしてるんだ。くだらない人だね。あははははは」


 私の悪口はイギリスとフランス仕込みだ。身振り手振りを加え声に強弱をつけつつ、相手に隙を与えず一気にたたみかける。

 相手が何を言おうと全て無視し、自分の言いたいことだけを押し付ける。口さえ回ればできる攻防一体の禁じ手。私の口はまだ止まらない。語彙ボキャブラリーはまだ尽きてない。

 あのときふざけて私に口喧嘩のやり方を教えてくれたデボラ、ジニー、私に力を貸して!



 気付くと相手の女子は顔を真っ赤にさせて泣いてしまっていた。



「瀬奈ちゃんさ、実は猛毒持ちだったんだね」

「いや、いやっ、勘違いしないで。私だってあんなことしたくないんだから!」


 結果、クラスメイトはドン引きで私から距離を置いた。


「でも瀬奈ちゃんも私のこと好きでいてくれたんだね! うれしいよ!」

「いや、あの、え? 『も』ってことは……」


 北星さんはニコニコしながら頷いている。


「あの、北星さんってガチなそっちの人?」

「違うよー! 私はどっちも可バイだからね!」


 そっかー、バイセクシャルなのかぁー。

 ……えええー……。

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