X12 アイロン!
水中でやるといってもアイロン掛けはアイロン掛けでしょ。それくらいはできるよ。
ふんふんふーんっと。
「……お前、アイロンを掛けたことないだろ」
「えっ」
普段私がやっているアイロン掛けを否定されてしまった。
確かにあまり上手くないかもしれないけどさ、これでも自分である程度やってるんだよ。
「いいか、アイロンっていうのはこうやってかけるんだ」
部長が私のアイロンを奪い、台の前に立った。
まずはカフス部から。アイロンは滑らせず、布を引っ張りつつ押し付けるように力を加えていく。
「カフスは端から皺が逃げないからな。下手に滑らすと縫い目のところに皺が溜まる」
へぇー、勉強になるなぁ。
それから部長はシャツを持ち上げ、わきの縫い目からカフスまでを引っ張り、アイロン台へ乗せる。
乗せた後、更に袖を引き、ピンと張る。
「滑らすときは進む側を少し上げる。皺を押し出すのではなく、常に左手で袖を引っ張り皺を作らないようにして平面を掛けるんだ」
なるほどなるほど、部長は女子力高いなぁ。
「──と、これが簡単なシャツの仕上げ方だ」
「おー」
スイッチを入れていたわけじゃないからちゃんとかかっていないけど、なんとなく綺麗に仕上がった気がする。
「でも水中じゃあちゃんとアイロン掛けなんてできないですよね? だったらふりでいいんじゃないですか?」
「普段からちゃんとできなければ水中でだって動けない。少しでも普段通りに動くのも評価対象だぞ」
なるほど、
「それに素早く正確に掛ける必要もある。タイムアタックでもあるからな」
「ほえー」
やっぱり競技というだけあって、勝敗がわかりやすいようになってるんだ。
一応一通り教わったように私はアイロンを掛けていく。
「ちなみに去年うちはウォーターで敗れている。優勝者は当時1年だったから、今年も出てくるはずだ。通称『アイアン・クイーン』と呼ばれている」
「えっ、そんな凄そうな人に私をぶつけるんですか!?」
「お前だって負けてないだろ。期待しているぞ、『北峰の娘』」
変な異名付けないでよ! アイアン・クイーンだとなんか凄そうだけど、北峰の娘ってなんかかっこ悪い! あっそう、で終わりそう!
これでも私は小さいころ、リトルマーメイドと呼ばれていたんだ。あのときからそれほど背は伸びてないから今でも使えるはず。
あれ、なんでか涙が……。
「あれ、藤岡さん」
「日進先輩!」
日進先輩が私の特訓を見に来てくれた! って、同じ部員なんだから部室に来るのは当たり前だ。
「英一、まさか無理やり連れて来たりしていないよね?」
ああっ、日進先輩が私のために怒っている。
だけど一応私が望んで来たことを伝えないと、部長が責められてしまう。あまり好ましくない人とはいえ、誤解で怒られるのを見過ごせない。
「先輩、大丈夫です。私から入部したので」
「えっ」
意外そうな顔で日進先輩は私の顔を見る。勘違いしてしまいそうになるのであまり見ないでくださいな。
「そうだ、日進先輩。アイロンの掛け方教えてください!」
「ん? アイロンの掛け方ならさっき俺が……」
「僕でよければ教えるよ。今度の予選に出てくれるんだ?」
「はいっ」
それから日進先輩にアイロンの掛け方をじっくり教わった。とても楽しかった。
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