X2 最悪な出会い!
電車を乗り継ぎ、私の家がある駅から20分、駅から徒歩10分くらいにある学校。思えばここに来るのは合格発表以来だ。
見るだけなら買い物帰り、親に頼んでわざわざ車を迂回してもらって眺めたりもした。
自分でも相当楽しみにしていたんだなとわかるけど、そんな私を見たお父さんたちに少し悲しそうな顔をさせてしまったのが少し申し訳ない。
だけど家族で話し合って決めたことだし、今更なことだ。前向きにいこう。
そして流石に早すぎたらしく、私の他に歩いている生徒を見かけなく、ちょっと恥ずかしい気持ちになった。まだ体に馴染んでいない真新しい制服は、いかにも1年生ですと言っているようなもので、部活でもないのにこんな早朝から歩いているのだから誰がどう見ても浮かれているようにしか見えない。
いや実際浮かれていたんだけどね。
そんな自分に苦笑いしつつも角を曲がる。
ここを曲がれば校舎が見える。私はこれから3年間お世話になる建物に目を向けた。
するとそこには誰かがいた。
校舎の屋上、柵を越えたところに誰かが立っている。
あの人は何故、あんな危険なところに立っているのだろう。
何かを落としたとか? いやいやまさかまさか。柵のすきまからだって手は届く。乗り越える必要なんて全くない。
途端、私の背筋にぞくりと嫌な寒気が走った。
やばい。色んな意味でやばい。
大切な入学式、ドキドキワクワクしていた気持ちは吹っ飛び、違う方向にドキドキしてしまっている。
ヤダよやめてよ、私の学校でそんなことしないでよ。
きっとジョークだよね。そうやって新入生をドッキリさせようっていう魂胆だ。先輩ったら意地が悪いなぁ、あはははは……。
…………落ちたあああぁぁぁ!!!
嘘!? あの人落ちたよ!? なんで!?
気付くと私はガタガタと震え、涙を流していた。
だけど今はそれを気にしているどころじゃない。この学校にどんな恨みがあるのか知らないけれど、入学式にやることないじゃない!
と、とにかく落ち着かないと。こういうときは救急車? 警察? よくわからないけど何か呼ばないと。
私は意を決し、再び校舎へと目を向ける。
するとそこには更に信じられないものがあった。
壁に人が立っている。
いやいや、そんなバカなことはない。あるはずがない。あってたまるか。
ほらよく見てごらん。その人の背中から紐が出てるよ。それが屋上の柵に繋がっている。ただのバンジーじゃん。何もおかしなことはなかった。
タネがわかったところでホッとし、その途端、胸の奥からぐつぐつと負の感情が湧いてきた。
それはもちろん怒りだ。本気で頭きた! 一言でも文句を言ってやらないと気がすまない!
私は学校へ入り、校舎をぐるりと回りこみ、あのとき見えた位置までやってきた。
そして見上げるとまだいた。それどころかサンドウィッチを頬張りつつ、パックのコーヒー牛乳をすすっていた。
なんだこいつと思いつつも、相手は恐らく先輩だろうし、拳を握ってぐっと怒鳴りつけるのを堪える。
「あのー、そんなところで何してるんですかぁーっ」
「見ての通り朝食だが」
その人は私に見向きもせず、落ち着いた感じでサンドウィッチを食べている。
「そんな食べ方おかしいでしょ! 何考えてんですか!」
我関せずというか、周りなんてどうでもよさそうなその態度につい叫んでしまった。
するとさすがにその人はこちらを見、つまらなさそうな目で私を値踏みするように眺めた。
「きみは──1年か。大方入学に興奮して寝付けず、早く登校してしまったといった感じだな」
「うっ」
図星を付かれ、思わずたじろいでしまう。悪かったね楽しみにしてて。
「まあいい。まだ時間もあることだし、少しくらい説明してやるか」
「あっ、いえ! 別にいいです!」
反射的に断ってしまった。私の心の半鐘がけたたましく鳴り響いている。この人に関わってはダメだ。逃げなくては。
あのロープを手繰って登り、更にここまで降りてくるまで結構な時間がかかるはず。だったら充分に逃げる時間はある。
…………はずだったのに、そいつはハーネスの金具を外し、飛び降りた。
ちょっと待って、今のところからだって充分な高さがあったのに……って無事だし。
綺麗に着地したそいつは裾の埃を軽く払い、慄いている私の前にやってきた。
「さっきのはエクストリーム・ブレックファーストだ」
「え、えく……?」
「エクストリームだ。高校生になったんだからこれくらいの英語くらい理解しろ」
英語の意味がわからなくて聞き返したんじゃない! さっきの無意味な行為に名前なんて付けないでよ!
心の中で叫び口に出すのを必死に耐えた私をそいつは更に値踏みするような感じで見回している。
くっ、背が高くて見た目はクール系イケメンだ。無駄に眼鏡が似合ってる。だけど私にはわかってる。この人は頭がおかしいと。
あんなところで朝食をとる人がまともなはずがない。
「それでキミは、なにかエクストリームスポーツに興じていたりするのか?」
「え? いえ、全然……。スキューバとか普通のマリンスポーツが好きなくらいですけど……」
「なにを言っている。スキューバは立派なエクストリームスポーツだぞ。ちなみにどれくらいまで潜れる?」
「ええっと、40mくらい……」
「その歳で40か。なかなかのエクストリーマーじゃないか。合計時間は?」
「んー……ログ読みで250時間くらいかと」
「…………は? 250……時間……?」
やばっ、少なく見積もったつもりだったけどよく考えたら大人でもそんな時間潜ってない。
普通水深10mくらいなら1時間、40mだったら10分も潜れない。その後は水から上がって数時間かけて血中に溶け込んだ窒素を戻さないといけないから1日だと大して潜ることはできない。だからもし1年で250時間潜ろうと思ったら毎日ダイブしないといけなくなる。そんなこと仕事でも無理だ。
普通の社会人とかならきっと連休を利用してーみたいな感じのはず。1年に20時間も潜れればいいほうなのかも。私の年齢を考慮したら50時間でも長いと思う。
しまった。このままではとんでもないキャラクターとして記憶されてしまう。
「いえっ、でもそんな大したことじゃないですよ! ただ適当に潜ってる程度ですし! 父がアクティブカメラマンだから小さいころから一緒に潜っていたせいですし……」
「ほう、カメラマンか。名は?」
名前を尋ねられたけど、きっと知らないだろう。テレビとかに出てる有名なカメラマンとかとは違うし。
「北峰竜二……って、知らないですよね」
あはは、という感じで伝えたんだけど、そいつは目を見開き驚愕の表情を見せた。
「北峰……竜二の……娘だとおぉぉ!?」
えっ、なに? 知ってる感じ?
そしてその人はおもむろに腰のホルダーから何かを取り出し──ハンディ無線機? 違う、あれ
唖然としている私をよそに、その人は電話をかけ始める。
やばい! この人絶対にやばい! 心の中で半鐘どころかサイレンがけたたましく鳴り響いている。これ以上関わったらやばい。逃げないと、逃げないと!
私は足音を立てぬよう、そっとこの場から離れようとしたら腕が何かにひっかかり、動けない……って掴まれてる!!
「なっ、なんで腕掴んでるんですか!?」
「まあそう急くな。入学式まではまだ時間がある」
「痛い! 痛いです! 離して!」
「痛いのはキミが引っ張ってるからだ。大人しくしてればなんともない」
この男、全然紳士じゃない! 女の子が痛いって言ったら離してよ! 滅べばいいのに!
そして気付くと私は数人に囲まれていた。
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