オウトー王紀・ロービスト王紀・ハンス王紀・ルス王紀-ランズドーバー政権-

 帝国中央政府が、ヴァルゴンス政権になって以降、テリオット帝、アッシュ帝にかけて時代を経ている頃、敵対するヒュールベイン系の皇統が支配する地方政府は健在であった。しかし、その支配領域は、最大時でも55の星系を支配するにとどまっており、当時の帝国全体の3割にも届いておらず、その支配域も主に帝国辺境に広がっていた。

 歴史上、彼らをランズドーバー地方帝国、ランズドーバー辺境帝国、あるいはフンダ朝ランズドーバー王国と呼ぶ。ここでは便宜上、ランズドーバー政権とする。

 ランズドーバー政権には4人の君主がいた。4人共、自称は皇帝であり、国号はフン帝国であるが、上述のごとく、実体は伴っていない。

 ここでは、この4人の称号も、便宜上王号で称することとする。


 オウトー王紀

 オウトー王は、ヒュールベインの子供であり、ヒュールベイン帝時代の皇太子だった人物である。父の死後、即位を宣言したが、その直後に帝都を放棄してしまったため、ヴァルゴンス一派からは無効とされてしまった。

 彼ら自身は、その後も皇帝を称し、帝国を称した。

 しかし、実際、帝国皇帝としても、帝国中央政権としても、何もしていないため、自称皇帝というのが歴史学上の定説である。ただし僭称という扱いはされていない。権利なくして勝手に名乗ったわけではなく、即位に至るまでは至極順当だったからだ。また、帝国全体がヴァルゴンス派との分裂状態にあったことも、皇帝ではないが、僭称でもない、という微妙な位置づけにされた。これは、即位せずに死んだヴァルゴンスも皇帝とはみなされていないのと同じである。

 オウトーは、孤立していた帝都を捨てて、比較的支持勢力の大きい地方の重要な惑星ランズドーバーを拠点とした。ここの事実上の支配者だったランズドーバー伯アルソネスが、彼を招いたのである。

 オウトー自身はむしろ、前以上に精力的に活動するようになった。支配地域の国力を高め、たびたび帝国中央へ軍を遠征した。それだけの力があったとも言える。ただ、軍事的にはあまり成績は良くない。主な戦いは8回あるが、そのうち勝利したのは1回だけで、ほぼ引き分けが2回、あとは敗戦である。

 それでも、彼の支配域内では安定政権であった。人材もそれなりに豊富で、経済も順調であり、彼の時代は、ランズドーバー政権にとって唯一、輝かしい時代だっただろう。

 重臣にも後世に名の知られた人物が見られる。

 首相となったアキアスは、文官でありながら主戦派でもあった。地元ランズドーバーの出身で、アルソネス伯爵の側近でもあった人物である。オウトーによる度重なる遠征が可能だったのは、アキアスの力があったからでもある。

 一方、軍の重鎮で艦隊司令官であったボイルー中将は、非戦派であった。彼はオウトーがまだ中央政権での皇太子だった頃から仕えていた人物であり、その頃は近衛軍の高級士官であった。勢力を失ったオウトーをランズドーバーへ遷都させた一派の中心的人物だ。ボイルーは、ヴァルゴンス派の勢力を過小評価せず、現実的視野で軍事政策を考えたため、常に戦争には反対であった。国力を高めることこそ優先課題だとしていた。しかし戦術家としては優秀であり、主要8会戦のうち、勝利した1戦と引き分けた2戦は彼が直接指揮を取っている。また敗戦した戦いのうち、3戦は、被害を最小限にとどめた。後方にいた彼の指揮によるものだった。一方、彼と無関係の2戦は大敗を喫している。

 もしボイルーが全面的に指揮権を持っていたら、8戦全勝だったのではないかとさえ言われている。もっとも、そこまでの権力を持っていたら、彼は戦争はしなかっただろう。

 ボイルーはアキアスを筆頭とする主戦派に対し、常に批判をし、その言を好むオウトー王に対し何度も苦言を呈していたため、世間的にはアキアス首相とボイルー司令官は犬猿の仲だろうと噂されていた。

 確かに政治上の関係は敵対していた。最高幹部会議で、何度も激論を戦わせている。だが実は、この二人、私的には親友同士だった。性格も思想も正反対だったが、それゆえにウマが合ったのかもしれない。しばしばお互いの家や高級クラブなどで酒を酌み交わし、その都度、意見をぶつけあうのだが、お互いに相手を憎むということはなかった。

 アキアスの政治的同志らは、しばしばボイルーを腰抜けだと非難したが、アキアスはその都度こう言った。

「ボイルーは慎重な男だが、それは臆病だからではない。現実的な思考が慎重にさせているだけだ。彼は戦わせれば強い。その強さに奢らず、自分を律することが出来る。英雄と称された歴史上の人物と肩を並べるだけの逸材だ。我々が攻勢にでるときには、彼の力がぜひとも必要である」

 同志らはアキアスのその言葉をそのまま受け取らず、アキアスがその器の大きさで相手を許してやっているというふうに解釈したが、アキアスは思ったことを言っただけであった。

 一方、ボイルーの方でも、彼の部下から、アキアスは戦争の何たるかも知らず他人に戦わせようとする愚か者だと何度も意見を聞かされた。だがボイルーはそれに同調しなかった。

「アキアスが主戦を唱えるのは、無責任な軍事冒険主義やロマンチシズムだからではない。彼は、我らの勢力が、銀河の片田舎で現状に慣れきってしまい衰弱していくことを恐れている。一度怠惰に呑まれると元に戻るのは至難である。私は彼の主戦論には反対しているが、彼が目指そうとしていることまで否定するつもりはない」

 そして、この両者の意見のぶつかり合いが、この政権に微妙なバランスをもたらしていた。主戦に走って滅亡への坂道を転げることはなく、逆に保守的になって衰弱していくこともなかった。

 アキアスは戦争するための経済力をつけるべく、内政政策も強力に推し進めた。

 技術開発に国家投資を行い、失業対策を軍需産業の推進と組み合わせ、食糧増産に務め、未開拓星の入植を勧め、星間航路の開設のために巨額の資金を投じてワープゲートの設置も行った。人材の確保にも意を尽くし、中央政府の支配する帝国領から、諸外国に至るまで、人材募集を呼びかけた。集まった人々には相応の仕事と給与を与え、税制優遇を保証したことから、この時代には、数多くの有能な人物が集まっている。

 ボイルーも、思想的には非戦派だったが、軍備については疎かにしなかった。無駄な軍事費の支出を減らす一方、高い戦力を確保するためには訓練を怠らず、積極的に技術も導入した。

 例えば、高速航空戦艦という特殊な軍艦が導入されたのも、ランズドーバー政権の特徴と言われる。火力及び重装甲の戦艦、対艦・対地攻撃と物資輸送に有効な空母、高速作戦が可能な巡洋艦の特徴を併せ持った艦種である。運用を間違えると無駄になったり、戦力の喪失に直結しやすいことから、一般的にはこういう複合艦種はあまり使われない。だが、ボイルーはこれを小艦隊の中核艦種とし、その小艦隊を多数配備して連携させる柔軟な戦略で、絶対的な戦力差を埋めようとした。最初の中央との戦いであるガンボウローズ星域海戦での敗北を教訓にしたのである。

 3度めの戦いとなったグリモンティス星域海戦では、帝国中央政府との戦力差が7対3だったにも関わらず、派遣されてきた敵帝国艦隊を壊滅させる圧倒的勝利を得た。その結果、アキアスの働きかけもあって16の地方星系政府が彼らの側に寝返った。しかし、その成果に驕らず、むしろボイルーは、一つの戦術・戦略にはこだわらないよう、士官らを戒めた。

 しかし、勝利はどうしても、軍人や主戦派を驕らせることになる。

 やがてボイルーは、階級こそ元帥に昇進し、総司令官となったものの、それを理由に前線から後方に回されるようになった。アキアス首相が亡くなると、アキアスの一派であった主戦派の政治家らは、ボイルーをさらに遠ざけるようになった。

 オウトー王も徐々にボイルーを避けるようになり、ある時、主戦論を戒めようとしたボイルーに対して、

「おまえがランズドーバーに遷都するよう進言したのだ。そこで力を蓄え、帝国中央への再進出を図れば良いと言ったのだぞ。なのに、その機会が来ても、なぜおまえは主戦論を批判する。この田舎の星でくすぶるよう仕向けているのはおまえではないか。こんなことなら、遷都などせず、帝都で粘っていたほうが良かった」

 アキアスや自分の努力を無視するかのようなオウトー王の発言に、彼はショックを受け、まもなく辞職した。するとオウトー王は気にしたのか、ボイルーを軍事顧問に任命したが、ボイルーはもはや軍事政策の一切に関わろうとはしなかった。

 アキアスの死から7年。

 ボイルーも失意の中、この世を去った。

 ボイルー亡き後、オウトー時代には、さらに2回、帝国中央政府と会戦しているが、いずれも無残な敗北に終わった。

 8回目の会戦となった、エベデ星域海戦の大敗後、オウトー王は、「ボイルーがおれば、このようなことにはらなかったろう」と言ったが、その言葉は虚しく響いただけであった。

 間もなくオウトー王は病に倒れ、嫡男ロービストを後継に指名して亡くなった。



 ロービスト王紀

 ロービストはオウトーの嫡男である。ただし母親は側室だったアーリンである。オウトーには正室エスメラルダがいた。エスメラルダにも男子がおり、ジョシュアと言った。産まれたのはロービストのほうが先で、ジョシュアの2つ年上に当たる。これはエスメラルダに子がなかなかできなかったため、側室としてアーリンを入れたためである。ロービストが生まれたため、危機感を持ったエスメラルダが子作りを求めたものと思われる。実はオウトーは、「皇太子」時代にエスメラルダと知り合い、見初めて妻に迎えており、情愛で言えばエスメラルダのほうが強かった。アーリンは、後継男子がなかなかできないことで側近らが気を利かせて後宮に入れた女性なのである。

 もちろん、アーリンもロービストを後継にするため、随分と働きかけたようだ。

 オウトーは、後継者をどちらにするか迷い、死ぬ直前まで決めなかった。

 最終的にロービストを嫡男と定め、後継者にしたのは、消極的選択の結果だった。

 エスメラルダの産んだジョシュアは意気盛んな若者で、思想的には軍事主義者であった。政策面でも軍事一辺倒の考えであり、内政面の発想がまったくなかった。それに対し、ロービストは文化方面に関心が強く、文人趣味だった。しかしロービストは政治に対する関心が低く、どちらかと言うと厭世的な雰囲気があった。

 オウトーは、ジョシュアを後継者にした時、臣下の意見に耳を貸さず、無謀な戦争を繰り返した挙句に国を滅ぼしてしまうのではないかと危惧した。それに比べれば、ロービストは臣下がきちんと国政を動かしておけば、無難に過ごせるのではないか、というわけである。だがそれは、あくまで重臣らの能力次第、という条件付きである。

 どちらにも不安が残った。

 オウトーは、脳腫瘍によってこの世を去った。同じ腫瘍でも脳でなければまだ延命も出来ただろうが、「皇帝」の脳を手術するのはためらわれたのである。外科手術も、重粒子線治療も、ナノマシン治療でさえも。脳は人間を人間たらしめる根源だから、手を触れられないのである。

 それも天命、後継者もいるので、やむをえまい、という気分がオウトーにも臣下の間にもあった。

 ロービストは指名されて即位したが、彼はオウトーが予想した通り、精力的ではなかった。

 ランズドーバーの宮廷に閉じこもって、文人趣味に没頭した。政治は側近に任せっきりであり、帝国中央政府との戦争も、自身は一切関与しなかった。

 ロービスト帝を支えたのは、オウトー時代からの重臣たちだったが、アキアスやボイルーのような有能な人物はいなかった。

 彼らがまずしたのは、ロービスト帝を揺さぶりかねない存在、皇弟のジョシュアの排除である。ロービストは、兄弟げんかもめんどくさいかのように、ジョシュアを無視していたが、臣下に言われて、ジョシュアをウルフト大公として、惑星ウルフトへ追いやった。惑星一個をまるまる領地としたが、ウルフトは辺境の惑星で、人口はわずか1600万、農業しか産業のない小国であった。

 ひとまず安心した重臣らだったが、政策はせいぜい現状維持が良いところで、国力増強のための方策もなければ、軍事的優位に立つ戦略もなかった。幸い、ランズドーバーは辺境域の物流の中継地であったから、それなりに豊かで、人口も多かったものの、帝国中央政府に取って代わるほどの国力はなかった。

 軍事政策も思い切ったことはせず、小出しに兵力を展開したため、両者の勢力圏付近をめぐる「国境紛争」ばかりが繰り返された。しかし一旦兵を出すとなかなか引くことも出来ず、連年出兵することになるが、大規模な戦闘にはならない代わりに、勝利することも殆どなかった。軍事費の無駄遣いである。

 そのため、帝国中央とは、国力差に比して戦力差が広がっていった。

 ロービストは、臣下や国民の前にまったく姿を見せないため、国民の間でも、オウトー時代ほどの昂揚感は薄れ、支持は徐々に下がっていった。そのうち貴族層の中でも、辺境の惑星の領主や豪族らの間で、政府の意に従わなくなるものが出るようになった。

 見かねて苦言を呈した重臣もいたが、ロービストは不愉快な表情を見せ、その重臣を役職から外して政権から追い出すと、求心力はますます低くなった。彼の代だけで20もの惑星政府が離れ、当然のごとく、国力は落ちていった。

 彼の時代、帝国中央政府は、テリオット帝の時代であった。もし中央政府が本格的に攻勢をかけていたら、ランズドーバー政権は終わっていただろう。

 しかし攻勢は行われなかった。

 それは、テリオット帝の体制が、歴史上まれに見る非常に奇妙なものであったことに由来するのだが、それはテリオット帝紀に記す。

 ロービスト王も、テリオット政権がおとなしいことには気づいていた様子で、それに安心したのか、ますます文化事業と文人趣味に傾倒したが、それを危惧したのが、彼の長男ハンスであった。

 彼はしばしば父親に諫言したが、父親はそのたびに不機嫌になり、物を投げつけるなど乱暴な行動に出た。文化的な趣味が全く身になっていなかったといえる。

 ついに、ハンスは父親を軟禁する挙に出た。

 ロービスト王は専用施設に収容され、政権は交代することになる。だが、彼の歴史的役割はまだ終わってはいなかった。



 ハンス王紀

 ハンスは父親を失脚させると、「皇帝位」を継いでトップに立った。ランズドーバー王朝3代目の君主である。

 彼は祖父がしたように、国力の回復を図るため、人材の刷新、政策の変更、一時的な軍事作戦の延期を決め、果敢に仕事に取り組んだ。

 ロービスト時代の政権担当者をすべて更迭し、あらたに内閣を編成させた。

 彼の政策を支持したのは、意外にも軍人たちであり、彼の政策に反発したのは、これも意外なことに文化人たちであった。

 軍人たちにしてみれば、今の状況では帝国に敗北するのは時間の問題であり、敗北は自分たちの破滅に直結する。かろうじて時間稼ぎの出来る今しか、立て直しは出来ないと考えていた。

 それに対し、文化人たちは、現実を見ようともしない幻想的な発想で、自分たちの文明度の高さばかりを賞賛し合い、そのプライドだけで、国家政策も決めようとした。そのため、当時の帝国中央政府や、テリオット帝の存在も否定し、それを滅ぼすのが我らの務めとばかりに、軍事作戦を求めた。

 もちろん、彼ら自身が戦争に参加するわけではなく、それは軍人がやれ、という発想だ。しかもこの考えに共鳴する自称知識階級の人々がかなり多く、それらが貴族階級を支配した。

 そのため、ハンス王が穏健政策を進めようにも、なかなか話が進まない。軍人たちは王の不甲斐なさにも不満を持ち、ハンス王に軍の再建と国力回復を迫ったため、ハンスは両者に挟まれて苦慮することになった。

 結局、軍内部にも強硬派がいた事から、妥協案として、強硬派に帝国中央政府の支配域を攻めさせることを了承した。ハンスにしてみれば、どうせうまくは行かない。少々痛い目にあったほうが、後々やりやすい、という思惑もあったのだろう。

 ところが、いざ作戦を開始すると、これが思った以上に成果を上げる事になる。

 両勢力の接する、いわば国境地帯の10あまりの星系が彼らの手に落ちたのだ。

 これはなにも、作戦を主導した指揮官らがずば抜けて有能だったからではない。至極普通のレベルであった。

 敵の中央政府側の軍部隊が、不思議なくらいに動きが鈍く、反応が悪かったのである。

 戦わずして退却する部隊も現れたほどである。

 生じた軍事空白地帯に、ランズドーバー側が進駐していった、というのが実態であった。手に入った星系も、その多くは長年の紛争の影響で人口が減っており、国力を回復するほどの戦果とは言えなかった。

 ハンスは「大勝」の報告を聞いて顔をしかめたが、あまりの容易さに、中央政府側の罠の存在も危惧した。

 しかし、強硬派にとっては、見ろ、我らの強さを、皇帝陛下(ハンス王)は気弱すぎる、などと言い合った。

 中央政府側の弱さは、ハンスの危惧した罠ではなかった。

 実はこの時、中央政府内部は深刻な情勢にあったのだ。

 この直前、テリオット帝が急死し、その後継をめぐって、3人の皇子が争いを始めたのである。それに貴族層や軍部が巻き込まれ、辺境域にまで気が回らなくなってしまったのだ。

 この状況は、別のことをも示している。

 まず、帝国中央政府のお歴々は、ランズドーバー政権のことをさほど重要視していなかった、ということだ。でなければ内紛を起こす余裕はないはずだ。テリオット帝時代に、中央政府の国力は大きく増強されており、国力差はかなり拡大していたからである。

 一方、ランズドーバー政権側でも、中央政府内部で起こっている大掛かりな出来事の情報すら、入手出来ていなかったことになる。情報と外交の組織体制がそれだけ未熟な状態にまで後退していたのだ。

 この内乱の情報をハンスより先に手に入れたのが、ロービスト前王であった。彼は専用施設に軟禁されていたはずだったが、支持者によって密かに情報を得ていた。

 そして、中央政府の混乱が、自分たちにとって最大のチャンスだと考えたのである。

 彼は支持者の手で密かに施設を出ると、強硬派貴族の集会に顔を出し、彼らを引き連れて王宮にハンスを訪ねた。

 驚くハンスに、ロービストは大規模な軍事攻勢を行うよう求めたが、ハンスはそれを拒絶した。ハンスにしてみれば、中央政府の揉め事は、こちらにとって時間稼ぎにはなるが、帝国を奪い返すほどの力は自分たちにはもう無いこともわかっていた。

 なんとか頑張って、対等とまでは言わずとも、中央政府の半分近くにまで国力を回復することができれば、以後、中央政府で帝位を継承できた者と交渉することも可能になる。中央政府の帝位継承争いに介入すれば、候補者のいずれかは、我々の存在を認めるかもしれない。そこに活路があるはず。

 ハンスはそう考えていた。

 現実を見据えた至極まっとうな考えであり、その意味でハンスは標準以上の君主であっただろう。

 しかし彼は、強硬派の父親や貴族らを説得するほどの力量を兼ね備えていなかった。

 強硬派との対立は、やがて武力対立に発展。

 折角の機会に、ランズドーバー政権も内紛状態になってしまったのである。

 そしてその争いの最中、ハンスは、父親の放った刺客によって暗殺されてしまった。地方政権の「皇帝」とはいえ、君主であることに違いはなく、君主弑逆を行うなど、フン帝国の歴史上、数少ないショッキングな事件であった。

 自分の長男まで殺害して、自分の思い通りに事を進めようとするなど、この頃のロービストは、もはやまともな精神状態ではなかったに違いない。それを支持した文人、文化人、知識人といった、本来であれば平和を担う人々の、軍人以上の殺伐とした行動は、後世、人々に深刻な問題提起をもたらす。文明とは何なのか。文化とは何なのか。人は結局、血塗られた本能からは逃れられないのか。知識や文化は表面を飾るだけで、なんにも生かされないのか。

 ロービストは、自らは複位せず、「帝位」を次男のルスに譲らせ、ルスが第4代「皇帝」になる。彼がランズドーバー政権最後の君主であった。



 ルス王紀

 ルスが即位して、まず最初にしたことは、これも驚きの出来事であった。

 事実上の院政を敷こうとし、表面上は即位を祝福しに来た父ロービストを、ルスは自ら銃で射殺したのである。

 次男に撃たれたことを知った時、ロービストはなぜそんなことになるのか、全く理解不能という面持ちで息子の顔を見た。

 ルス王は憎悪に満ちた表情で父親に向かって叫んだ。

「我らの唯一の希望の星であった兄上を、そしてあなたにとっては自分の息子でもあるはずのハンス陛下を、あなたは殺した。子殺しの罪は、死んでも許されぬ」

 ロービストは血が滲んでいく腹を押さえながら、膝をついた。

 ルス王は続けた。

「あなたがここに来た目的もわかっている。あなたは自分が責任を負わずして、権力だけは握ろうと考えている。そのために私を意のままに操ろうとしている。もし私があなたの意に沿わない時は、わたしも殺すであろう」

 ロービストはまだ混乱した表情で、苦痛に呻きながら床に倒れた。血がはね飛び、ルス王の靴にもかかった。

「私は兄の後を継ぎ、自分の力でこの国を立て直す。あなたにいて貰う必要はない。ここで死ね!」

 そして、うめき声を上げて床にうつ伏せになっている父親の頭に向けて、銃弾を放った。

 父親を殺害後、ルスは自ら首班となって政権運営に積極的に乗り出したが、当初から多難であった。

 ルスが立てた政策は、軍事作戦の縮小と、経済政策重視による国家再建策であった。祖父の方針であり、兄の方針であった政策である。

 しかしこれは、保守的な貴族の間で不評であった。彼がロービストを殺害したことも知れ渡り、貴族たちの間で不安を生み出すことになる。

 それに対してルスは強硬姿勢で臨んだ。貴族側も反発し、独自の動きを見せるようになる。

 ランズドーバー政権の貴族層は、辺境域の領主が多く、それにオウトーの遷都に付いてきた貴族らが加わっていた。この付いてきた貴族の中には、領地を捨ててきたものもいる。帝国中央の貴族層には、主要惑星の一部に領地を持っているものが多く、ランズドーバーに来た時点で、それらは中央政府に接収されていた。オウトーは代わりの領地を与える約束はしたが、実際には、開拓惑星に用意できたのみで、領民も僅かで、生産力もない形だけのものであった。

 一方、地方領主の中には、惑星単位で支配しているものもいて、大きな力を持っている。

 彼らはルス王に対する期待を失うと、自分勝手に行動するようになった。

 領主たちは独自の自治政府を作って協力しなくなり、一方、中央から付いてきた貴族らは、ひそかに中央政府へ帰属するための交渉を始めた。

 こんな状況では政策はうまく行かず、内紛に伴う不穏な事件も相次ぎ、市民たちの皇帝への支持率も低下する有様であった。

 その内紛によってルスは日に日に疑心暗鬼を強めていった。

 そして、異様な振る舞いを見せるようになる。

 たとえば、自分に逆らう貴族らを知能の低い愚劣な連中と決めつけた。

「おそらくは近親婚のし過ぎで血が濃くなりすぎたのであろう。脳奇形の一種に違いない」

 などと側近に語った記録が残されている。

 中央政府へ寝返ろうとして発覚した貴族に対し、暴力的懲罰を加えたこともある。

 ルスはだんだん狂気に陥っていった。政策を市民に訴えるなどして味方につける方法もあったが、彼は敵対する貴族をいかに排除するかに神経をつかうようになった。そのやり方も、陰謀めいたものが多くなり、テロや暗殺を命じるなど常軌を逸するようになった。

 側近が諫言すると、激しく怒り、その側近を捕らえて拷問にかけるなどした。

 歴史上、ルス王は、暴君として記録されている。

 しかし、彼は最初から暴君だったわけではない。

 少なくとも即位して数年は、まともな君主であった。

 だが、彼の周囲が彼を支えようとはしなかった。孤独と、不信と、猜疑心が、彼の精神を狂わせていったのである。

 もっとも、即位の直後に、父親を殺しているため、父親が兄を殺した時点で、すでに精神に異常をきたしていたと見る説もある。

 ルス王の11年、帝国中央政府は大規模な軍事作戦を開始した。

 いわゆる「銀河帝国計画」の一環として、「国内」に残る異分子であるランズドーバー政権を一気に滅ぼそうと考えたのである。

 辺境域の複数のルートに向けて、同時に進軍を開始した帝国軍は、およそ1年でその大半の惑星政府を降伏に追い込んだ。

 そして、ランズドーバー本土へ向けて、侵攻の準備を整えた。

 その最前線司令部に、ランズドーバー政府から使者が来た。

 ついにルス王は、帝国中央政府に、自ら降伏を願い出たのである。

 帝国艦隊はランズドーバーへ進駐し、ルス王は身柄を拘束された。その時、彼の表情は穏やかだったという。

 ルス王がアッシュ帝に降伏し、受け入れられた時、ランズドーバー政権が支配していた星系は、わずか3つであった。

 帝国の両統迭立はこの時、終わりを告げたのである。

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