16代:ヴィデット帝紀前編 -女帝の誕生-

 ヴィデット帝は現在に至るまでの歴代のフンダ皇帝では2人しかいない女性の皇帝であり、はじめて女性で帝位についた人物でもあった。

 通常、男子が帝位に就くフンダ家では珍しい女帝だが、帝国憲法には、帝位の条件に男女の別、および男系・女系の別を定めていなかった。性別による抵抗感や理論的批判はさほどなかったが、慣習として男子が帝位につくのが当たり前だったことから、女性が帝位に就くのは異例のことであった。もっとも実際に就いたことがない、というだけで、検討されたことは過去にも何度かある。

 そもそも彼女は、14代皇帝アルフレードの下の弟ヴァンディン大公ヘルメスの娘であった。

 15代皇帝であるグワナスが突然崩御したために、つなぎとして即位した皇帝で、代替わりの様々な体制を整えて、数年後にはグワナスの子、すなわち従兄弟の子ギョルメに譲位する予定だった。そう工作したのは、グワナスの父ギョーテであった。孫を皇帝にするため、姪を中継ぎに選んだのである。

 アルフレード、ギョーテ、ヘルメスの3兄弟は、年が近く、いずれも早婚だった。ヘルメスは17歳で妻を迎え、その翌年には娘ヴィデットが生まれている。そのため、ヘルメスもまだ十分に若かったが、兄であるギョーテは弟を中継ぎにはしなかった。兄との確執を経験しただけに、弟に権力を与えるとどうなるか、それを恐れた。ヘルメス自身はというと野望もなにもないおとなしい男で、二人の兄の権力争いにも極力関わろうとはしなかった。何かの地位に就くこともなく、名誉職もなく、領地に籠って広い庭園の庭木いじりばかりしている男であった。彼はグワナスに脅され、娘の帝位就任を断れなかった。

 ギョルメはグワナスの3番目の子で長男であった。グワナスには娘、娘、息子の順に生まれたため、ギョルメはまだ5歳だった。到底帝位を継ぐことは不可能。ギョーテが摂政となって政治に当たることも考えたが、5歳の幼帝では露骨すぎる。しかし形式的な皇帝は必要だった。ギョルメの11歳と8歳の姉も検討されたが、中継ぎであるから、幼い姉に継いで幼い弟が継ぐことになる。もっと露骨すぎる。

 だから、おとなしい弟の、おとなしい娘が手頃であった。皇子・皇女の世代で唯一残っていること、24歳とすでに成人であることも条件として良かった。またヴィデットは結婚して間もなかったが、その夫は下級貴族出身で背後に閥もなく、代理の権力に据えるには、至極都合のいい存在だった。

 ところが、ヴィデットは中継ぎとしての皇帝では終わらなかった。

 彼女は、帝位に就いて早々に積極的に行動をはじめた。

 即位した当時、3代にわたって対外拡張政策を続けたことから、帝国の領土は拡がったが、財政の悪化と、戦死者の増大で、社会はもはや崩壊寸前であった。また、征服地で不満が高まり、独立派のテロが相次いでおり、国民の信頼度が低下していた時期だった。

 そのため、ヴィデットは即位した当初、臣民からはほとんど期待されていなかった。

 こんな情勢の中、女帝とは。しかもまだ20歳台である。

 人々が不安になるのも当然だろう。人々は、彼女の背後にいる人物を想像した。多くはそれを伯父のギョーテだと考えていた。力のない皇帝が就いた以上、いよいよギョーテが権力を振るって、人々を苦しめるのではないか。

 そういう暗鬱とした雰囲気が社会に広がっていった。

 そんな中、ヴィデットは即位して1ヶ月後に、初めて全臣民に対して、メディアを通じて、演説を行った。

「親愛なる我が帝国のすべての民に対し、私はこれより帝国国策の方針を示したいと思います」

 そう前置きした上で、

「私は現在進行中の、すべての軍事計画について、例外なくこれを見直すことにいたしました」

 人々がその言葉に思わず耳を傾けたのを見計らうように、少し間を置いて彼女は続けた。

「対外戦争はすべて、停戦致します。その後の戦争継続の有無については、我が閣僚、軍部とともに協議の上、決定いたしますが、基本方針としては、戦争は終了の方向で進めていく所存です」

 戦争相手国も当然聞くであろうこの演説で、堂々と終戦を唱えるのは、戦略上まずいという意見もあった。戦争を終わらせるにしても、それを悟られないようにすることが大事であり、下手にバレてしまえば、相手を増長させ、撤兵作戦で思わぬ被害をうけるかもしれない。あるいは逆に侵攻されることだって考えられる。

 だが、彼女はあえて終戦の方針を公表した。

 もちろん、考えがあってのことである。感情的になって思わず口にしたのではない。また理想主義的な平和論で唱えたわけでもない。綿密な検討の上での、あえての公表であった。

 社会の疲弊が深刻な状況にある中、彼女が拡張政策を中止すると表明したことは、臣民に大きな反響をもたらした。当然のごとく、彼女への絶大な支持を得る結果となった。特に平民たちは、演説直後から、家庭で、街頭で、会社で、学校で、さらに公共施設や仕える貴族の屋敷・荘園で、寄り集まり、声を上げて若い女帝を賞賛した。それは貴族らの耳にも否応なく入ってきた。

 ヴィデットが狙ったのは、そこにある。

 戦争中止の政策は、事前に知らされていなかった皇族と貴族、軍部の強硬派に驚きをもたらし、激しい反発を買った。特に驚いたのは、彼女を即位させたギョーテであろう。

 ギョーテは単純な強硬派とは言えなかったが、テロで死んだ息子のこともあって引くに引けない心理状態にあり、軍部の対外作戦を強く支持していた。ヴィデットはそれを止めるというのである。彼は、驚きそして怒った。

 ギョーテはヴィデットの即位を無効にするか退位させるかして、孫ギョルメを即位させることに決めた。ギョルメの成長を待っているような状況ではないと考えたのだ。

 そこで彼は強硬派軍関係者に連絡を取りはじめたが、ヴィデット側の動きのほうが先行していた。

 瞬く間に広がった平民からの支持は、ギョーテが軍部に示唆したクーデター計画を躊躇させた。兵士の大半は平民の出身であり、そのことを士官らもよく知っていたからだ。

 ヴィデット帝の想定した通りに状況は進んでいた。

 実は、ヴィデットは即位が決まってから戦争中止宣言までの間に、密かに根回しを進めていた。

 特に軍部の主だった和平派の将軍らと極秘に会談し、「彼女の方針」を理解させた。

 その支持のもとに、彼女は方針転換の演説を行い、事態を聞かされていなかった軍部を動揺させ、その隙に逆クーデターを起こす作戦だったのである。弱い立場の彼女にとっては危うい作戦だったが、それゆえ、確実な手を打つ必要があった。

 ヴィデットが最初に取り込んだのは、和平派でもっとも階級と権限の高い、帝国宇宙海兵隊総司令官ラギボルドー中将であった。

 海兵隊は惑星攻略の最前線を担う軍だが、それゆえに戦争の悲惨さを一番知っていた。敵国の市民を殺傷するのも、味方の兵士が戦死するのも、彼らは身を以て知っている。それゆえ、前線指揮官上がりのラギボルドー中将は一連の侵攻作戦には批判的だった。ただし彼は、表立ってそう言っていたわけではない。ヴィデットは軍高官の誰が和平派かを密かに調べさせ、彼の情報を掴んだことで、使者を送って接触を試みた。

 密かに皇帝からの使者と会ったラギボルドーは、側近だけを連れて、下士官の扮装で帝星スカラベートを訪れ、皇帝に会った。皇帝の意を受けた彼は取って返し、他の和平派の軍高官らに次々と会った。特に彼が重要視したのは、イロタヴァール星系の外縁警備艦隊司令官キューザック少将である。彼も和平派ということで閑職に回されていたが、旧帝星フンベントのある星系の警備艦隊を指揮下に持つというのは重要な事であった。この戦力を使って、まず、帝星スカラベートを抑えるのである。

 その帝星スカラベートのあるケプリ=ケプラ星系を警護するのが帝星警備艦隊である。帝星とはいえスカラベートはまだ開発途上であり、防衛力が弱いことから、比較的規模の大きな艦隊で警備を行っていた。

 その艦隊司令官ブーダレー大将は、強硬派の将軍の一人だが、前線経験が全く無く、中央畑を歩んできた人物であった。元は子爵という下級貴族出身で、重臣に取り入って出世し、先帝の強行政策に賛意を示して今の地位を得た男である。帝国軍大将だけでなく、侯爵にもなっていた。

 ラギボルドー中将は、キューザック少将が指揮するイロタヴァール艦隊の分艦隊に便乗し、ケプリ=ケプラ星系へ「侵攻」した。不意を突かれた帝星警備艦隊は、ブーダレー大将のみっともない慌てぶりに右往左往して完膚なきまでに叩きのめされた。帝星を守る艦隊がこれでは情けない話である。

 残存艦艇が降伏する様子を見ながら、

「お見事ですな、キューザック少将」

 と賞賛したラギボルドー中将に対し、キューザック少将は、

「皇帝陛下のご要請とはいえ、畏れ多くも帝星を攻める作戦を担うことになったうえ、あのような相手に勝利しても、なんの喜びもありません」

 と生真面目に答えたため、ラギボルドー中将は苦笑した。

「艦隊の作戦運用については少将にお任せする。私はすみやかに軍中枢の制圧を目指さなければならないのでね。なにしろ皇帝陛下の御身にも関わることゆえ」

「承りました」

 ラギボルドー中将は、帝星スカラベート降下作戦に移った。

 軌道制圧担当の駆逐艦が展開する中、多数の揚陸艦は大気圏上空に到達すると、次々と降下カプセルを投下していった。カプセルは途中で分解し、中からは人型ユニット兵器「ブレス改」が4体ずつ現れ、地上に降り立った。総数480機のユニット兵器大隊は、軍の中枢である軍務省、総司令部、参謀本部、艦隊運用司令部、補完コンピュータ群センター、ネットワークセンター、宇宙港、発送電コントロールセンターなどを次々と制圧していった。後続として装甲車を伴った機動歩兵3個大隊が乗り込み、軍の作戦指揮ネットワークシステムは、ヴィデット帝=ラギボルドー中将のラインに切り替えられた。これで帝国軍のうち、旧帝星フンベントの部隊などを除く全軍の7割方の指揮系統が皇帝のもとに入った。

 わずか2時間強で、帝星は事実上制圧された。帝星は皇宮と貴族邸宅街、政治中枢、軍中枢、それらに勤める平民の住宅地と商業地区を除くと、遷都以前の先住市民の村落が惑星各所に点在する程度で、要衝を抑えるだけで制圧が可能であった。

 ラギボルドー中将は、各施設にいた強硬派の将軍らを次々と逮捕すると、あとは部下に警備を命じて、自らは皇宮へ赴いた。

 まだ若い女帝は、緊張した面持ちながらも、堂々と玉座で中将を迎えた。

「陛下、おまたせいたしました。帝星制圧作戦は完了しましたので、次のフェーズであるフンベント攻略作戦へ移行いたします」

「ありがとう、中将。ご苦労をお掛けしますが、引き続きよろしくお願いします」

「はっ。お任せください」

「くれぐれも、市民に被害の無いように」

「ご心配には及びません。帝国を正常に戻すため、全力を尽くします」

「ご武運を祈っております」

 ラギボルドー中将は深く頭を下げると、皇宮を退出し、近衛軍司令官で侯爵のホレゾン中将に後を託して宇宙港へ向かった。

 帝星が制圧されたことで、これまで身動きの取りづらかった近衛軍は、ようやく本来の任務に動き出したのだ。

 ホレゾン中将は、皇帝の命を受けて、強硬派の皇族一派に対し、軍事作戦に出た。作戦と言っても、各邸宅を制圧し関係者を逮捕するだけである。帝星にいた皇族はことごとく捕らえられた。

 こうして、ヴィデット帝とその家族は、ようやく謀殺の危険性からも脱することが出来た。ここまで非常に危うい立場だったのである。

 ケプリ=ケプラから取って返した分艦隊と海兵隊は、イロタヴァール外縁艦隊本隊に合流し、フンベント攻略作戦が実施された。

 帝星スカラベートと違い、旧帝都のフンベントは都市の規模も、人口も、そして軍事力も桁違いに大きい。だが、惑星攻略戦の経験が豊富なラギボルドー中将は、惑星制圧の本質は同じだと考えていた。

 1番目に防空施設の無効化、2番目に通信とエネルギー施設の制圧、3番目に宇宙港の確保、4番目に政治及び軍事の有力者の拘束。この4点は確実に実行する必要があるが、それ以外は、状況に応じて作戦を展開する。

 まず外縁艦隊は、内星系艦隊をおびき寄せた。内星系艦隊の指揮官は強硬派のビンブン中将である。ブーダレー大将と違い実戦経験もあるし、戦力差は内星系艦隊のほうが上だった。しかし、ビンブン中将は、情報網を抑えられたことで、クーデターの状況がよく飲み込めておらず、外縁艦隊の不穏な動きに対して、行動停止を呼びかけてきた。キューザック少将は艦隊を止めず、一定距離を置いて牽制しながら時間を稼いだ。

 その隙に、事前に独行させていた重巡洋艦コールターを、大きく迂回させながら、フンベントへ接近させた。コールターは軌道上まで来ると、躊躇することなく地上にある惑星防衛用超高空砲を次々と重粒子線砲で砲撃し、電磁的に無効化させた。

 そして艦内から海兵隊のユニット兵器カプセル10基を次々と降下させた。計40体の人型ユニット兵器は、巨大なバズーカ砲やレールガンを構えて、無事地上に降り立ち、ネットワークセンターと軍用宇宙港の一つを制圧した。

 内星系艦隊はフンベントからの通信も途絶えてしまい、外縁艦隊とこのまま対峙するか、フンベントへ戻るか判断に迷った。

 ここでキューザック少将は、あらゆる通信を使って、内星系艦隊諸艦に対し、「我々は皇帝陛下の御意を受けて作戦中であり、すでに帝星スカラベートも、惑星フンベントも手中にある。我々に従わないものは、逆賊として扱われる。すみやかに従うように」と流した。内星系艦隊の各艦ではこの通信を傍受すると動揺が走った。各艦同士でも平文で通信が飛び交い、対応の指示を求める依頼が旗艦に殺到した。

 ビンブン中将は落ち着くよう命令したが、もはやこの状況では歴戦の提督でも実力を発揮できなくなる。

 キューザック少将はこの様子を見極めた上で、再び艦隊を分け、本艦隊で牽制しつつ、分艦隊を一気にフンベントへ進撃させた。

 分艦隊の揚陸艦は、フンベントに到着すると、惑星各所へ降下部隊を次々と降ろした。各部隊はまず、惑星上に76箇所ある核融合発電所と7基の宇宙発電所からの送電をコントロールする11箇所の電力調整センターを抑えた。また、軍事転用されると厄介な臨界重粒子炉と超加速器センター、および軍施設に供給されるガスと上水道の施設も優先目標として制圧に向かった。たとえ軍隊でも、人を生かすための設備がなければ機能は停止してしまう。

 一方、先に制圧した軍用宇宙港には、後続部隊が次々と着陸を始めた。数カ所ある民間宇宙港の方はほったらかしにしておいたが、仮に強硬派の部隊が民間宇宙港を利用しようとしても、旧帝都で巨大商業惑星の民間宇宙港を接収するなど容易なことではない。混乱が生じるだけである。ほっといても問題はないし、余計なことに兵力を回す余裕はなかった。

 それでもシステムを奪い、インフラを抑え、主力部隊が無事降りたことで、あとは予定通りに進められた。

 すなわちギョーテ邸をはじめ、有力者の邸宅と、政治と軍の重要施設の包囲作戦である。各所で小規模の戦闘が行われたものの、フンベントの駐留部隊は、通信施設の制圧によって指揮系統が混乱状態にあったため、連携して行動が取れなかった。その間にも、海兵隊は次々と部隊を投入。多数のガンシップが飛行して警戒に当たるなか、制圧作戦は滞り無く進められた。

 ヴィデット帝側の権力掌握のためのクーデターは、短期間で成功しなければ意味がない。

 しかし、あまりにスムースに行ったことで、ラギボルドー中将は、むしろ危機感を募らせた。

「いくらそうなるよう作戦を考えたとは言ってもだ、こうも簡単に帝星もフンベントも攻略出来てしまうのはいかがなものか。他国を攻略するのは得意でも、自国が攻められることを考慮していないというのは、強硬派の連中もどうかしている」

 一方で、防衛を強化した結果、反乱軍などが惑星を制圧した際に対応できなくなるようでも困る。また単に帝星やフンベントだけを守ればいいという話でもない。この問題は後に、ヴィデット帝の国を守る考え方にも影響をあたえることになった。


 帝星に続き、フンベントにいた強硬派の貴族や軍人らも次々と逮捕された。

 フンベントにいたギョーテは、自邸で拘禁状態に置かれていたが、この期に及んでも、傲然とした態度を崩さず、「情勢が変化すればどうなるかわからんぞ」などとうそぶいて、海兵隊員らを不安にさせた。

 そんなギョーテの前に近衛兵らを引き連れて一人の人物が現れた。

 なんと先々帝アルフレードだった。

 皇族専用病院に軟禁されていたはずの彼は、支持を必要とするヴィデットによって解放され、彼女の側に付いたのである。長き軟禁生活の間もその精神的勢いは衰えず、さすがに白髪となったが、堂々とした態度で、驚愕を隠せない実弟の前に立った。

「久しぶりだな、弟よ」

「兄上……。よもやあなたがお越しになるとは」

「立場は変わったな。お前はもう終わりだ。お前が指示したクーデター計画も失敗に終わった。動くなら自ら先頭に立つべきだったな。謀事を人にやらせておくようでは、上手くは行くまい。ま、いかにもお前らしいが」

「なるほど、先手を打たれたか……」

 軽くため息を付いたギョーテではあったが、兄を前にしての態度は崩さなかった。だが、

「ギョーテよ。覚えているか。お前が私を陥れて権力を握った時のことを。私はあの時言った。死んだブルワルドがそなたら親子を苦しめることになると」

 ギョーテは眉をひそめた。

「言ったとおりになったな。グワナスには気の毒なことだったが、結局はブルワルドの存在を追い払おうとして道を見失った。それがあの悲惨なテロ事件を招いたのだ」

「な……、兄とて、言っていいことと悪いことがあるぞっ」

 死んだ子供のことを言われてギョーテは歯ぎしりを立てて兄を睨みつけた。

「怖い目だ。だが、子を失ったのは私も同じだ。お前も私同様、運に恵まれなかったのだ」

「……」

 ギョーテはなおも睨みつけていたが、

「それでもグワナスはまだ良い。ギョルメがいる。ギョルメはかわいいな。……ブルワルドは子をもうける前に死んだ。独身のままでな」

 孫のことを言われてギョーテは顔色を変えた。

「ま、まさか、兄上、ギョルメをどうするおつもりか」

「さて。どうするか決めるのは、陛下だ」

 そう言ってから、

「私がこうやって出てきたので、お前は、勘違いしているかもしれんが、ここに私がいるのは、私の意志ではない」

「……どういう意味だ」

「ヴィデットは、あの子はお前の考えているような娘ではないぞ。思い通りに扱えると思ったら大間違いだ。ま、わかっていなかったから、こういう事態になったのだろう。私がこうしてここにいることも、おまえがこうして権力を失うことも、みなあの子が考えたことだ。我々の記憶にある、あのかわいいヴィデット姫だとは思わないことだ」

「まさか……」

「我々の時代は終わったのだ。弟よ。私はもう、権力の世界に戻るつもりはない。ヴィデットもそんなことを私には求めてはいないだろう。私は残りの人生を、帝国の行く末を眺めるために費やそうと思っている」

 アルフレードは合図をして近衛兵にギョーテを逮捕させた。

「待て、待ってくれ、ギョルメだけは、孫だけは助けてやってくれ。まだ幼いのだ。なんの罪もないのだから」

 アルフレードはそれに対する返答をしなかった。黙って弟を見送り、それから豪華な室内を見回し、軽く息をつくと、至尊の地位にある姪へ報告するため、車両へと歩いて行った。

 帝星につづいて、フンベントも制圧したことで、強硬派の勢力はほぼ瓦解した。直接対峙したビンブン中将も最終的には麾下の艦隊とともに降伏した。他の諸星系・諸惑星は枝葉のようなものだから、各地方政府も、駐留軍も、事態が変化したと知ると、進んで恭順の姿勢を見せた。

 ヴィデット帝はクーデターの際に抵抗した人々に対して、寛大な処置を施した。強硬派の皇族や貴族、高級士官らに対しては地位の剥奪、流罪、不名誉除隊などに処したが、命を取ることまではせず、家族への刑罰も行わなかった。彼らでさえそうなのだから、ましてや一般の兵士は言うまでもない。兵士には独断で行動する権利も力もない。なんの罪があろう。

 ギョーテについても、その地位をすべて奪い、その身柄を軟禁したが、命までは奪わなかった。そして、ギョルメも殺さなかった。それはもちろん、彼がまだ子供だったからだ。しかし貴族らに利用されかねなかったため、帝星スカラベートに建てた離宮に、その母親でグワナスの側室だったシスリナと共に移された。どこか辺境の惑星に置いても、目は行き届かない。そこで逆に自分の手元に置いておくことにしたのだ。スカラベートは皇帝直轄領で、しかもほとんど開発されていないから、貴族や敵対勢力の影響が及びにくかったのである。

 こうしてヴィデットは名実ともに皇帝の座に就いた。

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