第2話 時速百キロメートルの罠

「九十二年の十一月に阪神高速で目撃された老女は、時速九十キロで走るセダンと平走していたということです」

「何の話だそれは?」


「よく九十三年六月には、東名高速で時速八十キロで走行していた急行バスの横を走っている老婆を、バスの乗客十五名が目撃しています」

「都市伝説か?「百キロババア」とか「百一キロババア」とか言う」


「老婆が百キロを越すのは九十五年にはいってからです。見てくださいこの写真を」

「なんだ?これは」

「高速取締りに使われているオービスの写真です」

「この写真がどうかしたか?」

「よく見てみてください。走っている黒のジャガーの横に前傾姿勢の人影があるでしょう?」

「あっ、確かに。しかし、まさか・・・。偶然に写っただけだろう」

「高速道路で走っている人間がいると思いますか?それに、こっちが連続写真です」

「じ、ジャガーを抜いている・・・・」

「このときのジャガーの速度が時速百キロ。これをもとに計算すると人影は推定百二十キロのスピードで移動していることになります」


「馬鹿げている。だいたい一流のマラソン選手でも時速二十キロそこそこだぜ。百メートルを十秒で走ったとしても時速は三十六キロだ。第一、百キロを越えるスピードに人間の骨格が耐えられるはずがない」

「しかし、それはわれわれホモ・サピエンスの場合でしょう?」

「え?」

「もしわれわれの中に高速移動する種が存在し、独自の進化をとげていたら」

「なにを言っているんだ?」

「貴方は韋駄天という仏法の守護神を知っていますね?」

「ああ。もともとはバラモン教の神でシヴァ神の子とされる・・・。」

「異能者ですよ。韋駄天は」

「まさか君はそんな話が現実だと?」

「たとえば半人半獣のヒンドゥー教の神々。動物に比喩される異能を持ちえた存在ではないでしょうか」

「だからといって、百キロのスピードで走る人間など・・・」

「貴方は千里眼というのを知っていますか?チベットのある僧は、遠くポンペイで起きた事変をわずか三日の後にまるで、見てきたかのように周りのものに語ったという話が残っています。日本においても古事記から明治のはじめまで、こういう千里眼のたぐいの話は数え上げたらきりがないぐらい伝わっています」


「だからといって・・・・」

「この写真を見てください。料金所に設置されたカメラの写真です。確かに高速移動人は確実に存在しているのですよ。そうですよね。村岡さん!」

 写真には、はっきりと前傾姿勢になって高速の料金所を突破しようとしている老人の姿が映っていました。

「この写真に写っているのは・・・。む、村岡さん?」


 それまで沈黙を守っていた村岡翁は、静かに答えました。

「とうとう気づかれてしまったか・・・」

「一体どうなっているんだ」

「警部。特急八雲六号が発車するまでの二時間あまり。村岡老人は、まず一時間で約八十キロ離れた田村駅に移動し、山上さんを殺害。その後、元来た道を引き返して、また何食わぬ顔で列車に乗り込んだとしても不思議じゃない」

「なるほど。走っていたのならば、通行止めになっている高速道も、渋滞になっていた側道わき道もそんなに関係ないわけだ」

「村岡老人は「百一キロババア」の伝説で、すっかり高速移動が出来るのは老婆しかいないと思い込んでいた、われわれの盲点を突いていたんですよ」


 すっかりと背骨が曲がってしまい前かがみになっている村岡翁は、白く長い髭をさすり言いました。

「さすがだな小難君。やはり髭をそってちゃんと女装をしておくべきだったか・・・・」


「いや、そんな問題では・・・」

 警部はいまいち釈然としない事件の解決に、どうしたものやらと思案するのでした。

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少年探偵小難 めきし粉 @mexicona

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