少年探偵小難
めきし粉
第1話 悪趣味王
食堂に集められた、板垣、工藤、木村、路子夫人、淳子、黒目警部を目の前にして小難少年が言い放ちました。
「犯人は貴方ですね。木村さん」
工藤少年の声に、各人は息をのまれたようで言葉を発することが出来ず、ただただ小難少年と木村の顔を見比べています。
「そうです。私がやりました」
木村は意外と落ち着いた口調で、ハッキリと認めたので一堂にどよめきがあがりました。
「木村さん。ど、どうして主人を」
路子夫人の問いに木村はゆっくりと答えました。
「奴は、奴は殺されて当然な人間だったんだ。奴は卑怯な手段で私の会社を乗っ取り、その上私の妻を要求した。それだけじゃない。奴はあろう事か良子、私の娘の良子まで、無理矢理自分のモノにしようとしたのだ。親子丼だとぬかしやがった。妻と娘は娘はそれが原因で自殺したんだ」
「ま、まさかお父様が、良子ちゃんを・・・」
淳子は目を見開いたまま、震える手で口元を押さえ絶句していました。なんということでしょう。自分の父親が自分と同い年の娘、しかも自分の同級生と無理矢理関係を持とうとしていたのです。
「やつは悪魔だよ。全く。奴の欲望には限りがない。私は、私の妻と私の娘のために、奴を殺すことを決意したのだ」
立ち上がった小難少年は木村に言いました。
「あんたは間違っているよ。木村さん」
「うるさい。ガキに何がわかる。ボカっ」
思い切り殴られる小難少年。
「いたたた」
なおも木村の拳は収まりません。
「高校生の分際で、聞いた風な口を抜かすな。ぽかっ」
「やっ、やめて下さい」
泣きべそをかきながら小難少年は訴えかけます。
「まぁもまぁ、木村さん。相手は子供ですから、その辺にして」
「ええい胸くそ悪い。ポカっ」
黒目警部に手錠をかけられて、連れて行かれようとする木村に対して小難少年が言います。
「木村さん。貴方は、路子夫人と淳子さんに見せていた彼の優しい面を知りもしなかった」
「未だ言うか、このガキは」
小難に殴りかかろうとする木村を制止して、路子夫人が言います。
「良いんです。主人がどんな人間だったかと言うことは、私たち親子が一番良く知っています」
路子夫人は、着ている服の胸のボタンをゆるめ皆の前で肩口を露わにしました。そこには多数の生々しい、アザが目に入りました。
「夫は、人のいないところでは平気で暴力を振るう人でした。また他人にそう言うことを知られるのを極端に恐れる人でもありました。ですから、私たち親子は他人様の前では幸せな家族を演じなくてはならなかったのです。私は運命とあきらめておりましたが淳子が、娘でありながら不憫で不憫で・・・」
「ま、まさか淳子ちゃんにまで・・」
板垣が、思わず漏らした言葉に、路子夫人は慌てて言葉を付け加えます。
「いいえ、誤解なさらないで下さい。淳子は、淳子は・・・」
「良いんです。お母様。私の身に襲いかかったあの獣のことは私から話さなくてはなりません」
淳子は震えながらもハッキリとした口調で言います。
「小学生の頃からです。あの獣が私を犯すようになったのは。それも今日までは異常ながらも親子の情のようなモノとして、イヤイヤながらも受け入れていたのです。しかし、クラスメイトの良子ちゃんにまでもの毒牙を延ばしていたとは・・・。私は鬼の子だったのでしょう。こんな裏切りにも似た報いを受けて当然の身の上です」
「いや、淳子君は悪くはない。悪いのは奴だ。もし、木村さんが手を下さなくとも私かこの中の誰か、いや、あるいはもっと別の人が手を下していたに違いない」
と工藤。
「いい加減にして下さい。殺されたのはご亭主で、木村さんはその犯人なんですよ。路子夫人。貴方は結婚以前の、あるいは当初の幸せな時を思い出さないのですか。きっと彼も貴方を愛していたはずですし、貴方も彼を愛していたはずです。ご主人がその様になったは貴方に責任があったとは考えないのですか」
力説する小難少年に路子夫人は悲しげな瞳で静かに答えました。
「小難君。私は政略結婚によって、それも実家が主人の罠にはまり、泣く泣くここへ嫁いできた身です。当時には将来を誓い合った人がいたのですが、結極はその人を裏切る結果になってしまったのです。今更ながら弁解にもなりますまいが、私はその愛する人を裏切った報いを主人から十二分に受けたと考えております。小難君。あの人は君の考えているような人間じゃありません。あの人は鬼です。悪魔です。あの男とは、最初から近親相姦の欲求を満たすべく私に女を産めと言い放ったのですよ。もし醜悪な姿ならば幾ら自分の血を引こうとも殺すとも言いました。ただそれだけのために私はあの男に抱かれたのです。私はあの人に愛されたという思いは、これっぽっちもありません。娘もそれは同じ事です。あの男は自分の娘さえも自分の欲望の対象としてしか見てはいなかった。娘もその事に薄々は気づいていたのでしょう。普通の家庭にあるべき愛情がこの家庭には存在しないことを。ですから歪んだ関係において、あの男の愛情を確認したかったのでしょう」
「で、でも殺人はイケナイことなんだぁ」
小難君は、少し涙声になっています。それを見かねた黒目警部が優しく小難君を諭しました。
「いいかね、小難君。殺人はそりゃ犯罪だよ。でもね殺されても仕方がない奴って言うのもこの世には存在しているんだ。おっと警官がこんな事をいちゃイカンな。だかな、ここだけの話、私はこの事件を未解決のままにするつもりだったのだよ」
「け。警部まで・・・」
警部はくるりと身を翻し、路子夫人の方へつかつかと歩み寄っていきました。そして路子夫人の手を取り言うのです。
「路子さん。もうすっかり、様子が変わってしまってわからなかったも知れないが、私ですよ。淳之介です。島崎淳之介ですよ。今は結婚して名字が代わってしまいましたが」
「あ、ああ。淳之介様?あの十九の夜にお別れしたあの淳之介様?」
路子夫人は信じられないと言ったような面持ちで黒目警部を見る。
「ご無沙汰しておりました。一方的に別れを告げられ一時は貴方を恨みもしたモノですが、やはり奴が原因だったのですね。その後、ご苦労なされたようで」
「まさか、路子夫人が将来を誓い合った相手って・・・」
「そう。この方です。淳之介様」
「小難君。つまり私だって、何らかの拍子に、この木村さんの様になっていたのかも知れないのだよ。いや、私だけではあるまい。奴のことだ。きっとこの世の中には何百何千というそう言った人間がいるに違いないのだよ」
それを聞いた板垣が、告白をし始めました。
「実は私の両親も・・・」
板垣の話を聞きながら、小難少年はその冷たい瞳の奥で、それにしてもと思うのです。
それにしても、かの主人より誘いがあったとおりに彼のお稚児となり自らの肉体を提供しつつ、出世のチャンスをうかがおうという自分の計画が頓挫したことは甚だ残念であったと。
小難少年はゆっくりとこの場にいる人々を見回しながら、若い自らの肉体でもって、これから路子夫人に取り入るべきか、淳子に取り入るべきかと思案しだすのですが、その横顔は先ほど殺された主人の、そのものでありました。
了
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