ピコ麿異世界グルメ旅

ひぐるま れん

第1話 異世界でスッポンスープと出会う

苦しい……息ができない……俺はもがいた。


むにゅっむにゅっとした柔らかい何かから顔を出すと、そこにはブロンドの少女の顔があった。金髪碧眼。まるで西洋の絵本の世界から飛び出たような端正な顔立ち。


いや、ありえない。ここは日本だ。日本にこんな少女がいたとしても、俺はこんな美少女と付き合えるようなことはしていない。


どうやら彼女は眠っているようだ。というか事後?! ありえない。俺はしこたま酒を飲んだ後、飲んだ後……どうしたんだろう。記憶が飛んでいる。俺がいつの間にか美少女のおっぱいに顔をうずめながら寝ていたなんて。


そして彼女の瞳が開いた。彼女の瞳孔が俺に焦点が合わさったその時。


俺の頬にすさまじい痛みが走った。彼女のビンタを食らったのだ。なんて馬鹿力。


「なんだ、貴様は、狼藉者!」


やたら時代がかった話し方だ。日本語を話せるようだが、どこでこんな話し方を覚えたのだろう。


「いったいどういうことだよ。俺にはさっぱり分からねえ」

「こちらこそ男など部屋に連れ込んだ覚えはないぞ」


少女はベッドから身を起こしてそう言った。姿はといえばレースのネグリジェ姿だ。


……このままでは埒があかない。


「いったいここはどこなんだ、俺はどうしてこんなところにいるんだ?」

「ここはどこだ、とは妙なことを言うな。ここはピアリスのロレーヌ通りにあるアパルトメントの私の部屋だ」


ぴありす?

ろれーぬどおり?


「いや、ここは東京じゃないのか?」

「トキオ? 東方の島国ジャポニエの都か?」


いつのまにか俺はヨーロッパに来てしまったらしい。外国の人が東京のことをトキオと発音したりすることはよくあることだ。どうやらここはフランスっぽいが。だがフランスの首都はピアリスじゃなくてパリのはずだ。それとも地方にピアリスってところがあるのだろうか? それに日本語が通じるのがおかしいだろう。俺はフランス語は聴き取れないし話せない。


「いや、なんで日本語が通じるんだよ」

「何を言っているんだ貴様は」


話が全くかみ合わない。俺は少し考えを整理してみた。あの時俺は梅田の串カツ屋でしこたま食べて飲んでだ。そしてもうアパートまでもう少しのとき。


そうだ。もう少しの時。トラックが……。


そう、俺は轢かれた。じゃあここはどこなんだ。


「何をぼんやりしているんだ貴様は」

「い、いや、俺は……」


信じてもらえるだろうか。信じてもらえないに違いない。


だが――話すしかない。


「俺の名前は安倍佳彦、実は――」


俺の告白に彼女は、しばし黙考し、うなずいた。


どういうことだろう。そんなに簡単に納得できるものなのか?


「この世界にはそういう人がたまにやってくるんだ。歴史書にも記述がある」

「じゃあ、戻れる方法があるんだな?」

「無礼者、口の聞き方がなっていないやつだな。敬語で呼べ。私はこれでも貴族の出なのだぞ」

「いや、今はそういうことはいいからさ」

「そういうことはいいとはなんだ!」


「いいから元の世界に戻る方法ってないのかよ」

「そんなことは分からん!」


 つっけんどんに言い返されてしまった。


そこへ俺のお腹の音が鳴り響いた。


「……クッククク、どうやら貴様、腹が減っているようだな。しばらく待っていろ」


少女はそう言うと、部屋から出て行った。


俺は部屋をぐるりと見回した。俺は職業柄、海外によく行くことがある。ファンタジーの世界にしては妙に現代のヨーロッパにありそうな部屋だった。窓から向こうを眺めると、お城の尖塔のようなものが見える。部屋の灯りは電気でつけられているわけではないようだが、それ並みに明るい。いったいどんな原理なのだろう。


「ほら、食べ物を持ってきてやったぞ」


少女はプレートを持って部屋に入ってきた。プレートの上にはパン、バゲットと言ったほうがいいか。そして皿が載っている。


ナイトテーブルの上に少女はそれを置くと、ベッドの端に腰掛けた。


俺はさっそくスープをすすった。酒をしこたま飲んだ朝は腹が減るのはいつものことだ。まあトラックに一度轢かれた身なので、自分の身体がどうなっているのかあまり分からないが。


「こ、これは!」


俺はスープをひとすすりして、身体に電撃が走ったかのような衝撃を覚えた。


「どうした」

「う、美味い……これはどこかで食べたことがある味だ。旨みが濃いがしつこくない。そうだ、脂っぽさがない。旨みのみを凝縮した感じだ」


少女はそう料理を形容する俺を真剣な表情で見ている。


「ほう。それで」


「これは一種類の素材のみを使っている、雑味がない。そうだ、思い出した。これはスッポンだ、スッポンのスープだ」


「スッポン? これはスップレのスープだ。ちょっとこっちに来い」


少女が食べている途中の俺の手を引っ張る。仕方なしに俺は彼女についていった。


「!!」


俺は目を丸くした。キッチンはまるで一流の料理人が使うようなものだったからだ。そして土鍋がコンロに置いてあるのを確認した。


「このスープは、スップレという甲長3メートルはあろうかというバケモノ亀のスープだ。私が狩ってきたんだ」


「そうか、この世界にもスッポンと同じような味を出す亀がいるのか。あの旨みの底知れなさはまさしくスッポンだ」

「貴様、なかなか面白いな。そこまでスップレの味を表現できるとは」

「いや、まああっちの世界、って言っていいのか。グルメ記者をやっていたもので」

「ぐるめれぽーた? とは何だ」


そういう質問が来ると思った。


「雑誌とかに美味しいものを食べた記事とかを書く仕事だよ。この世界には雑誌はないのか?」

「……ある、がそういう面白いものはないぞ。なにやら貴様に興味が湧いてきた。私の知り合いに出版社があってな、そこで記事を書かないか? もちろん私の作った料理の記事を書くんだ」

「いや、グルメ記者っていうのはいろんな店を食べ歩いて……」

「私に面白い考えがあるのだ。私は世界を飛び回って珍しい食材を狩って、それを料理している。それに連れて行ってやる。冒険談と料理の味を文章にする。面白そうじゃないか?」


確かにそれは面白そうだ。だが、俺は元の世界に戻れるのか? この異世界でグルメ記事を書き続けることになるのか?


「……わかったよ。そのかわり、俺が元の世界に戻れる方法を探すのを手伝ってくれよ」

「うむ。契約成立だな。……名前を名乗っていなかったな。貴族として恥ずかしいことをした。私はアントワーヌ=ロベール=ド=フランティーヌ、これからよろしくな、ヨシヒコ」


長い名前だった。だがあえて言うまい。


「ああ、こちらこそよろしくな」


はてさていったいどんなものが食えるのか。この不思議な世界で俺の胸は期待と不安でいっぱいになっていた。

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