第2話 君との出会いは唐突に

それは、昼下がりのことでした。

5人ほどの男たちが、森の入り口の粗末な墓の前で、何やら話し合っていました。

「さっさと掘り起こせ!思い出しただけでも腹が立つ!」

右腕を三角巾で吊るした男が怒鳴りました。

「お頭、そう怒鳴らんでください。ワシらもあちこち散々やられたんですから。」

小太りの男がなだめるが、三角巾男の怒気は収まることを知らなかった。

「そんなことはわかってる!!俺の気が収まらねぇんだよ!!」

「まあまあ、そう怒らない怒らない。頭に血が上ると馬鹿になりますよ、お頭さん。」

若く、整った顔立ちの男が口を挟みました。

瑪瑙のような色の髪飾りを付けた微笑みを張り付けたような男は、三角巾男の怒りにも恐れることなく軽口をたたきます。

「ちょ…、ファルザさん!頼むからお頭を茶化すんじゃねぇ!あんたは良くても俺らが殺されっちまうだろうが!」

「大丈夫大丈夫。」

へらへらとした髪飾りの男、ファルザの態度に周りの男たちは、いつ三角巾男の怒りが噴火するかと恐々様子をうかがっていました。

「要はコイツが気に入らないんでしょう?

村の誰かは知らないが、お人よしっているもんですね。見知らぬ旅人をこんな風に弔うやつがいたなんて。」

ファルザは男の一人が持っていた鍬を奪い、十字の杭が立つ地面へと突き立てました。

「さっさと終わらせて僕も報酬を受け取りたいんでね。

こういう下衆な事しか思いつかないのなら早くやっちゃいましょうよ。」

三角巾男はさっさとやれと囃し立て、ほかの男たちは気乗りしないように農具を持ち始めました。

さくっ、さくっ、

男たちの心に反し、土の音は軽快に鳴り続けます。

ついにその鍬が、円匙が、棺へと到達しました。


その時です。

「あの。」

美しいボーイソプラノが響きました。

「あ?小僧、こっちは取り込み中だ。さっさと消えろ。」

三角巾男は苛々と言いました。

「でも、そのお墓が……。」

「ああ、身内だったのかい?」

ファルザは悪びれる様子もなく問いました。

「いいえ、ここらへんに親類を持っていた憶えはありません。」

「知りもしない人間の墓を、どうして君が心配するんだい?」

「関わったら気にせずにはいられないんです。

あの、どうして掘り返したりしているんですか?」

「ああ、それは……。」

「このくそ野郎が俺の腕をダメにしやがったからだ!!

おかげでこっちは死にかけたんだからな、このぐらいじゃあ腹の虫が収まらねぇんだよ!」

ファルザの言葉を遮り、三角巾男は怒りを露わにしていました。

ファルザは不愉快そうに顔を歪めましたが、ほんの少しの間だったので誰一人としてその顔を見てはいませんでした。

「そうだったんですか。」

少年は背に負っていた荷物から、半分を占めていたであろう袋を取り出しました。

中からはじゃらじゃらといくつもの金属がこすれ合う音がします。

「これで許してもらえませんか?お墓も僕が元に戻しますから、この人に関わらないであげてください。」

何を言い出すかと思えば。

ファルザは目の前の少年に心底呆れました。

関わりのない死人の墓を守るためにそんな大金を持ち出して。

あまつさえ、そこで下卑た笑みを浮かべる下品な男にそれを一切の躊躇いも持たずに渡そうと言うのだから。

しかし、そんなファルザの心境などいざ知らず。

事はどんどん進んでゆくのです。

三角巾男はとっくにハンスから金の入った袋をぶんどってほかに隠していないかと問いただしていました。

「それで全部です。それ以上と言われても僕は持っていないので出せません。」

「いーや、そういう奴に限って案外いろんなとこに隠し持ってるもんだ。身包み剥いで確かめてやろうか?え?小僧。」

「そんな事しなくても、その子はもう金なんて持っちゃいませんよ。

それに、いい年こいた大人がそんなチビに金高るなんて見苦しくて目も当てられませんね。」

ファルザは肩を竦めて言いました。

三角巾男はそんなファルザをジロリとにらむと、

男たちに行くぞ、と言って森の奥に入っていきました。


その場に残ったファルザは、しばらく少年のやることを見つめていました。

男たちが残した円匙で棺の上に丁寧に土を被せていきます。

「君は物好きだな。それか馬鹿だ。」

呆れ半分、といった風にファルザは言いました。

「よく言われます。

でも、僕は自分がやることに後悔はありませんから。」

明るい調子の声が返ってきました。

子供の背はとても小さく、深く掘られた土を再び戻すのはしばらくかかりそうでした。

手伝う気は毛頭ありませんが少しだけ興味が湧いたので、ファルザはしばらくこの少年を話し相手にすることにしました。

「君の名前は?」

「ハンスです。」

ファルザは、短くて覚えやすい名だと思いました。

「この道をそのまま来たなら生まれたのは東の果ての村かな?」

「そうですよ。今日の朝に村を出ました。」

「どうして?」

「え?」

これはファルザでなくとも浮かぶ質問でしょう。

何しろ、子供の一人旅なんてめったにあるものじゃありませんから。

「君みたいな子供が旅に出るからには、それなりの理由があるんだろう?」

「ああ。父の遺言なんです。

自分が死んで、葬式を済ませたら遺した金をもって中心の街に行くように、と。」

「それじゃあ君は父親の遺産を全部あんな男たちに渡してしまったんだね。」

「父だってそうしたと思います。」

「君のお人よしは父親譲りか。」

馬鹿々々しい。

心の底からそう思い、そんな父の遺志に縛られたハンスをファルザは憐れむような瞳で見つめました。

「僕の意思ですよ。」

意思のこもった青い瞳でそう返され、ファルザは何も言えなくなりました。

純粋。

それはファルザが一番苦手としているものでした。

「そうかそうか、じゃあ僕はもう行くよ。」

「はい。助けてくれてありがとうございました。」

手を止めて礼を言うハンスに、背を向けたまま手を挙げて返し、ファルザは森の中へと去っていきました。


ハンスが最後の土をかぶせる頃には、辺りはもうすっかり日が暮れていました。

墓の主の命が無事に天へと帰ることを祈ると、先を急ぐことにしました。


春とはいえ日が沈めばまだまだ風は冷たく、ハンスは急いで村のほうへと向かいました。

森の中はさらに暗く、時折生き物の鳴き声が聞こえます。

つい昨日まで父親と村で暮らしていた少年にとっては経験したことのない恐怖でしょう。

それでもしっかりとした足取りで、前へと進んでゆきます。


くすくす、くすくす

くつくつくつ、

ああ、なんて馬鹿なガキだろう

かわいそうになあ

こんなところで死んじまうんだもんなあ

お頭に歯向かうから

会ったこともないような男に同情するから


遠く聞こえた声は昼の盗賊たちでしょうか。

嘲るように、

悼むように、

罵るように、

憐れむように、

ハンスの様子を窺う影が1つ、2つ。

なんということでしょう!

10は軽く超える数の盗賊たちが木の後ろ、茂みの中、森のいたるところに潜んでいるではありませんか!


そして右腕を三角巾で吊るした男が出した合図とともに、盗賊たちは次から次へとハンスの前に姿を現しました。

「……こんなに人がいたんですね。」

突然現れた人間に、ハンスは驚きつつも安堵しました。

独りで暗い森を歩く恐怖は、ハンスの中から消えてゆきました。

「残念だったなお坊ちゃん。

お前さんには死んでもらう。」

この言葉が発せられる前までは。

「あばよ!」

斧やナイフを持った盗賊たちが、一斉にハンスへと飛びかかりました。


四方八方を囲まれ、到底逃げるなんてできません。


父さん、ごめんなさい。

ハンスは静かに目を閉じました。





「諦めるな!」





声が響きました。

低くて耳障りのいい声でした。



そして、銃声。

高らかに響く発砲音と、蛙が潰されたような声が何度も、何度も聞こえました。

「絶対に目を開けるな。」

またあの声です。

ハンスのすぐ近くにいるようで、今度はもっとしっかり聞こえました。

瞼の外側では何が起こっているのか。

予想するのは簡単でした。

子供であるハンスに見せないために、目を開けるな。と言ったのでしょう。

しかし、既にハンスの目には次々と血を流し倒れる盗賊たちの姿がありありと見せつけられていました。

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