お前は俺の凄さを目の当たりにして必ず後悔するだろう。この俺を天才だと知らずに育ててしまったということにな

「ときに姫騎士。お前、兄弟とかいるのか?」


 カウンターで客を待っていると七花が藪から棒にそんなことを訪ねてきた。


「ああ、いますよ。それがどうかしたんすか?」


 俺が普通にそう返すと、七花はまるで風邪薬でも飲まされた子供のようなしかめっ面で、


「あ、ぃや……、ミーのファッきんメイトにいけ好かないヤツがいるんだが、お前の名字とクリソツだったような気が……」


 ファッキンメイト。クラスにそんなクソッタレな同級生がいるとかあんたも最悪だな、と聞き流す程度に聞いていたら、客の出入りを知らせるチャイムが店内に鳴り響いた。


 ――ほう、とうとう神様お客様のお出ましか。


 開け放たれた自動ドアの向こうから強烈な西陽が差し込み、店に舞い込んだ客がオレンジ色の光の影となって現れる。


 燃え尽きてゆく太陽。家路につく人々を乗せた列車の赤いテールランプ。近接する民家の温もりが灯りはじめるこの時間帯。店外の黄昏どきの風景がありありと頭の中で想起される。初陣を飾るには最高のシチュエーションと言っても過言ではなかった。


 店長、見ててください! 接客の申し子たる俺の勇姿をとくとご覧に入れて差し上げましょう。きっと「君を雇って正解だったよ」と言わせてみせます。差し出がましいようですが、その暁には時給アップの件くれぐれもよろしくお願いしますぞ。


 隣の七花を横目で見ると、俺と同じようにして西陽の光に目を細めていた。


 クククおいチビ助、とうとうお前を乗り越える時がきたようだ。たった二時間の訓練で脅威的に伸びしてしまった我が接客力。お前は俺の凄さを目の当たりにして必ず後悔するだろう。この俺を天才だと知らずに育ててしまったということにな。ファーッハッハッハ。お前の出番はもうない。そこで大人しく指でもくわえて――


「なにブツクサ言ってんだ。気持ち悪いぞパイパイスキー」


 クッ、またひとりごちてしまった。チビのくせに耳聡いやつめ。


 逆光でおぼろげながらも客が二人いることがわかる。


 落ち着けみかど。はじめての来客だがお前になら絶対にできる。教えられた通りにやればなんら問題はない。時給アップは目の前だ。店長にいいところを見せつけてやれ!


 腹を決めた。おもいっきり息を吸い込み、


「おおおかかかおかおかおかえりなしゃいましぇごごごすずんさま」


 すると七花が、


「ぶわははははははははははははー」


 くうううッ、やってしまった。カウンターを叩いて笑いを撒き散らす七花が死ぬほど憎たらしくて仕方がない。店長ひそかに笑ってるの聞こえてますからね!


「はーあ、あれだけ訓練してやったのに失敗しやがって。ここが戦場だったら確実に死んでるぞ! この能無しが」


 そこで、


「いぎっ。おにいちゃん……このお人形さんみたいな子、だれ?」


 どこからともなく聞き覚えのある眠たげなダミ声が聞こえてきた。その声が隣から発せられたものだと気づいて即座に振り向くと、妹がハート目になってよだれを垂らしながら七花を背中から羽交い絞めにしていた。


「ふに、ミーの後ろを取るとは何者だー!」


「おにいちゃん、ボクお小遣いいらないからかわりにこのメイドさんで我慢するよ。調教のしがいがありそうなこのエロいからだ。スライム姦で身動き取れないまま超絶イキまくりとか」


「な、なにワケわからんことを! さてはお前が北の工作員だな! 離せバカちびー!」


 妹よりちいさいお前が言うか。


「てかお前いつの間に入ってきたんだ? しかもお前がいるってことはもしや――」


 光に馴染みだした目をこらして受付前を見ると、そこには、まるでオレンジ色の光輪を背負うかのごとく制服姿の美夜が立っていた。

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