客の分際で馴れ馴れしいぞ、とっとと帰れ!

 美夜は勝ち誇るような笑みを浮かべ、


「休め。中々趣を凝らしたハイカラな衣装に身を包んでいるではないか、みかど」


「お前らいったい何しにきやがった!」


「軍法第六条。自軍の兵を労務に使役する際、その丁稚先をすみやかに視察し管理下におく。ふむ、これは上官として至極当然果たすべき義務である」


「何が上官だ、勝手にこじつけんじゃねえよ!」


「しかしながら今回は、大佐殿から貴官の動向を逐次報告せよとの御達し。小官はその命を不義にする術は持たぬ」


「親父の野郎……ッ、回りくどい真似しやがって」


 美夜は西陽のほうに翻り、


「遥か帝都の地より、いち新兵に注ぐ滋味豊かなる愛情。うら若き乙女のように想い人を草木の陰から見守り、彼方を立てれば此方が立たぬ心境にかられ切なく眠れぬ夜をさぞお過ごしなのでしょう……はっ、まさかこれこそが真の慈愛! ああ大佐殿、貴方はそれを我の身に見聞させようとこのような命を授け……ッ」


「アホか。ンなわけあるか」


「其の義、しかと享け賜らん! まわれ右ーッ」


 右足を後方にずらし、そのまま踵をつかって180度回転、右足を戻してきおつけの姿勢に戻り、右腕をビシッとくの字に曲げ、


「東の空に向かってーッ、敬礼!」


 指先から気を迸らせんばかりの見事な敬礼であった。

 実にバカバカしいことだが、姉はいたって真剣である。


「は、お前いっそのこと例の歌劇団にでも入ればいいんじゃないのか? そしたらこんな茶番にでも金を投げ入れるバカがいるってもんだ」


「ふむ、その選択肢も中々どうして。されど、小官は幼少のみぎりより軍人の道を歩むと決めている」


 いつのことだか忘れてしまったが、姉は子供時分から自衛隊に入ると言っていた。動機はいまだに不明。


「それは不変にして不動。小官が軍人になった暁には帝国陸軍の復興と……ん? これ美雨。見知らぬ婦人にあまり迷惑を掛けるでない……ん? んんんッ?」


 美夜は、妹にしっかりと背中から抱きつかれたままになっている七花を見て、


「はてさて、そこの女中殿、貴女とは以前どこかでお目もじしたことはなかったか?」


 七花は慌てて下を向き、


「知らん! ミーはお前なんてはじめてだ! 客の分際で馴れ馴れしいぞ、とっとと帰れ!」


 やはりこいつは接客には向いてないと思う。


 美夜は疑いの目をさらに鋭くさせ、七花を値踏みするように観察して、


「その憎き米帝が使用する自称の言い回し、やはり何処かで……無礼は承知の上だが、もっと顔をよく見せてほしいのだが、如何に?」


「お前など知らんと言ったら知らん! Who's the slimy little communist shit twinkle-toed cocksucker down here, who just signed his own death warrant?」


 美夜はその罵倒にピンときたらしく、尋問する上尉官のような鋭い目つきで更に踏み寄り、ワザとらしい優しさをたっぷりと込めて彼女にこう言った。


「ふむ、女中殿。貴女はもしや、我が母なる学び舎夢咲学園に通う小官と同期の桜。童とも違わぬ背格好と愛らしい面にもかかわらず吐き気のする洋語を話し、小憎たらしいまでの罵詈雑言を撒き散らす我が御国の宿敵米帝から留学してきた七花七夏ではないか?」


 ――なにッ!?


「ふににっ、み、ミーは……ちょ、チョチョゲリス二世だー!」


 彼女が染屋そまりやがつけたあだ名を受け入れた瞬間であった。


「……て、先輩、姉貴と知り合いなんですか?」


「こんなヤツ知らんと言っているー!」


 美夜は天井に向かって高らかに笑い、


「ハッハッハ小官の看破にあやをつける気か? 寝言は寝てから口にするのが淑女としての嗜み。文化の違いはあるなれど、そなたの母国では千三屋が軒を連ねているのか七夏女史」


「ミーはそんなナが多くて噛みそーな名前なんて見たことも聞ーたこともないぞ! あとそれにえーと、下の名前を気安く呼び捨てにするなこのクソおんなー! あ」


 美夜はそこですかさず食らいつき、


「当初、銀髪とその珍妙な格好に惑わされたがむべなるかな。クク、小官を謀るには詰が甘すぎたようだな。偽の正義を振りかざす憎くき美国の申し子ななななななななななつ女史!」


 その言い草に七花はとうとうブチギレ、


「ナが多すぎるだろこの自殺国家のアバズレびっちー!」


 二人は隠し持っていた拳銃を同時に抜き放ち、


肯綮こうけいにあてられ挙措を失う愚か者よ。レイテ沖での恨みここで晴らすか」


「ふひ、ルガーごときなまくらでミーを殺せると思うのか? 骨董すぎで暴発するのがオチだ。やめとくほうが身のためだぞリーベングイズ日本鬼子


「片腹痛い。十四年式拳銃とルガーの違いも見分けられぬとは、小次郎敗れたり」


「ふぎぎッ」


 揃いも揃ってエアガンなんか常備してるなんて馬鹿としか言いようがなかった。

 すると今まで黙っていた店長が、拮抗している二人の間に割って入り、イケメンオーラ全開で歯を光らせ、


「花の色、うつりにけりな、いたづらに。その時を待つこともできず僕を悲しませるつもりなのかい? かわいいお二人さん」


 一瞬ふたりは呆気にとられるが、七花が先に正気に戻り、


「邪魔しないでください店長! 今日とゆー今日はこのファッキンビッチのドタマに鉛球をブチ込んでやるのです」


 と言って、でかいほど強いとでも言わんばかりの拳銃の撃鉄を起こす。

 一方姉は、七花の行動に目もくれず店長を見つめ、


「き、貴殿の名は何と申すのであるかッ! ……あぃや、無礼であった。私の名は姫騎士美夜。あの、どうか……貴殿の名をこの私に教えて頂けると非常に助かるのだが、、如何に……」


 姉の顔は、沈みゆく西陽のオレンジよりも濃い恥じらいの赤に染まっていた。

 店長は少し照れながら、髪を片手でかき上げるイケメン度の高い仕草でこう言った。

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