どんだけ時給低いんすかここお!

「店長の白銀透です。よろしく、姫騎士美夜さん」


 美夜が頭から湯気を吹き出しながら倒れようとする。が、美雨が寸前でキャッチに成功。

 ほどなくして美夜がフラフラになりながら立ち上がり、


「し・ろ・が・ね・と・お・る。……その名に秘めたるは、断じて行わんとすれば鬼人も之を避かせる白雷の手刀。世知辛く多災の世に現れ一陽来復を見届ける銀色の真眼。そして、大義を成し衣錦の栄を纏うことが確約された穢れなき御魂……か。此れほどの意味が刻まれた名の殿方との僥倖。生まれて初めての、恋」


「なんだその厨二臭いこじつけはッ。勝手にフラグ立ててんじゃねー!」


 隣にいた七花が「そうだー」と俺に同調する。

 だが姉の耳にはまったく届いておらず、


「時に白銀殿。不躾ではあるが、そなたのことを下の名前で御呼びしても良――」


「No way! You little piece of shit!」


 と言下に下す七花。

 ダメに決まってるだろうこのビチグソ野郎、か。だいぶ七花の英語を訳せるようになってきた。この言及に関しては、謗りを除いて全面的支持の意向。


「休め七夏女史。そなたに関係があるとは思えんが」


「ふぎ、ダメだと言ったらダメだー! 店長はミーの……み、ミーの……」


 七花の瞳に大粒の涙が溜まりはじめる。


「ああ、泣くな泣くな泣くな、」


「ふぁ、ぷぁっ……ぷぎゃああああああああん」


 非常にめんどくさい女である。

 七花は、泣くなと言って手をかざせば払いのける、を繰り返し、延々と泣きやもうとしなかった。スーパーで喚きだした幼児に手を焼く親の気持がはじめて理解できた気がする。


「姉貴もう帰れよ。このチビもビービー泣き出したし、それに店長だって困ってんだろ」


「今日の貴官はやけに突っ掛かってくるな。よもやナの多き下女風情に毒され鬼畜米帝の軍門に下ったのではあるまいな?」


 そのひと言で七花がピタリと泣き止み、鼻水をずるずると吸い上げ、


「ふひひ……既にお前の弟はミーの海兵だ。ろくに戦い方もしらん黄猿隊よりこっちの方がいいって嬉しがってたぞ」


「言っとらんわ!」


 それを聞いた美夜が俺を睨みつけ、


「みかどぉ……貴官は誇り高き大和魂、八紘一宇の精神を投げ捨て米帝の犬に成り下がるつもりかッ。おのれ七夏女史。戦後、連合国最高司令官総司令部略してGHQの占領下による米尊日卑の洗脳に飽き足らずまだ我々の国土を蹂躙し続けるというのかッ!」


「ふひひ、敗戦国のびっちは黙っておうちに帰れあーほ。Turn that fuck around!」


 七花が中指を立てながらアッカンベーをして勝ち誇っている。

 一触即発再び、といったところで店長が、


「七夏くん、それに姫騎士え~と……、あ、姫騎士くんのおねえ――」


「美夜と! 願わくば呼び捨てに……」


「では美夜くんと七夏くん。喧嘩はその辺にしてくれるかな?」


 二人は、歯を光らせたイケメンの仕草にポーッと見惚れ、羨望と求愛が同居したような眼差しで「承知致しました!」「Ay, ay, sir!」と同時に挙手の敬礼で応え、ようやく一連の騒ぎにピリオドが打たれた。


 何はともあれ騒ぎは落ち着いた。あとはこの愚か姉妹を追っ払うのみであった。


「さ、もう帰れ。久しぶりに奮発してお前らの大好きなリンプー買って帰るから、家でおとなしくゲームでもして待ってろ、な」


「ふむ、冷やかしのつもりで足を運んだのだが、こうなれば作戦を変更せざるを得んな……」


 と言ってスマホを取り出し、何かを打ち込む。


 友達に渡りをつけ始めたか。連絡を取り合ってFPSできる友達がいるとはうらやましいやつめ。まあいい、これで気兼ねなく働けるというものだ。


「そーだな、今日だけは俺のデータ使って突砂しても大目に見てやるぞ。今日だけな」


 そこでラインの着信音が鳴り、見て、こう言った。


「美雨、次なる作戦が下されたぞ」


「ぜんぜん話聞いてねえし」


「この白銀の薔薇が咲き誇る楽園でカラオケを嗜むとする。地号作戦の開始だ!」


「んほぅ、やったあ」


「くっそあのバカ親父いらんこと含めやがって……ダメだ帰れ! それにお前、色々買って小遣いピンチだって言ってたろ!」


「ツケはきくのかみかど」


「カラオケでツケとか聞いたことないわ!」


「クッ、ならば此れで――ッ」


 と美夜は、胸ポケットから取り出した物をプロ棋士顔負けの指使いでカウンターの上に弾く。


「こ、これココの会員証じゃねえか! こんなもんにキャッシング機能付いとるワケねえだろ! てかなんでココの会員証持ってんだ!」


 そこで美雨が姉の真似をしてカードを弾き、


「じゃあおにいちゃん、これでどう?」


「そ、それは秘宝殿の……クッ、なんでそんなの持ってんだ! 没収だ!」


 美雨は奪われまいとそれを抱きしめ、


「やらよう! あと一年たったらこの会員証でビキニアーマーとかラビアピアスとかクリリボン買って、性器破壊必至のキモ親父限定男根祭りに参加するんだい!」


「中3でんなことできるワケねえだろ! あのキモヲタハゲ野郎、俺のかわいい妹をこんな変態にしやがって、親父がンなこと聞いたらタダじゃすま、」


「いぎ、おとうちゃんは許してくれたよ」


「は?}


 言っている意味がよくわからなかった。

 美雨が物ほしそうな目になりダミ声で、


「いぎ、おとうちゃんにそのことを相談したらね、美雨の人生だから美雨の好きなように生きなさいって。美雨の容姿だとイケメンよりもむしろキモいボテ腹親父に廻されるほうが絵的にあうって、そう言ってた。ボクも禿げしく同意」


 ……り、理性が軋む音が聞こえる。


「同じ価値観の持ち主が家族の中にいるなんてボクは幸せだなあ。ひょっとしておとうちゃんと近親相姦的な関係が待ち受けているのかもしれない。ああ、そこにしびれる憧れりゅうう」


 ターゲット変更。


「店長、早退していっすか?」


「え、どうしたんだい急に? え……あ、ちょっと待ちたまえ!」


 店長が俺にしがみつき、


「うおらああああ離してくださいいいいッ! 諸悪の根源を断つために19時16分発東京行きののぞみに乗って直ちに親父の息の根を止めんとならんのですううううッ! 親父いいい首を洗って待っとけやああああってそうだ給料前借りしてもいいっすかああああッ」


「ま、前借って、まだ1000円分も働いてないのにそんなッ」


「どんだけ時給低いんすかここおおッ、県の最低賃金守ってますか労働局に訴えますよおッ」


「見習い時給ってこともあるし、あと所得税とか色々とややこしいんだよ! それに前借りして飛ぶって場合もあるから、保険としてそれらを差っぴいたら前払いしたとしてもいくらも渡せないんだよッ」


「社会勉強ごっつあんですうううッ、ちゃんと帰ってきますから駅弁は我慢しますから給料の件は出世払いってことで手を打ちませんかあああッ、イケメンならそれくらいお手のもんでしょうにいいいッ!」


 そこで美夜が、聞いたこともないような甘えた声で俺たちの間に割って入り、


「あ、あの白銀殿。よかったらその……カラオケをご緒してくれませんか? 私はあのようなカラクリにとんと疎いもので、どう使えばよいのか……その、いかに?」


「くだらねえこと言ってねえで美雨連れてとっさとと帰りやがれ! それにお前なんか店長が相手するワケねーだろバーカアーホベロベロベロベロバ――」


「喜んで」


 ――ッ!?


 店長の予想を覆す返答に、七花と俺は一瞬唖然となり、


 一斉に、


「えーッ!!」

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