姉に恋するとかどんだけホモ非リアサピエンスなんだ俺は

 美夜たちが部屋に向かい、落ち着きを取り戻したカウンター内で、店長たる者が仕事中に堂々とそんなことをしてもいいのだろうか、と悶々としていたところ、


「僕ぁねえ時々思うんだ、おもてなしってなんだろう、て。そんなとりとめもないことを考えているといつだったか自論が生まれたんだ」


 美夜たちの件は結局俺の給料から天引きということで話がついた。

 隣では、七花が天に向かって泣き喚いている。どうやら店長を完全に奪われたと勘違いしているようだ。


「自分の持つ素の人間性をもてなす相手にぶつけ、心と心を繋げ合うのがおもてなし。だとすると、この業界では客との接点があまりにも少なすぎる。そんな矛盾を感じながらも、会社が求めるおもてなしを我々はどうにか工夫して実行してきたつもりだ。しかし僕は、それも間違いではないとした上で、別のあり方を模索し続けた。客との繋がりを持つために本当はどうすべきなのか。このような設置産業で、飲食業のようなおもてなしが果たして通用するのか、時には、組み込むこと自体そもそも間違いではないのだろうかとも。そうした考えの果て、ついに僕は、日々の営業の中でこの結論を導きだすことができた。カラオケで客と繋がる手段、それは……彼らと共に歌うことだったんだよ」


 BGMの音がかきけされるほどの七花の泣き声が店内にこだましている。こいつの前世はセミだろうか。アブラゼミかニイニイゼミの。


「彼らとはつまりお客さまのこと。僕は導き出した答えをおいて他にないと断言できる。だからこそ僕は、自分の直感を信じそうするのさ」


 店長は一方的にそう言うと、いまだ泣きじゃくる七花と俺を残し「じゃ、後は頼むよ」と受付部屋を後にした。


 今までの接客では通用しない、か。日々の業務に縛られて見えなかったものを店長は見つけたんだろう。この世界に入ってまだ一日目の俺では理解するのは難しいけれど、ここは素直に従うべきところなのかもしれない。


「元気だしましょうよ。ね、先輩」


 俺のひと言で一瞬泣きやむ。が、


「ふぎっ……ぅぅぅうふあああああああん」


 逆効果だった。段々イライラが募りはじめる。


 いつまでもビービービービークソうるさいやつめ。ていうかそんなに泣くことか? そんなに泣いたら見てるこっちまでなんだか悲しくなって……


 密かに抱いていた姉に対する思いがこみ上げてくる。気取られないようにぐっと堪え、


「せ、先輩。店長はイケメンである前に紳士っすよ。だから間違いなんか起きないし、妹だっているし、大丈夫っすよ。それに姉貴だってまだその、男経験とかないはずだし、多分……いや絶対処女だし、その姉貴だって、その……うえっ、お姉ぇちゃああああああああああんっ」


 まともに恋すらしたこともなかった俺は今日、初めて失恋を経験した。


 実らない恋とは知りつつ、幼少の頃に芽生えたイケナイ恋心。今まで身近な女性は母親と姉と妹だけであった。血の繋がった兄弟とはいえ、容姿や振る舞いがまるで違う姉に憧れるのは、ある意味当然のことだといえよう。だが、泣きながら頭の中の冷静な部分でこう思う。


 姉に恋するとかどんだけホモ非リアサピエンスなんだ俺は。


 ちなみに二次元ではシルヴィア姫。

 つーかすでに嫁。


「……お前バカなのか?」


 俺が泣いてる隣で、いつの間にかお泣きやみになりやがった七花がそう言った。

 俺は慌てて涙を拭い、


「アンタが泣いてたからもらい泣きしたんでしょーが!」


 すると彼女も、負けじと泣きはらした目を子供のようにこすり、


「お前が泣いてるのを見て一気にシラけたぞ。店長のことがどうでもいーとかじゃないが、今に見てろあの腐れビッチめが」


 と言って今度は恋敵に向かって闘志を燃やしはじめる。

 そしてそれから5分と経たないにもかかわらず、七花はシビレを切らして地団太を踏み、


「ふにににっ遅い遅い遅ーい! もー我慢の限界だ。おい姫騎士、ミーはこれから店長奪還のため敵陣地に侵入する。お前はここで店番してろ」


「はぁ? 店番ってまだろくすっぽ接客もしてないのに無理にきまってんでしょーが!」


 七花は、先ほど俺にぶっ放した機関銃にマガジンを装着して振り向き、


「ほんのちょっとだからノープロブレムだ。エネミーラインに突入したらこのM78をぶっ放してパッケージを回収。トドメに催涙弾をお見舞いしてIED即席爆弾をセットしたのちこのグリーンゾーンに帰還する。予定時刻はヒトキュウマルマル。よし、時間を合わせる……さん、にー、いち、ゼロ! 何かあったら素早くコールしろ、軍事回線の機密チャンネルは1919108。イケイケドンパチと覚えろ、いーな?」


「ぜんぜんちょっとじゃねーだろうが! 軽く見積もって30分はかかる行動だろソレ仕事完全になめてるだろテメー。黙ってドリンクバー飲むぞコノヤロウ」


 七花が不敵な笑みをにじませ、


「Easy. You just don’t lead them so much. ふひ」


「いや簡単とか動きがのろいとか関係ねーだろマジで。メニューの山盛りポテト頼まれて枝豆出したらどーすんだよ、抹茶パフェ頼んでんのに割り箸持ってったらどーすんだよ責任とってくれんのかよてか逆にアリなのかよバカヤロウ、あ、待てチビ助、」


 人の話を聞かず扉の向こうに消えた。と思ったら、扉が静かに開かれ、


「I'll be back.」


 ――バタンッ。と勢いよく閉め、大声で何かを喚きながら遠ざかっていく。


「クッソオオオオッ、あのドチビ、言うに事欠いて無責任にも程があんだろーが!」


 俺は仕方なしに気持ちを切り替え、接客に備えるため七花から教えられた範囲の作業と接客動作を思い起こし、イメージトレーニングをはじめる。


「……で、カラオケセットを用意する、と……てかレジの入力とかまだ教えてもらってねーぞ。クソあの野郎、帰ってきたら覚えてろ」


 と、ぶつくさ文句を垂れながらもPOSレジの説明書を棚から引っ張り出し、パソコン画面に表示された客室状況と照らし合わせながら独学で覚えることにした。

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