紅髪のバイトリーダー登場!
「なるほど、これを押すだけで注文状況が一発でわかるのか。えーなになに、退室予定時間午前四時、か。……げっ、あいつらフリータイムで入ってやがる! そういえば先輩が二時間以上歌うならそっちの方がトクって言ってたな。くぅぅ」
「あら~ごきげんよう」
「うわあっ」
女性だった。
綺麗な紅色の髪を肩まで伸ばした妙齢の、丈の長いセーラー服を着た女性が突然レジの前に音もなく現れたのである。
髪の色とは裏腹に、俺の驚きを微笑でもって返す仕草はたおやかで、背景に白い椿の花でも置くと似合いそうな、清楚な感じを醸し出していた。
――クソッ、なぜこんな肝心なときにインターホンが鳴らないんだ!
俺は慌てて居まいを正し、
「あ、いらっ……じゃなかった。おお、おかえりなさいませご主人様」
噛み噛みになりながらなんとかこの店の接客用語を口にする。
「次にすることは……えーっと何だっけ、うーわヤッベ頭が真っ白だ。どうすりゃいーんだ、あ、そうだ先輩呼ぼう」
と思い立って受話器を取ろうとした矢先、
プルルルルッ!
俺の気づきを逆手に取ったかのように受話器が鳴りはじめる。
七花が言っていたことが頭によぎる。
『コールが鳴ったら5秒以内に取らないと自動的に爆発する仕組みだ』
それが虚言だということは分かりきってはいるのだが、七花に負けたくないという意地が俺の行動を決めた。
チャ。
……。
勢いよく取ってみたのはいいが、何と言えばいいのかド忘れしてしまった。くそ、こんな時、普通なんて言えば……そうだ。
「も、」
「アンデッド、こちらナンシー! た、大変だ、味方が敵の攻撃にやられて蜂の巣にされちまった! 位置は第4交信地点の北、前方の建物に強力な敵勢力がいる模様! Request immediate tank support. Over !」
カチャリ。(俺が静かに電話を置いた音)
「ク、あのメイドチビ、こんな非常時にもわけわからんことを……ッ。アンデットって俺をそこまでゾンビにしたいのか!」
「あら、お客様の電話を切ってもよかったのかしら?」
紅髪の女性が怪訝そうな顔で俺を見る。
だが、俺は慌てない。なぜなら、ここで慌てれば俺が接客初心者丸出しだということがバレてしまうからだ。バイトリーダー(仮)たる者、ここはうろたえず、堂々と営業スマイルで乗り切るべきなのである。
「フフフ、いいんですご主人様。どうか気になさらないでください。ただいま電話が故障中でございまして、えー、TNTに問い合わせたところ鳴るのはこちら側の動作確認なので電話には絶対出ないでほしいと仰せ付かっており、え~」
プルルルッ。
神よ、あの女の息の根を止めるにはどうすればいいのでしょうか!
そこで紅髪の女性が受話器を指で差し、
「それカウンターフォンだよね~。TNTは関係ないと思うな~」
クッ、ばれているではないか。
「私は気にしなくてもいいのよ~? ほら、出てあげて」
おっとりとしたやさしい言葉に、ほんの少しだけドキっとする。
この客ひょっとして俺に惚れているのではないだろうか。
「……いや、あの、これは違うんです。バカが勝手に騒ぎ立ててるだけで」
「あら、お客様にむかってバカとか言っちゃダメよ~。たとえ横暴な態度をとられても、せっかくこの店を選んで遊びに来てくれたのだから、その気持ちを袖にするのは頂けないわ」
常に目が線なので感情を読み取るのに苦労するが、人差し指を頬に当てながら首を傾げる仕草が残念がっていると読み取れる。
正論を言われ言葉に詰まってしまう。
――しかし何者なんだろうこの人。客のくせにやたらと店員の対応を気にかけてくる。
七花が訓練中に言っていたことを思い出す。
『この店の常連客はなにかと口出ししてくるからやりにくくてかなわん。いーか、やつらの口車に絶対に乗るんじゃないぞ。アカの手先かもしれんからな』
「ほら、出てあげて」
慎ましい笑顔に追い討ちをかけられる。ひょっとして常連客なのだろうか。
「あ……はい」
そして受話器を取ったとき、相手が七花だったということを完全に忘れていたことに気づかされる。
「なんで勝手に切るんだパイパイスキー! お前のせいでこっちは二人もやられてクソ地獄なんだぞ! さっき要請したクソ戦車はどうなった! Over !?」
受話器を通して聞こえてくる歪んだアニメ声にふたたび殺意を覚える。
激しく何かが壊されるような物音。
受話器越しに美夜の叫び声が聞こえる。
そして何かの曲に混じって店長の歌声が聞こえた。
なにのん気に歌ってんのあの人!
そこで七花の声が「あっ」と言って途絶え、
「あ、もしもしおにいちゃん。注文してもいいかなあ。えーとお、アウズフムラの搾り立てミルクとムスペルスヘイム風アチアチ山盛りポテト……あ、ひょっとしてこのアウズフムラのミルクっておにいちゃんのおちん(ピー)みるくのことなのかなあ、いぎぎ」
こらバカチビ二等兵! 敵前逃亡でポテトを頼むとは何事かー!
はっはっは、休めみかど! ついでながら小官は、ゼロから始めるラグナロクぱふぇとやらを所望する。すべからくおにいちゃんのおちん(ピー)みるく大盛りでな。
おちん(ピー)みるくってなんだ、そんなものこの店に置いてないぞー! お前はこの鉛弾で十分だー! かせっ、
「Get some ! Get some ! sit ! 弾切れだ、だめだもうもたん! おいパイパイスキー、マイク充電器の下の棚を開けてみろ、そこにM72対戦車ロケット弾があるからそれもって直ちに援護に向かえ! 大至急だー! Over !」
「オーバーじゃねえ! アンタ一体なにしてんだ、こっちはそれどころじゃねえんだ、客来てんだぞ客」
「Fuck ! 性懲りもなくまたおじい共が来やがったか!」
「違う、女性だよ女性!」
「Who said that? Who the fuck said that?」
「どんなって、えーと……まっかな髪のやさしそうな、」
「oh,Jesus Christ」
ガチャン! ツー、ツー。
「な、なんなんだあいつ勝手に切りやがって……こんな役立たずが先輩だなんてこの店マジで終わってんぞ」
そこでバーンと勢いよく扉が開いたので反射的にそちらを見ると、現れたのは、息を切らし駆け戻ってきた七花であった。
電話を切ってから5秒と経たっていなかった。
すると彼女はなにを思ったのか、俺には目もくれず駆け出し、カウンターを乗り越え、
「ねえさまー!」
と紅髪の女の胸に顔を埋めてしがみつく。
「今日はずいぶん早いのですねー。ふひひ」
紅髪の女性は嬉しがる七花の頭を自分の子供のようになぜながら、
「ええ、今日は新人さんがくるって聞いてたから早めに来たのよ~」
「こんな役立たずなんかほっといてミーに新しい料理を教えてください」
「あらダメよ~。ちゃんとご挨拶しなきゃ、ね」
彼女はそう言うと、駄々をこねる七花を床に置き、
「アルバイトの
と、俺に向かって深々とお辞儀をする。それを見て条件反射的に頭を下げ、
「お客さんじゃなかったんですね、あの、さっきは失礼しました。はじめまして、姫騎士みかどです。こちらこそよろしくお願いします」
そこで七花が鼻を鳴らして拳銃を取り出し、
「ねえさまに無礼を働いた罰を与えなければならんな」
「なんでそうなる! 接客用語がカミカミになったのも、動揺してTNTをダシにして取り繕ったのも全部あんたのせいだろうが! こっちはロクに接客もしたことがないってのに、いきなりひとりで店番なんかできるわけねえだろ!」
そんな七花の蛮行を見かねた五軒邸が拳銃を取り上げ、
「まぁ、それはたしかに不安になるわ。七夏ちゃん、新人さんを困らせちゃダメよ~?」
「うう、……はい、おねいさま」
「はい。じゃあ、これからみんなで仲良くしましょうね~」
それから俺たちは、カウンター内で新たな客を待ちぼうけしながら、他愛もない話に花を咲かせた。
その中で五軒邸の素性が明らかとなる。
年齢は18歳だということ、夢咲大学に通っていること、セーラー服はこの店の制服で、顔に似合わない紅い髪は「ぽりしい?」と、本人もよくわからないといった返事で答え、親が社長で、令嬢なのになぜ働いているのかと訊くと「花嫁修業?」と言っていた。
彼女は、休日以外は遅番専属で、高校三年生の夏にこの店のバイトをはじめてからほぼ毎日シフトに入っており、みんなのまとめ役としてバイトリーダーを務めているとのことだった。
納得のいく采配だと思う。
彼女の立ち振舞いや気の配り方、物腰の柔らかい話し方を見れば誰もがそう思うことだろう。
それから8時を過ぎたあたりから客がぽろぽろと来店してきたので、五軒邸と七花の後ろで接客の仕方を見学し、POSレジの取り扱いについてもいろいろ教えてもらった。
そこでドリンクや料理の注文が入りだしたのを見計らったように、店長が愚姉妹共を連れて戻ってくる。なぜ一緒に連れて戻ってきたのかは言うまでもないが、勝手についてきたと聞いて激怒した七花が、すかさず二挺のデザートイーグル(名前を聞いた)を抜いて美夜に食ってかかるが五軒邸に止められる。
そのあと五軒邸と仲良くなった美夜がバイトを手伝い、俺はというと、七花のうしろにくっついて軍隊チックな指導を受けながら、受付と客室を往復させられる。
気がつけばあっという間にバイト終了の時刻。命からがら生きのびたバイト初日の幕が下りる。
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