第四章 思い出せない記憶の断片
海兵はどんなことがあっても仲間を見捨てない
そしてあくる日の水曜、今日で二日目となるバイトの行きがけに「今日から是が非でも同行させてくれ」と美夜がダダをこねてきたが、バースデープレゼントと称して押し付けられた三八式小銃が壊れたので見てくれとでまかせを言って家から逃れてバイトに向かった。
アルヴに着くと、わがままボディで元気少女の同級生、
制服に着替えて受付部屋に入ると、落ち着く暇さえ与えられず、学校の先輩で銀髪ツインテールの
律儀にもそれを実行する己の心のひ弱さを呪いながら、軍曹殿のご命令に背くことなく『おもてなしの極意』をこの身に叩き込むため「お帰りなさいませご主人様」というこの店独特のへんな接客用語を発しながらの腕立て伏せ。それが終わると七花が「今日から銃を扱った本格的な訓練をはじめる」と言って木製の使い古された銃(M14)を俺に寄こし、客に対しての振る舞い方として銃をささげ持ったり控えたりの基礎教練をある程度行ったあと、地べたでへこたれる俺に、七花が空き箱の上に乗って、この銃を渡した意味について語りはじめた。ちなみに現在時刻は午後五時半を回り、店長は事務所に引きこもり中で、今日もこの時間帯の客の入りはゼロである。
「この地上で最強の武器は海兵とお前が持つその銃だ。戦場で生き残りたいと思うなら、殺りく本能を研ぎ澄ますことを肝に命じろ。固定客がいつ気変わりして牙を向けてくるかわからんこの戦況下において、いかにして我々が生き残れるかを常に考え、最善と思える行動をとる」
「その銃は言わば客を守るためにあり、客を殺す道具であり、お前自身そのものである。この地球で最下等の生物であるお前に鉄の心臓が宿りしとき、その答えは導きだされる」
「海兵はいずれ死ぬ。死ぬために我々は存在するが、勝手に死ぬことは許されぬ。だが、まだうじ虫にも満たないお前が一端の海兵であると認めたとき、ミーはお前を見捨てないだろう」
七花はそこで一旦区切り「なぜなら、」と少し溜め、
「海兵はどんなことがあっても仲間を見捨てない」
銃の次は海兵で、海兵の次は仲間って、まだバイト二日目でいろいろ不透明な部分のある見習い期間だというのに軍隊理念を接客にこじつけるにも程がある、と正直思う。
「あの、sir.」
七花が不満そうな目で俺を睨み、
「speak !」
「……あの、ぶっちゃけ仲間って言われてもピンとこないっていうか、どんなことがあっても見捨てない絆って、そんなのってあるんスか?」
仲間、友達、いかにもリア充的な響きは聞いてて耳心地はいいし、実際それを手に入れるために外の世界に飛び出したのは事実ではある。とはいうものの、七花が言うような青春物語に出てくる温度をもった絆が本当に存在するとは思えないし、偽善的で押しつけがましく懐疑的でどこまでも抽象的な言葉に胡散臭ささえ感じているのが正直なところだ。
ひとえに仲間や友達といっても色々あるだろうし、俺が求めているのはゲームやテレビの話をしてバカ騒ぎできる程度の友達だ。それに、
「まだ出会って間もないのに……なんかそんなこと急に言われても信じれないっていうか」
数少ない友からもそんな待遇を受けたことがない。俺の記憶違いでなければ、家族でさえもそれは同じ。
……同じ……
七花の目が曇りを帯びはじめて数秒後、
「ふん、ミトコンドリアの分際で思い上がるなパイパイスキー」
「は?」
七花がビシッと俺に人差し指を突きつけ、
「お前がこれ以上ない立派な海兵に育ったとき、それが発動すると言っている!」
「えー、いま一端のって言ったじゃねえっすか」
「Shut up! お前を認めるか認めないかはこれからの訓練でミーが判断する。あーいえばこーゆう性格を叩きなおしたあとでな。だから上官で上司で大先輩で神でもあるミーに生涯忠誠を誓えと言っている。わかったかっ?」
「言ってるって、たった今言ったんじゃねえか……」
愚痴を耳聡く聞きいれた七花がおもいっきり目に力を込めて俺を睨みつける。
ここで反論した後の行動が手に取るようにわかり、
「わ、わかったわかった、わかりましたって……たく、めんどくさい」
適当に返事を返したつもりだったが、七花はうれしそうにからだ全体を使って喜びを表現した。
裏の心でこう思う。
その場しのぎの言い逃れに決まってるだろ、誰がお前なんかに忠誠なんか誓うかってんだ。素直に従うふりをするのは精神的に疲れるが、仕事を覚えるまでの我慢だ。お前なんか仲間のふりしてるだけからな。仕事上、仕方なしにだ。友達なんて埒外にもほどがある。
うれしそうにはにかむ七花を横目に見ていると、ほんの少しだけ、胸の奥が疼いた気がした。
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