私めを雇い入れて下さった暁にはあのような許し難き行為は一掃して差し上げましょう

 うちのバカ姉と似たような趣味を持った偽シルヴィアの蹴りと暴言の嵐から逃れ、なんとか塹壕と称された大部屋の前にたどり着くことができた。

 ともあれ振り仰いでみれば、吹き抜けになっている二階の天窓から射し込む西日と、それを補うかのように配置された店内照明が、煙で薄暗かったホール内を一掃し、全容が一望できるほどになっていた。


「けっこう広いんだな」


 スピーカーから流れはじめたBGMが、閑散としていた店内にカラオケ屋らしい彩りを与えている。

 僅かながら心が乗ってきた俺は、とり急いで塹壕には入らず、このままホール内の様子を観察してみることにした。


 ひと言で表すと、中は挙式会場のエントランスホールのようになっていた。


 まずホール出口向かって右側に、事務所、厨房の出入り口。左側にはスタッフルームと大部屋。ホールの床面は艶のあるアイボリータイルが敷き詰められており、その上には白のプラスチックチェアとテーブル、そしてゲーム機やセルフサービスのドリンクバーなどが設置され、俺の身丈ほどある観葉植物を点在させることによって、無機質な空間に温かみを与えている。


 そしてホールの奥へ視界を転じると、驚いたことに、一番奥は背の低い簡易的なステージになっていた。

 舞台の上には何も置かれていなかったが、両脇を取り囲むように二階へと続く階段が伸びており、トイレがその階段の上と下に一室ずつあって、肝心のカラオケルームはそのステージの両端を基点に壁沿いに間隔を置きながら設置されていて二階も同じようなつくりとなっていた。


 外観とは180度違う煌びやかな世界にただ圧倒されるばかりで、底辺まで下降していた店の好感度はこれで一気に上昇してくれた。まだ店長はおいでになりそうになかったが、興奮冷めやらぬ状態のまま塹壕に入って待つことにした。


「おおー、これぞまさしくカラオケって感じの部屋」


 ひとえにカラオケを想起させる部屋といっても人それぞれではあるが、壁紙はフロアタイルと同じ色のアイボリー。床は薄いグレーのタイルカーペットが敷き詰められ、木製の大きな白いテーブルに抹茶色のソファ。多く見積もって二十名は入りそうな大きな部屋であった。

 そしてその奥には、存在感を見せ付けるように備えられた大きな液晶画面とカラオケ機器。


「これって最新のやつかな」


 ひと目で見ても分かるとおり電源は落とされた状態であった。小さな液晶画面を搭載した近未来系のフォルムはクリアブラックで、英語で表記されたメーカーロゴは何て読めばいいのかも分からず、ボリュームなどを調整するつまみもあって、メモリの一定値に小さな矢印のステッカーが貼られていた。客にこれ以上は調整を上げてもらいたくないのか、それともベストの状態がここであると示しているのだろうか、いずれにせよこうした細かな工夫は、店の前向きな姿勢が感じられる。面接に受かったら理由を訊いてみるのもいいかもしれない。


 そんな感じで室内のあれやこれを見回ってみるが、とうとうする事がなくなってしまった。ここで待機といわれたが、待つにもどのソファに座って待てばいいのかわからず所在なげにしていたところ、先ほどのサバゲー女に蹴られまくった怒りが沸々とこみ上げてきた。


「あーそれにしてもさっきのチビ女ムカツク! 俺がもし客だったらどうすんだ。それに一見まともそうに見えたあのカッターシャツも朱に交わる赤。クッ、確実にあいつらがこの店の好感度を下げてやがる。店長このこと知らないんだろうな。あー店長早く帰ってこないかなぁ、アイツらチンコロしてやったらどんな顔をすんだろうなククク。待て焦るな、まずはこの面接に受かり、働きだしてからやつらの信用を奪い取ってやろう。店長ご安心をば。私めを雇い入れて下さった暁にはあのような許し難き行為は一掃して差し上げましょう……クックック」


『店長! あのチビめが性懲りもなくサバゲーしておりましたので懲らしめておきました』


『やるやるとは聞いていたが、まさかこんなに早く結果を出すなんて君は天才かね。とりあえず時給は千円アップしておいたから。これからも期待してるよ……姫騎士リーダー』


『任せてください! って俺を持ち上げても何も出ませんよ店長』


「グフ、グフゥ、グッフフフ……」


 と、勝手な妄想に舞い上がり完全に悦に入っていると後ろから、


「お待たせ姫騎士くん」


「……フフフうわあッ!」


 突然肩を叩かれたので、まるで背中に冷水をかけられたように情けない声を出してしまった。慌てて振り返ると、そこには、バーテン風の出で立ちをした、先ほどの男と似たような格好をした男性が立っていた。


「時給がどうとかって言ってたけれど、何か考え事でもしてたのかい?」


「へ? ああ、いえなんでもないです!」


 どうやら興奮のあまり声に出てしまったらしい。以後気をつけねば。


 店長がテーブルに書類を置いてソファに座るのを見て、その対面に座ることにした。

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