銀色の姫君
「
男が無謀な特攻をきめた方角から別の男性の声が聞こえた。そして、
「お客さんから予約の電話が入った。一旦中止しよう」
この店に来て初めて耳にする従業員らしい言葉であった。
弾丸が発射されると共に放出されるガスの小気味良い音が鳴りやみ、店内に静寂が訪れる。
俺は、おっさんと同じような濁った響きのあるその声にほっとして、へなへなと床にへたり込みため息をつく。
「あぁ、一時はどうなるかと思ったけど助かった……あ、そういやあのおっさん……」
正直あの男の事なんてどうでもよかったのだが、援護を任されたという責任感に背中を押され声がした方角に目をこらしてみる。淀んでいた煙は薄らぎはじめ、辺りの視界、エントランスより先の景色がゆっくりと明瞭になっていく。
……とそこに、
「って、お前コケとるやんけー!」
ハデにズッコケたのだろうか。彼はうつ伏せの状態のまま、殺虫剤にやられた蝿のごとく四肢をピクつかせていた。エラそうに言っておきながらのこの体たらく。馬鹿としか言いようがなかった。
革靴の乾いた足音がこちらに向かっているのが聞こえ、僅かに残されていた煙の隙間から、白のカッターシャツと黒のスラックス、そしてガスマスクをかぶった長身の男性が姿を現した。
「おや、七夏くん、その子は誰かい?」
このちっこいおっさん七夏というのか。思わず親のセンスを疑ってしまう。しかし名前の通り可愛らしく育つことはなく、成長が止まったようにチビのまんまでキモ面の万年独身男に育ったとくればさぞかし親も嘆いていることであろう。
すると男は何事もなかったかのようにムクリと起き上がり、俺の方に向かって歩きながら一方のスライドストップした拳銃を無造作に投げ捨て、もう一方の残弾数を素早く確認してスライドを引き、一発試し撃ちしてから俺の前にたどり着き、
「What's your name,scumbag?」
ライフリングの螺旋が至近距離で見える位置に銃がある。エアガンとはいえ、銃口から放たれる殺気に思わず仰け反ってしまう。俺は両手を上げ、カッターシャツの男性を見て敗残兵のように助けを求めた。
「あ、あのーすみません。面接に来た姫騎士ですけど……」
「ひめぎし? ……ああッ、君が姫騎士くんか! ほんとに来てくれたんだね、よかった……あ、いや失敬、こっちの話しだよ」
完全に忘れていた、という顔がガスマスク越しに見える。彼は気まずそうに頭をかきながら、
「これからお客さん来るみたいだから少しだけ待ってくれると有難いんだけど」
そう言って手に持った電話の子機をブラブラと見せる。
この男、一見店長っぽく見えなくもないが、このおっさんと同じ穴の狢だからそれはないだろう。だが一番まともに話し合える気がした。
「じゃあ七夏くん、彼をパーティルームに案内してあげて」
「Ay, ay, sir!」
男は去りゆく彼の背中にビシッと敬礼し、脇にブラ下げたホルスターに銃を捻じ込むと、まずあご紐に手を掛けた。
お、ようやくこのおっさんの素顔が明らかになるのか。ブサ面が、鼻ニキビでハゲ面が今……いかん、笑いがこみ上げてきた。
そして上に持ち上げるようにヘルメットを外した。
そこに現れたのは、銀髪。
――ッ!?
一瞬目を疑った。
しかし何度まばたきを繰り返そうと、その事実は変わろうとしなかった。続いてガスマスクに手が掛けられ、顔全体がゆっくりと顕わになる。
艶やかで長く美しい銀色が、まるで一本ごとに生を宿しているかのように、煌々とした輝きを放ちながら解かれていく。
彼女は、気だるげにその長い髪をサイドにかき分けながら、俺に視線を合わした。
「シ、シルヴィア……?」
――妖精の国アルヴヘイムの、
俺が小学校のころ、毎週土曜の夜6時半に放映されていたTVアニメ『伝説の騎士』に登場するメインヒロイン、王妃フレイヤの娘、王女シルヴィアにそっくりだった。
それは甘美な空想で描かれた麗しき姫君と、現実での
いつかそんな夢のような出会いがやってくると、心のどこかで信じていた。
それが今日ここで、叶うなんて……
艶やかな銀髪と端麗なる容姿。少し幼げだが、キリッとしたその大粒の瞳までそっくりだ。まるで目を糸で縫いつけられたかのように、彼女から視線を外すことができない。
完全に、一目惚れであった。
やがて彼女は蕾のようなおぼこい唇をゆっくりと開け、キッと俺を睨みつけてこう言った。
「what the fuck are you looking at」
理想の彼女が描かれた心のキャンバスに一筋の亀裂が走った瞬間であった。
「え? あの……今、なん、て……」
彼女がまだガスマスクをつけていた口さがないおっさんだった頃の記憶が蘇る。
彼は、いや
「これ以上へんなマヌケ面でジロジロ見やがったら首切り落としてクソ流し込んむぞー! アーッ!」
と彼女は素早く胴回りから二本のサバイバルナイフを抜き取り俺の首筋に刃を立てる。
心のキャンバス全体に亀裂が走り、パリンッと音を立てて砕け散った瞬間であった。
彼女は、愕然とした俺を見て呆れたのか、腰のホルスターにナイフをしまい、腕を組みため息混じりにこう言ってきた。
「いーかよく聞けビチグソ野郎。状況は終了だ。これより第三勢力侵攻の迎撃準備に入る」
「こ、これ以上俺に何をしろと……」
「quickly,lady! asshole and elbow! move it out! move it out! 」
おっさんが、いや、彼女が叫びながら俺の尻を蹴り上げてくる。
「痛ったぁー。ちょっと待て! 走れったってどこに行けば――」
「Don't fuck with me again! いーか二度は言わんからよく聞け。あそこの
俺は面接に来た人間であり、いわば客である。それがなぜこのような仕打ちを受けなければならぬのか。理不尽にもほどがあった。
彼女の蹴りから逃れ、エントランスの扉を抜けてホールに入る。
「そういえば俺あんな女に一目惚れとかいって……いや、あれは幻覚だったんだ。理想を追いかけるあまり現実と二次元の境目が曖昧になるなんて誰にでもよくあることだ。一時的な気の迷いだ、そう、あんなやつが……俺の
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