客はいまゼロだ

「でわ、今から状況を説明する」


 アメリカかぶれのちっちゃいおっさんは床に伏せながらそう言って、店内地図を広げて勝手に戦況報告をはじめる。


 そんなことしなくていいから今すぐ帰らせろ、とこいつが正体不明の男でなければ今頃そのように吠えていたはずである。だがひとつ分かったことがある。俺の手には白色の小さな粒がひとつ。先ほど胴体に着弾した小石の正体はBB弾であったのだ。なのでこいつから渡されたこの銃は本物ではなくエアガン。つまりこいつの正体は、放火魔でもテロリストでもなく、単なるサバゲー好きのおっさんだったのだ。さっきこの銃を本物と信じた自分が憎すぎる。


 それにしてもこいつ客なのかな。

 いやそれは違う。客なら歌いにくるのが目的だ。わざわざこんな事をしにここへは来ない。となれば店員という答えになってしまうのだがそれもそれで考え難い。いやまて、サボりという線があるではないか。そうか、そう考えると店の中を好き勝手にすることができるし、店長が不在ということで説明がつく。ということはやはり、このおっさんは、


「――でM18を使って逃走を図ったが、今の射撃で敵の潜伏先がある程度割れた。敵はおそらくこの辺りに潜んでいるとゆーわけだが、なにか質問は? てオイ、聞いているのか?」


「ああ……そのM18ってなんスか?」


 男はやれやれとした仕草でため息をつき、


「煙幕弾に決まってるだろ」


「当然のように言うな当然のように!」


 こいつがテロリストではないと分かっただけで態度が微妙にでかくなった気がする。

 まだ憶測の域ではあるが、この男が店員だということは間違いないだろう。となれば現在、客はほったらかしにされているということだ。気持ちよく歌っている最中にこんな煙が舞い込んできたら火事だと勘違いするかもしれないし、注文した商品に煙の成分が付着してクレームが入ったりしたら一体どう対処するのだ。それこそこの店の死活問題に関わるのではないのか。


 おっさんに訊いた。


「あの思ったんですけど、客ほったらかしで大丈夫なんすか?」


 そこで男がピタリと止まる。

 図星を突かれて困ったのだろうか、と思いきや、


「ふひ、安心しろ。客はいまゼロだ。ぶわはははーッ」


 結論に達した。

 ここに来てからというもの、店内はタイプライターを連打したような音の応酬が支配していて、カラオケをそそらせるBGMや客が放つ喧騒なんて一切耳に入ってこない。それにこの男は面接のことも知らなかった。ようするに、来る店を間違えたのだ。


 その根拠たる証拠を確かめようと改めて殺風景な店内を見渡した。受付カウンターの隣に貼ってあった販促物に目が止まる。


『歌の国アルヴヘイムへようこそ』


 マイクを持った妖精のデフォルメキャラがにこやかに微笑んでいる。

 ガクッ。

 ここがアルヴヘイムであるという揺るぎない証拠をまざまざと見せられて逆にショックが倍増してしまった。


 おっさんを見るとまだ床を叩いて笑い転げていた。

 店の状況を心配しなければならない立場の人間がこんなことをしてていいのだろうか。相変わらずBB弾が頭上をかすめているし、こいつと同じようにさぼっているバカが最低もう一人いるということだ。今さらだが俺はそんな店の面接に出向こうとしている。そんなの、夢も目的もあったものではない。


 俺は帰ることを決意しこの男にその旨を告げようとした。が、すでに遅く、おっさんの方が先に、弾切れに悪態をついて小銃を投げ捨て、腕時計を見ながらこんなことを言ってきた。


「今から一分後のヒトロクマルマルより突撃を開始する」


「は? いや……だからその時間から面接がはじまるんですってば。てかもう帰らせ、」


「わっつ? なにワケの分からないこと言っている。ここは戦場だぞ!」


「カラオケ屋だっつーの!」


 こいつのせいで完璧に遅刻である。いや、もうどうでもいいのであった。後で店長に電話して辞退の旨を説明するとしよう。残るはここからどうやって抜け出すかだが……


 するとおっさんが、匍匐ほふく姿勢のまま拳銃を二挺抜き放ち、器用にスライドさせ、


「いーかよく聞け。ミーが突撃を開始したらその銃で援護しろ。Do you understand me?」


「あの、むちゃブリするのいい加減にやめてくれませんかね? じゃ、そろそろ俺はこの辺で、」


「ふににッ、上官の命令は絶対で飛べと言ったら空を飛ぶんだ! あと口でクソたれる前と後に“sir”をつけろわかったかーッ!」


 男は何事もなかったように俺を無視し、まるで戦争映画のような今から突入を開始する的な手信号を送ってきたあと、小声でカウントダウンをはじめる。


「ごー、よーん、さあん……」


「そこは英語にしよ。て、ちょっと待てよ、俺援護するなんて言ってねえぞ? はい無視。て人の話しくらい聞いたらどうなんだ! 俺にも心の準備ってもんが、」


「ゴーゴーゴーゴーゴーゴー」


 おっさんは雄叫びをあげ拳銃をぶっ放しながら煙幕の中へと突入した。


「カーッ、おるおるこんなやつ。仲間がやめろと言ってるのに英雄気取りで突っこむ足手まとい。しかもこういうやつは大概すぐ死んで逆に仲間に迷惑かけるからむかつく。チッ、とりあえずこの銃で援護……あれ引き金が引けんぞ? おいコレどうすんの? オイィィ――」


 とそこで、

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