泣く子も黙る元FBIの物知りヂヂィだ

「じゃあみんなッ! きいろは惜しまれつつ後ろ髪引かれながらもゼニのため次のバイトに行ってくるでござるッ! 世の中はもう「人・物・カネーッ」じゃなくて「金ッ・金ッ・カネーッ」の時代に突撃だーッ! モム太郎も舌なめずりしながら一緒に手に入れようよビッグマネーッ、狙いは億千万の胸騒ぎミリオンダラーでヨダレダラーで絶対手に入れるよちなみに白銀てんちょー奪還会議の結果はちゃんと可及的速やかに報告するんだぞッ、チョチョゲリス五世ッ! じゃッ、パイパイキーン、あ、遅刻遅刻ッ! 遅刻しちゃうよニンニンにーん」


 と疲れを一切感じさせない明るさで走っていった染屋の背中に「二世じゃボケー」とツッコミ返す七花。

 俺は「いつまでそのあだ名にこだわってんだ」と、吠える子犬の首輪を引きずるかのように、二挺拳銃を抜き放った七花を連れ、美夜が勝手に指定したアルヴの受付へと向かった。


 美夜は、受付内に皆が集まったのを確認して、


「では礼子殿、もう一度、事の顛末を話してもらえないだろうか」


 五軒邸はそう言われると、昨日の状況、閉店時間。開店準備をはじめて最初に発見した時刻、その時の店の状態、心当たりのある人物の特徴などを語り、美夜や七花の質問に対しても時間をかけて丁寧に答えていった。


 これで事件の内容がつまびらかとなる。しかし俺は、そのことよりも別のことが気になっていた。

 今それを聞くべきなのか、どうなのか迷ったが、今回の件に繋がる店の閉店の真相がどうしても知りたくなり、


「礼子さん、ちょっと話が逸れるんスけど、権三郎がこの店潰したがる理由って何スか?」


 五軒邸は殊更に目を細め、


「カラオケが一世風靡した時代は過ぎ去りし遠い過去の話のこと。今や、カラオケ単体で儲けを出せる店は、ハード開発会社含む専門大手に限られる時代へと変わってしまったわ。儲からなくなっては遅いと判断したユグドラシルは、大きな赤を出す前にいち早く業務縮小に着手したの。別会社を設立し、そこへ経営権を譲渡することによって難を逃れようとしたのだけど、いくら世間体は別会社とはいえ、子会社の赤は母体の足を引っ張る要因にはかわりのない事実。そこにあの権三郎エヴァイン営業本部長がその会社の統括マネージャーとして本社より派遣され、全国に散らばっていた複数の店舗を、経営難を理由に次々と潰しはじめたの」


「え、じゃあ、この店だけが何で残ってるんスか?」


 そこで七花が語り手を奪い、


「ユグド全社員が完全撤退を唱える中、唯一それに「否」を唱えたのは白銀かちょーただ一人だった。お陰で社内では総スカンを食らって孤立。だがユグドの社長だけは違った。無謀とも言えるてんちょーの訴えに全役員の意見を一蹴し「やれるところまでやってみろ」と言ってくれたのだ。てんちょーはそれを受け、営業継続可能な店舗を作り上げるため全国の現場に飛んだ。その地域ごとの特性に合わせたあらゆる手段を講じるが手応えは微小、権三郎や社内の抵抗勢力によって運用資金までもが削られていき、次第に切るカードも尽き果てた。それでもどうにかこうにか持ち堪えていたのがこの店。てんちょーがカラオケ事業部の立ち上げから全てに係わり、最初に生み出した記念すべき存在。後の店舗数拡大の為の橋頭堡きょうとうほとなった歌の国アルヴヘイム一号店。ここはてんちょーが苦楽を共にし、最初に築き上げたプライドの城だ」


 五軒邸が引き継ぎ、


「最後の一店舗となった二年前、店長が戻ってきた時この店は相当荒んでいたわ。店長が作り上げた歴史は踏みにじられ跡形もなかった。それをなんとか立て直し、今に至るってわけなの」


 そんな労力を費やした土台の上に、俺はいるのか。

 改めて凄い人だと思う。だが、先ほどのあの言葉だけは、苦労の末に導きだされた処世訓だとしても、受け取ることはできない。今の俺だから理解できないのかもしれないけれど、あんな目に遭わされたとなれば、信じる気にもなれない。あの大神に笑顔で応えることなんて、絶対にありえない。


 あらかたの情報を聞いたのち、美夜が確認作業に入り、


「盗まれた形跡はなし。店の鍵も盗まれていない。怪しいところは一切見当たらない。と、ないないづくし三拍子揃った状態ではあるが、礼子殿が第一容疑者として挙げている元従業員の大神。彼奴がどのようにして関わっているのか。またどのようにして犯行に及んだのか……」


 すると、七花がとつぜん不気味に笑いだし、


「こんなこともあろーかと、その手のスペシャリストを呼んでおいた。出てこいオヤヂ!」


「ふぇい」


 聞き覚えのある返事がした方を見ると、目が見えないほどわっさりとした白眉の老人が、まるで心霊写真に写った亡霊のごとく、美雨の隣にひっそりと佇んでいた。


「うわあッ! て、オヤヂさんそんな所でなにしとんスか」


 七花は、そんな俺を心底蔑むような目で睨み、


「はあー? 寝ぼけてんのかお前、オヤヂはずっとここにいたぞ」


「いや、気配がなかったからてっきり帰ったかと」


 そこで美雨が、

 

「このおぢいちゃん、さっきからずっとボクの後ろでうなじの辺りをくんかくんかすーはーすーはーしてるんだけど大丈夫? ボク犯されるの? それとも介護プレイ強要させる気?」


「ンなワケねえだろ!」


 美雨は、俺が叩いた頭をおさえながら、


「実の妹にも容赦しないド変態おにいならではのスパンキングプレイ。いぎ、ドMなボクが頭でも感じることをいつの間に知ったのか。さすがおにいちゃん、エモすぎ」


 これ以上余計なことを言わせないために、美雨の手を取って後ろに下げる。

 そこで七花が「こいつが例のオヤヂだ」と籠の中にいる珍獣を見せびらかすように彼を紹介した。


 七花は例のごとく自分のことのように自慢げに、


「オヤヂはこー見えて、泣く子も黙る元FBIの物知りヂヂィだ。今は何をしているのかよくわからん死にぞこないのヂヂィだが、現役の頃はXファイル課の両人も黙る活躍っぷりで、フーヴァービルの御仁どもからも一目置かれた存在だったらしい。まったく、うちの常連の演歌うたうしか能のないおじい共よりはよっぽど役に立つ。ま、何なりと聞いてくれ」


 美夜がさっそく手を上げ、


「オヤヂ殿、さっそく容疑者について、そなたの見解をお聞きかせ願いたいのだが、いかに」


 オヤヂはその質問には答えず、七花の側に寄って耳元で何かを呟くと、七花が、


「これまで君たちが推測した通り、元従業員の大神が犯人ということで間違いないぞよ」


 彼の言葉を忠実に再現していますっぷりが妙に腹立たしかった。

 次に五軒邸が手を上げ、


「確証を掴んだ訳ではないのに、どうして言い切れるのか教えてもらえませんか~?」


 オヤヂがふたたび七花の耳元でこそこそと呟く。彼女はニタリと笑って指を突き出し、

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