忍者気取りのカメも真っ青の芸当ってやつか

「やつはあらかじめ、内部の状況が辞める前と同じであったことに気づいておったのぢゃ!」


 実にイラッとさせられる仕草である。

 五軒邸は「なるほど」と言って手を合わせ、


「言われてみれば、今まで今回のような事は一度もなかったので、彼が辞める以前のものと同じ防犯対策のままでしたわ~。それだと、従業員がこの店から出払ったあと、忍び込むことは容易ですし、証拠隠滅などお手のもの、ということですわね~」


 そこでもう一度オヤヂが七花の耳元でしゃべると、今度は朗らかな顔で、


「ふぉっふぉっふぉっ、真実は視えてきたようぢゃな? あー、時に礼子くん、話は変わるのぢゃが、こんな枯れ木でもよければ今度ひとつ、駅前のハイカラなかふぇで茶でもすすりに……ってなんてこと言わすんぢゃこの老いぼヂヂィー!」


 やはりこの女はアホである。五軒邸はそれを無視して、


「流石は元……え~と、エビフライ?」


「エビフーライぢゃ。……あ違った、エフビーアイぢゃて!」


 五軒邸はクスクスと笑い、


「これで彼が犯人だと断定できますわ~」


 内部の状況が辞める前と同じであった、ということはつまり、鍵を開けて店に侵入し、証拠を残さず犯行に及ぶことができる、ということだったのか。


「忍者気取りのカメも真っ青の芸当ってやつか。ふひ、小聡いザコめ。ま、そーと分かれば話が早い、そこいらのパブリックエネミーどもを片っ端から吊るし上げていけば、あいつの居所なんてすぐに分かる。この銃で膝の辺りをちょいと弾いてやれば、子犬のようにしゃべりだすに決まってるからな。よし、出撃だプライベートパイパイスキー!」


「はッ? なんで俺なんだよ」


 七花が有無を言わせず俺の腕を引っ張り、エントランスに向かってズンズンと歩きはじめる。そこで五軒邸が止めに入り、


「だめよ七夏ちゃん、ここはもっと慎重に事を進めましょう」


 七花がピクリと止まって振り返り、


「礼子姉さま、気持ちはわかりますが、ここで二の足を踏んでいては、あのビチ糞ジャンキーを取り逃がしてしまうことになりかねません!」


 その反対意見に美夜が賛同し、


「七夏女史の言うとおりだ礼子殿。犯人が大神とやらで確定したのならば、先即制人、先手必勝、敵が油断したときに寝首を掻くが戦場においての常套手段でありますれば!」


 食い下がる美夜に五軒邸は首を振り、


「いいえ、彼が犯人だとしても証拠がないのは変わりません。なのでこのまま行けば、白を切られて終わりばかりか……折角のチャンスが台無しになってしまいます!」


「好機? ならば、他に手管があると」


 五軒邸は語調を和らげ、


「彼を犯人として捕まえる手段、それは、現行犯逮捕しかありません。なのでもう一度彼に……犯行に及んでもらいます」


 ――ッ!


 美雨とオヤヂを除く誰もが、五軒邸が言った言葉に驚愕した。


「彼奴をあえて泳がせる……か、なるほど。勝機はあるのだな」


 挑戦的に笑う美夜に五軒邸は無言で頷き、


「しかしそのためには、今回の犯行がバレていないことを、本人に植え付けなければなりません。ともあれ、いくらマヌケな彼でも、事件直後にノコノコこの店にやって来ることはないでしょう。なので私が直接彼に電話して、烈怒妖精レッドエルフに復帰することを餌に、」


 ピンポーン。


 とそこで来客を知らせる合図が鳴ったので、俺たちは反射的に出迎えの挨拶を口にした。

 開かれた自動扉の向こうから、けばけばしい格好をした10名ほどの男女グループが大声で騒ぎ立てながら姿を現す。


 その中に、大神の姿を見た。


「オゥ礼子。今日は随分と早ぇじゃねーか」


 大神は長い黒髪の隙間から、まるで先日の一件が最初からなかったかのような態度でそう言った。

 盗人猛々しいとは、正にこのことだと思う。

 五軒邸は俺たちに小声で、


「手間が省けましたわね。彼は自分で輪をかいたマヌケだと証明しました」


 大神の取り巻きたちは明らかに酔っていて、ピンク色のモヒカンデブとスキンヘッドにトライバルタトゥーを入れたいかつい男がいきなり「生中と焼酎ロック」とアルコールを注文してきたり、とんがったグラサンをかけたひょろっとした男の肩に腕を回した金髪美人が「トイレに近い部屋にして」と性格悪そうな態度で言ってきたり、店のBGMを耳にした異常にまつげの多い女が「この曲なんていうの?」と5年ほど前に流行ったラブソングを無愛想に聞いてきたりと、各々身勝手なことを言っては、ゲラゲラと笑っている。


「アン? なんか言ったか」


 大神が五軒邸に難癖をつける。

 七花が腰に収めた銃を握りしめながらPOSレジに向かって入店処理をはじめる。美夜は妹を後ろに下げ、冷たい視線を大神たちに向けている。俺はカラオケセットの用意をはじめた。

 五軒邸は何事もなかったかのような笑顔で、


「いえ、こちらの話ですわ、ご主人様」

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