アルヴは我ら白銀騎士団にとって唯一無二のまほろば!
「そうだ、みかどくん」
黄色い喧騒からひとり抜け出して彼の元へ駆け寄り、
「どうしたんすか?」
「みかどくん、昨日のことは礼子くんから聞いたよ。火傷はまだ痛むのかい?」
「ああ……もう平気っス」
「そっか」
それの事かと思いきや、
「まだ入って間もない君に伝えるのは早いかもしれないけれど、このさき君はこの店で、もっと色んなお客さんと出会うことになる。中には、理不尽なクレームを押し付ける客、泥酔して他の客とトラブルを起こし、物を破壊する客、そして威力で従業員を脅し業務を阻害する客。そのような客も含め、我々はここに来る全てのお客様に満足して頂けるサービスを提供し続けなくてはならない。それが接客業の基本理念だ」
七花からも教えてもらったことだった。
最近つくづく思う。
俺は接客業というものを甘くみていた。
店長は続け、
「ここからは、僕の考え方なんだけど、今挙げた人たちの中でも、著しく営業を妨害してくるような輩は、客たりえない。傲慢かもしれないが、お金を貰わず早々に帰って頂き、二度と店の敷居を跨がせないよう然るべき対処をとっても構わないと考えている」
もちろんその通りだと思う。
そんなヤツラは客ではない。客は神様だという、接客する側の姿勢を逆手に取って暴挙をふるうなんて、勘違いも甚だしいと俺は思う。
ところが店長は、
「しかしながら、そんな不逞の輩でも、店にいるときはお客さんだ。然るべき対処をとったあとでも、店を出るときには笑って、見送ってあげてほしい。縁を切るときも、笑顔を忘れないようにしてほしいんだ」
想像していた言葉の違いに愕然とさせられた。
和やかだった空気が一瞬にして消し飛ぶ。
笑顔で縁を切れ、だと。言っている意味が理解できない。なぜ、そんな客にまで、へりくだる必要があるのだ。
悪気で言っているようには見えなかった。しかし、無性に腹が立った。
「あの……、おっしゃってる意味がよくわかりません」
「そうだね、たとえば」
「てゆーか俺は、そんなの、理解したくありません」
ハッキリと言ってやった。
何か考えがあってのことかもしれない。だが、これだけは譲れなかった。
店長は俺に遮られて一旦尻すぼむが、
「……うん、そっか。それにこれはあくまでも僕の考え方だ。それが出来る出来ない、正しいか間違ってるかは、その時がやがて訪れたとき、自分の心に従って行動すればいいと思う。その時がくるまで、僕の言ったことは、心の片隅にでもしまっておくといい」
そしてそれ以上は何も語らず、いつものように笑いながら「何かあったら連絡して」とだけ残して車に乗りこんだ。洋車が爆音を立てながら駐車場を横切り、国道の手前で左の方向指示器を点灯させる。店のみんなに見送られ、洋車は甲高い音をたてながら、国道を滑るように西へと向かっていった。
赤いシルエットが点に変わりゆく様を眺めながら思う。
おもてなしって、そういうものなのか。
そう考える時点で、やはり俺には、接客業は向いてないのだろうか。
彼の残した言葉が頭の中でいつまでも燻り続けている。
後味の悪い、別れだった。
そこで一番先頭に立って見送っていた美夜が、急に俺たちの方へ振り返り、
「ではこれから、白銀殿奪還に向けた作戦会議を執り行う」
皆が真剣な顔つきで頷く。
そうだ、とにかくこのままだと俺のかねてからの願望すら叶えられなくなってしまう。店長の言った言葉の意味は一旦据え置き、今はみんなと気持ちをひとつにして、犯人を捕まえるために、頭を悩ませるべきなのだ。
「おのれぇ、どこの馬の骨か知らぬが我が最愛の君に耐え難き屈辱を見舞うとは怒髪衝天。……はっ、まさかこれは、四百機ものヘルキャットを蒼天の野に放ち、日帝悲願の一億総特攻を無に帰した許し難き仇の仕業。今尚、我が帝国民を九条の鎖で縛り続ける鬼畜米帝の仕業ではあるまいなあああッ!」
と美夜が露骨に七花を睨んだものだから、
「ミーを見てゆーなこの出来損ないのぶさいく東京ローズ! それ以上減らず口を叩くとマリアナの七面鳥キラーと呼ばれたミーのガンさばきでぶっ殺すぞ」
「ふむ、証左はいかに?」
「な、ないけど無実だーッ!」
美夜はそれ以上七花を相手にせず、
「アルヴは我ら白銀騎士団にとって唯一無二のまほろば! ではこれからの接客に備え店の受付内に陣地変換。この場を速やかに撤収し、時刻
「するかー!」
七花以外、俺を含めての皆が個々の言い方でしかもバラバラに、時刻からの言葉を復唱する。
早くも不安になる。ほんまに大丈夫かこんなんで。
「では解散!」
おもしろくない七花は「ふぎぎっ」と地団太を踏み鳴らし、
「お、お、お、お前が仕切んなーッ!」
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