あたしの役目は、この店を潰すことよ
「そんな……それって、どういう」
言いかけて口をつぐむ。
意味は先ほど権三郎が言った。管理者不在のため閉店すると。
白銀店長は下を向いて黙り込んでいる。
彼は、この結果に納得しているのだろうか。
この店に対する思いや、従業員に対する愛情、己の接客道をあんなにも熱く語っていたのに、俺たちを庇わなければ済んだ話ではないのか。余計なことをせず、俺たちを処分して、自分が続けたかったことを、自分が突き進みたい道を行けばいいのではないのか。本当はそうしたいのではないのか。
どうして黙っている!
歯痒かった。そう思ったところで言う度胸さえなかった。
周りが黙っているので、言い出しにくいというのもある。それに新人だし、こんな若造の言うことなんて……いや違う、権三郎に、あるいは店長に直情的に噛みつくことはできても、食い下がれるようなネタがないからだ。
頭の悪い自分が憎い。こんなとき、賢ければ身分をものともしない理屈をこねることができるというのに。
そうだ、俺が辞めれば店長はこの店で営業を続けることができるのだろうか。いや、それはありえない。五軒邸たちならまだしも、入って4日目の戦力にもならない人間が辞めたところで何のたしにもならない。
まて、たとえば彼女たちが責任を取って辞めるとする。残されるのは店長のみ、いずれにしても店が回らなくなる。つまるところ閉店。
権三郎の狙いは、最初からそれだったのではないか。でも何のために……
そうか。
「最初からそのつもりだったんですね」
推論に対する自信が、口を出す勇気を俺に与えてくれた。
みんなの目が一斉に俺へと向けられる。
権三郎は先ほどこんなことを言っていた、利益を生まないコンテンツにお金をかねない、と。
俺の感が正しいのであれば、彼は元からこの店を疲弊させて潰すつもりであったのだ。彼ら側にとって、今回の事件は正に打ってつけだったといえる。どちらに転んだとしても、勝手に店は潰れてくれるのだから。
権三郎はこれといって驚くこともなく、
「アラ……どうりで、察しがいいわねみかどッチ」
店長は無表情のまま下を向いている。
権三郎は、店長職の辞任ではなく総辞職と言っていた。彼は会議の場で相当追い詰めたに違いない。その結果、店長は会社を辞めてケジメを取ろうと決めたのだ。
権三郎はニヒルに笑い、
「アータたちも彼の一言で気づいたのではないのかしら? そう、あたしの役目は……この店を潰すことよ」
五軒邸は無表情のまま権三郎を見つめており、七花は目に力を込めて睨みつけている。
この二人はさすがに気づいていた、と思わせる態度であったが、染屋の驚きようは半端ではなかった。「えええええッどういうことなの教えて教えて」と騒ぎ立てながら、まったく関係のない美夜や美雨に聞き回っている。
「貴重な戦力がユグドを去るのは予想だにできなかったけれど、よっぽどこの店とアータたちに思い入れがあるようね。ま、プライドが許さないのなら仕方がないわ、勿体無いけど去るものは追わず、止めはしないわ。あたしはこの店を潰すことができれば、それでよかったもの」
七花が言ってたことの意味が理解できた。
用がなくなったらゴミ屑のように捨てる。まるで物同然の扱われようだ。俺たちのことなんて、何とも思っていないのだ。
「やはり、あたしの目に狂いはないわ」
彼ら側ではけしてわからないだろう、汗水垂らして、お客が喜んでくれる料理を毎月考え、提供している姿を。
彼ら側ではけして見えていないだろう、数字の裏側に隠された、お客の姿を、心情を、もてなす度にありがとうと笑ってくれたり、この店の雰囲気が好きだと言ってくれたり、この店しかこないと言ってくれるお客がいることを。
「あたしの元に来なさい」
彼女たちが、この店をどんなに愛しているのか、権三郎は知らない。
数日前に入ったばかりの新人が言うのもあれだけど、この店に来てくれる数少ないお客は、この店を愛してくれている。彼女たちもまた、そんなお客を、愛している。
最新機種と思われたこの店のカラオケの機械は二世代前のものであった。最新だと思わせる状態を維持してきた彼女たちの努力を知っているのか。今どき旧式の機種でも歌いに来てくれる理由が、店長をはじめとした従業員の、おもてなしの気持ちがこもっていることに気づきもしないのか。
「あなたには先見性がある。あたしの元に来たら、それをさらに鍛えてあげるわ」
拳を潰してしまうほど握り締めていた。
利益を生まないコンテンツにお金をかけない? バカを言うな! たしかにお客は少なくて、赤字なのかもしれない。けれど、与えられることが許される限りの資源と個々のおもてなしだけを頼りに金をかけず、現に利益を生んでいるではないか!
それを理解しようとすらしない、彼が許せない。
仲間のためとかではない。この数日間で見えてきた彼女たちの努力を知りもしないで、こんな無情な決断を下すことが、どうしても許せないのだ。
そしてそれを一番知っているヤツが、黙って受け入れようとしていることにも許せなかった。
権三郎を睨み、
「お――」
そこで突然染屋が身投げするかのように俺の前に現れたと思いきや権三郎にしがみつき、
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