株式会社ユグドラシル営業本部長からの辞令
「てか先輩、ユグドラシルって『あの木なんの木のCM』で有名なあのユグドのことっすか?」
「そーだ」
「え、じゃあこの店って、ユグドが母体?」
「まーそうなるな。……あれ、知らなかったのか?」
世界的に名を馳せる超有名大企業、その名も、株式会社ユグドラシル。
製造業からサービス業まで、衣類食品住関連あらゆる分野でその社名を目にするほどの認知度を誇り、毎年右肩上がりの成長と営業利益で万年黒字経営で、世界隋一の健全安定型ビジネスモデルを確立させた超ビッグカンパニー。超有名大学の卒業者しか採らないことでも有名で、狭き門をくぐり抜けた暁には、勝ち組としての人生が保障されると言われている会社である。
「そんな会社がこんな田舎の町のどこにでもありそうなカラオケ店を経営してたなんて……」
そこで権三郎エルヴァインが、俺たちを軽蔑するような目で見回したあと、
「アータたち。雁首揃えて何こんな所で油売ってるザマスの? 接客はどうしたの? 客が今何人入っているか教えて頂戴」
この口調、オカマなのだろうか。黙っていればイケメンなのに、その言葉遣いがすべてを台無しにしている。
すると七花がずいっと前に出て、
「ゼロだ、悪いか!」
権三郎は、苛立ちを滲ませたブルーの目で七花を睨み、
「当たり前ザマス! と言いたいところだけど、いいわ。全然悪くない、むしろいいザマス」
予想に反する言葉に拍子抜けしてしまう。
意味がわからなかった。仮にも営業本部長の肩書きを有する人間が言う言葉であっていいわけがなかったし、これは関係ないが、口に手を当てる仕草が実にキモい。
権三郎は、俺の存在にようやく気づいたのか、垂れ下がった目をこちらに向け、
「あらヤダ。あたし好みの子がいるじゃなーい。もしかしてアータが最近この店に入ったムッシュ姫騎士? はじめまして私はエルヴァイン。ロキって呼んで頂けるかしら。よろしくね」
と身をくねらせながら俺の手を握る。そこで隣にいる七花が心底ウザそうな顔で、
「ふん、わざわざミドルネームで呼ぶ必要なんてないぞ、こんなやつ権三郎で十分だ」
「おだまりっ! なんでアータがそんなこと決めるのよ! ファーストネームで呼ぶなとあれほど言ってるのに、ほっんと生意気な小娘ね。あたしは今この
デレッと垂れ下がる瞳に、身の危険を感じたので、
「ま、まだ入って間もないんで、遠慮しときます」
「アラ残念ねぇ。あたしならすごく可愛がってあげるのに。ああでも気が変わったらいつでも呼んで頂戴。これあたしの名刺、いつでも待ってるわ」
名刺を人からもらうなんてはじめてのことであった。
色はオフホワイトで上品な紙質。ゴシック体で書かれた文字はすべて英文で浮き彫り加工にされており、素人目にも特注品だということはすぐにわかった。完璧だった。人物を除いて。
すると権三郎は、仕切り直すかのように咳払いをして「今からアータたちに通達することがあるザマス」と前置き、
「既にアータたちも知っての通り、今朝残念なことに、この店が始まって以来の盗難事件が発生したザマス。そこで、本社で緊急会議を開き、今回事件が起こった原因などを細かく議論した結果、株式会社ユグドラシル営業部門課長、歌の国アルヴヘイムの店舗管理責任者である白銀透氏はこの度、責任をとって総辞職する事になったザマス」
「は?」
権三郎の思いもよらなかった発言に、この場にいる全員が氷のように固まってしまう。
「え、あの……総辞職って、店長、辞めるんですか?」
「アラ、物分りがいいわねみかどッチ。そういうことよ」
権三郎のいけしゃあしゃあと物言う態度に苛立ちを覚える。そこで、
「あの~部長? 詳しい説明をして頂けないかしら~?」
五軒邸に救われた。彼女の冷静さが直情的に物申すことを抑えてくれたのだ。
「結構よ。まず今回の事件で警察に調べてもらった結果を端的に言うわ。ドアや金庫が壊された形跡はなく犯人の痕跡がまったく見当たらなかった。これがどういうことかお解り?」
権三郎は、ある程度俺たちの反応を見ながら間を空け、
「店の従業員だけしか知らない鍵の隠し場所と金庫の暗証番号を知った者の犯行。内部犯の可能性を示している、ということザマス」
俺たちが疑われている、ということに一瞬寒気がした。
権三郎の説明はたしかに腑に落ちるものではあったけれど、美夜たちを除き、ここに集まったうちの誰かの犯行だとはとても思えない。そしてなにより、店長がその責任を取って辞めることになったのがどうしても納得できない。
そんな俺の黙考をぶち破るように美夜が、
「突然現れて何を申すかと思えば……き、貴官は、白銀殿を人柱にするつもりかッ!」
「だ、誰もそんなこと……ってアータ、一体誰ザマスか?」
「そんなことどうでもよい。私が聞きたいのはなぜ白銀殿がクビにされ――」
「どうでもよくないザマス! 知り合いか客かなんだか知りませんが、このように部外者を出入りさせる甘さが管理体制の怠慢を招き、今回の主たる原因の一つになったのザマスよ!」
その辛辣な正論に美夜が珍しく黙り込む。そこで五軒邸が話しに割り込み、
「永年ユグドに心血を注いだ者に対して、たった一度のミスでクビにするのはあまりに酷い仕打ちではありませんこと?」
それもまた正論だと言える。
目が線で感情が読み取れないが、硬くなった声質とゆるやかに持ち上がっている紅髪が怒りだす寸前であるということを物語っている。
「さっきからクビクビクビってもう人聞きの悪い、辞職は彼自身が決めたことなの! 本来なら犯人の有無関係なくアータたちにも責任を取ってもらうことになってたのよ!」
ようするに、店長はみんなを庇うために、身を引くことで責任を取ろうとしているのか。そんなことをして何の得がある。株式会社ユグドラシルという最強の盾を捨ててまで、なぜ俺たちを庇う必要があるというのだ。それに残された俺たちは一体どうなるというのだ。
七花がとうとうぶちぎれ、
「だったらあれほど言ったのになんで警備会社と契約しなかったんだ! お前たちには責任がないと言えるのかー!」
「そんなお金どこにあるのザマスの?」
「ユグドのクセにそれくらい、いくらでも出せるだろー!」
権三郎は、聞き分けのない子供でもあしらうかのようなため息をつき、
「黒字経営の定石のひとつは利益を生まないコンテンツにお金をかけないこと。日々の接客や営業努力はある程度認めるわ。それがユグド唯一の赤字経営のこの店を存命させてた理由よ」
「……とにかく、管理体制の不備。店舗責任者の指導管理不行き届き。そして営業実績の不振。挙げれば枚挙に暇がないザマスが、これらの理由と責任者不在になるのを踏まえ」
権三郎は俺たちの視線をまともに受け、躊躇いがちになりがらも目を逸らさずにこう言った。
「今月限りをもって、歌の国アルヴヘイムを閉店するザマス」
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