部下を見捨て自分だけリア充の仲間入りを果たすなどもってのほか

 美夜の申し開きは実に嘘臭く、店長に会うための切っ掛けを無理とに作るといった、才女とは到底思えない内容であった。


 風の噂で店の売上げが盗まれたことを偶然知り、困る店長と部活動を天秤にかけて、どうすればよいのか校門前で迷っていたら、偶然五軒邸がバイクで通りがかり、一緒に来てほしいと懇願されたので、やむをえず乗ろうとしたら、偶然にもそこに美雨が現れ、連れていけと駄々をこねるものだから、仕方なしに連れてきた。


 小学生かお前は。


 素直に「五軒邸から連絡が入って店長が心配だから来た」と言えばいいのに、たまたま知ったからそうしました、みたいな口ぶりで話すから余計に腹が立つ。

 ただひと言わせてもらえれば――、礼子さん、僕はあなたの何なんですか!

 直属の部下を差し置いてなぜ姉に、とイライラが抜けないまま、七花と美夜の言い争いを聞いていたら、今度は、地面スレスレに車高を落とした真っ赤なスポーツカーが一台、爆音を轟かせながら店の駐車場に入ってきた。

 黒い跳ね馬が躍る黄色のエンブレム。その洋車が俺たちの前で止まり、やがて助手席のドアが開かれる。

 姿を現したのは、我らがイケメン、白銀店長であった。


「白銀殿!」


「てんちょー!」


 一目散に彼にまとわりついたのは愚かな二人組であった。店長は疲れているのにも関わらず、誰に対しても差のない笑顔を振りまくといったイケメン度の高い仕草で、彼女たちをいなし、


「やあただいま、店は特に問題なかったかい?」


 そこで美夜が、きおつけの姿勢をとって敬礼し、


「ハッ、報告します! 総入客数4組8名、事故なし、現在客数ゼロ、店舗状況特に異常なし! 続いて白銀班総員6名、事故なし、現在員6名、感冒その他健康状態に異常はありませんが、約一名、米帝の諜報員がバイトになりすまし、競合他社に当店舗の情報を横流ししていることが判明しました! 即刻除名が困難な場合、日尊米卑思想を徹底洗脳すべきだと思われますが、裁決やいかに!」


 七花がワナワナと震えだし、


「なんでお前が店の状況を事細かく知ってるんだ! それは姉さまの仕事だろー!」


「アンクルサムの太鼓持ち風情が黙れ! よいか、今私は白銀殿と話をている。実に三日ぶりにな。数々の妨害によって会いに行きたくても行けない日々がいたずらに過ぎ、この日をどれほど心待ちにしていたのかそなたには到底、」


「美夜くん、ありがとう」


 美夜はその温かい言葉ひとつで茹蛸になり、


「いえ、私は当然の事をしたまでで、その、クッ……白銀殿、その笑顔反則でありますッ」


「その素晴らしい気配りは接客に通ずるものがある。うちで働いてくれてたら助かるのに」


 こんなに乙女丸出しの姉の姿を見るのは生まれてはじめてのことであった。

 美夜は少し彼を見つめたあと、両手を頬につけて視線を反らし、


「し、白銀殿がそこまでおっしゃるのなら、私もやぶさかでは……」


「働いてほしいなんて一言も言っとらんぞ」

 

 そこで真っ先に反対すると思っていた七花が、


「ふひ、ミーは別にいーぞ? だがここに入ってきたらミーはお前の先輩だ。無論なんでも言うことを聞いてもらう。ミーのコレクションを毎日磨かせてやるし、当然おやつも沢山買ってこさせる。リンプーは研修期間が終わるまで禁止だ。先輩の言うことは絶対だからな」


 実に嫌みったらしい笑い方であった。美夜がそんな彼女を憎たらしそうに睨みつける。染屋が後ろでそのやり取りを見て大声で笑っている。


「クッ、白銀殿と毎日会えるのならば、そのような屈辱、耐え難きを耐え――」


「ふひひ、そーか。だが軍部はどーする? お前の周りに集まった役立たずのゾンビ兵共はさぞ悲しむだろうな。それでもいーのか?」


 美夜は頭を抱えながら呻き声をあげ、


「や、山川の、末に流るる橡殻も、身を捨ててこそ浮かむ瀬もあれ……クッ、ようやく形になってきたとはいえ、軍部はいまだ発展途上、部下を見捨て自分だけリア充の仲間入りを果たすなどもってのほか……や、やるな七夏女史、流石はこの大日本帝国を敗かしただけのことはある。美国人と侮っていたか、ガク」


 と言って気絶した美夜を店長が慌てて支え、


「ちょ、ちょっと美夜くん、どうしたの? 礼子くん!」


「はいは~い」


 すかさず五軒邸が店長と代わり、七花が勝鬨を上げて喜び、染屋はいつまでも笑っている。

 そこでスポーツカーの運転席側のドアが開かれ、


「なんだか騒々しいわね」


 全身真っ白のスーツに身を固めた男が現れる。 

 ウェーブのかかった淡い金髪。目尻の垂れ下がった瞳は碧色で、肌は白く、長身のスラッとした体型の外人であった。


「先輩、誰なんスかこの人?」


 と、小声で七花に訊ねる。すると彼女は嫌悪感を顕にして悪態をつき、


「あいつは株式会社ユグドラシルのカラオケ事業部門営業本部長、権三郎エルヴァイン。数字でしか営業の中身を判断しようとしない、ミーの爆絶大っキライなフランス野郎だ」


 ファーストネームが権三郎ということは、フランス人のハーフということだろうか。しかしそれよりも気になることがあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る