白銀殿の一期の浮沈と聞き及び馳せ参じた

 住宅街を抜けて国道に出ると運転手はさらにスピードを上げた。車に乗ると、正面の景色が近づいてくるように見えるのに、真横の景色が飛ぶように後ろに流れていくのがいつも不思議に思える。

 目の前約30メートル先の信号が黄色になる。そこで七花が、


「オヤヂそこを右に曲がれ!」


「ふぇい」


「うああっ。オヤヂさんだったんですか!」


 謎多き老人の出現に驚く俺を、七花は、自分より劣るやつを見るような目で鼻で笑い、


「ふふん、当たり前だ。オヤヂ以外誰がいるとゆーのだ」


 シートより低いせいで全然わからなかった。

 どういう訳があってのことかは知らないが、七花にいいように使われ過ぎているオヤヂがどうも不憫でならない。

 それからも七花は、障害物がある度に、年上の老人にむかって偉そうに指図しながら目的地への最短ルートを右へ左へと車を走らせる。

 国道の先に店の看板が見えはじめた。

 オヤヂは、目標地のだいぶ手前から方向指示器を右に出しながら車を走らせ、反対車線の車が隣を通り過ぎるタイミングに合わせてハンドルをおもいっきり右に切り、180度ターンを決めながら店の駐車場へ進入して車を急停止させた。

 死ぬかと思った。この人いったい何者なんだろう。

 激しい運転のせいでフラフラになりながら車外へと出る、とそこに、なぜか美夜がいた。


「遅いではないか」


 美夜を見た瞬間、派手にズッコケてしまった。

 なぜここにいるのかがわからない。俺がすかさず突っ込もうとしたところで七花が先に、


「なんでお前がここにいるーッ!」


 七花の言葉は、心情から察するに、なぜ部外者のお前がここにいるのか、という意味である。それはもちろんそうなのだが、俺の場合、なんで先に着いているかが不思議でならなかった。

 美夜は、あえて七花を見下せる立ち位置につき、


「我が愛しの英雄、白銀殿の一期の浮沈と聞き及び馳せ参じた次第だが、なにか問題か? ナの多き美国の少女よ」


 美夜の隣にいた染屋が元気有り余る声でその話に割り込み、


「オースッ、お姉さんと全然似てない揉みしだきエロ蔵ーッ! 美夜ちゃんはねえ、礼子ちゃんと一緒にバイクに乗ってブンブンブブーンってぶっ飛ばして来たんだよーッ」


「それはわかったが、お前その恰好……」


「あ、コレコレ? これは私の制服だよッ! どう似合ってるッ? なんてったってこの店のご当地アイドルだからこれくらいはお手のものでござるッ、セクシーダイナマイトバキューンでお客さんイチコロだよッ!」


 染屋は、肌をおもいっきり露出させたカナリアイエローのビキニにハイヒールといった恰好をしていた。おまけに同色の傘を持っていて、もはやレースクイーンとしか言いようがなかった。集客目的とはいえ、いくらなんでもやり過ぎではないだろうか。どうしても胸の谷間に視線が集中してしまう。慣れているのか、染屋は気にならないようであった。


「あッ、あと美夜ちゃんにあのこと報告したら給料から利息ごと丸ごと差っ引いていいって言ってたから店長に天引きしてもらうことにしといたからよろしくメイクマニーッ! あッ、あとあと、美雨ちゃんも一緒に来てるよパイパイ超スキーッ!」


 そこで染屋の後ろから、制服姿の美雨が現れる。


「な……ッ、なんでお前まで一緒に来てんだ!」


 美雨は眠たそうな顔で「いぎ」と笑い、


「おにいちゃん、こんなにエロそうなおねいちゃん達といつもなにしてるの? 体中に卑猥な落書きをされた七夏おねいちゃんをお客さんの前で公開陵辱? 目隠ししたきいろねいちゃんにキスハメしながらだいしゅきホールド強要? 裸靴下に首輪した礼子おねいちゃんに蟹股させて背後から乳揉み? はああ、想像するだけで本気汁でパンツがぐちょぐちょになっちゃうよ。おにいちゃんエロステ高すぎ」


「くうッ、言葉の意味がほとんどわかってしまう自分が憎い」


「おい姫騎士の妹、だいしゅきほーるどってなんだ? 新手の必殺技か?」


 説明をしかけた美雨の口を慌てて塞ぎ、


「そんなん一生知らんでええ!」


「おはよーみかどくん~。七夏ちゃんから聞いた~?」


 美雨の隣にいたのは、いつものおかっぱ頭に戻っていた五軒邸であった。

 玄関脇に止めてある、いかにもといった三段シートの赤いバイクが目に入る。これに三人で乗ってきたというのか。


「ええ、まあ……」


 歌の国アルヴヘイムの玄関前に、バイトメンバーとうちのバカ姉妹が集っている。

 国道にはまだ車通りは少なく、電車が軽そうな音を立てて東へ上り、学校帰りの子供たちの群れが、はしゃぎながら駐車場前の歩道を通りすぎていく。

 いつもと変わらぬ街角の風景。いつもと変わらぬ、ありきたりの日常。

 そんな何気ない日常が、俺たちだけを置き去りにして、目の前を通り過ぎようとしていた。

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