第五章 株式会社ユグドラシルの陰謀

やはりアルヴで最初に出会ったときに殺しておくべきだった、アーメン

 金曜、ホームルーム終了後の教室にて――、


 眠い。

 昨日あれから帰って、風呂に入り、速攻でベッドに潜り込んだけど全然眠れなかった。

 バイトで言われたこと、大神のこと、そして、何かを思い出しかけていること。

 頭の中がぐちゃぐちゃだった。

 何かを思い出そうとする度に発症する偏頭痛にも悩まされた。

 俺の過去に何かがあったということは、もはや疑いようのない事実だといえる。


 手の甲に貼られた絆創膏。痛みはもうなかった。

 昨日、五軒邸に酷い目に遭わされたので、さすがに今日は来ないと思うが、どうせほとぼりが冷めたらまた来るのだろう。そのことを考えるだけでバイトに行くのが億劫になる。

 しかし、そんなことを考えてもはじまらない。俺があの店を辞めない限りバイト生活は続くのだ。


 まだはじめて間もないのに週6シフトってどうなんだろう、と思いながらも気を取り直し、帰ってバイトに行く準備でもするか、と席を立ち上がろうとしたところ、


 バタンッ。


 と突然激しい音を立てて教室の扉が開いた。

 放課後の喧騒がたちどころに消え、教室内全ての視線が入り口に集中する。


 少女がいた。


 彼女は、周囲から向けられる奇異の目にも我関せずといった様子でキョロキョロと中を見回した後、俺に向かって指さし、


「あ、いた」


 どこかで聞いたようなヘンなアニメ声であった。

 彼女は、GIジェーンバリに刈り込まれたボーイッシュショートの黒髪で、身長が小さすぎるせいか制服はダボついており、顔は誰かさんにそっくりであった。そして驚いたことに紫のタイをつけている。


 周りの視線が彼女と俺とを交互に集中した。

 誰だろう。二年でしかも少女の知り合いなんてひとりもいないはずなのに、指で差される理由がまったくわからない。

 彼女は、低学年の見ず知らずの教室にもかかわらず、微塵の遠慮も見せることなく、俺に向かってズンズンと歩き、そして目の前で止まった。

 まじまじとその容姿を眺めてみる。

 どう見ても子供であった。若干俺好みの顔でもあった。


 思う。これはドッキリなのではないだろうか。いたいけな少女に無理やりうちの制服を着せ、どんなリアクションを取るかという映研絡みの嫌がらせ的な。そうだ、そうに違いない。二年間空気のように過ごしてきた俺に、新たな話題を作って向こう三年笑いつくしてやろうという陰謀が、俺のあずかり知らぬところで計画されて――、


 ――クッ、誰か知らんが二度と同じような轍を踏むものか!


 周囲を見回すが怪しい素振りを見せるやつらはいなかった。ならば先手を打つべく彼女に、


「静かに聞いて。いったい誰にこんなことを強要されたんだい? 大丈夫、おにいさんはチクったりしない、君の味方だ。しかしほんとに酷いことをするもんだ。こんなか弱い少女にブッカブカの制服着させて、知らないお姉さんやお兄さんがいる学校にひとりで……クッ、ほんと狂った世の中になったものだ。ねえ、君どこの小学校の子? よかったら僕が君のおうちまで送ってあげるよ。あれ? どうしてプルプル震えてるの? ねえ? ね、」


 少女は下を向いたまま右手を上げ、


 カチリ。


 おでこにドス黒い何かが押し当てられた。

 目の照準を合わす。

 銃である。

 しかもなぜか、あのナの多き名前の先輩が愛用しているデザートイーグルである。

 ゆっくり距離を取りつつ、両手を上げ、


「ね、ねえ君……何か勘違いしてるんじゃないのかな? この国は、どこの国でも平和が売り切れだってのに、やり返さず非核宣言までした愛と平和と偽善で武装したメデタイ国ニッポンだよ。よ、ようするに、早まるなってことだよハハハ……サーヴィーベイビー、ハハハ」


 なぜこんないたいけな少女が物騒な物を持ち歩いているのだろうか。美夜しかり、七花しかり、最近の女子高校生というのは文明の利器よりも武装するのが流行っているのだろうか。彼女は小学生だが。


 少女はおぼこい顔を上げ、


「昨日会ってたのに、もうミーのことを忘れたのか」


 ――ッ!


 どこかで聞き覚えのある自称であった。

 少女の目に大粒の涙が溜まりだす。

 いつの間にか俺たちの周りに人だかりができており、クラスの連中がわざと聞こえるような声で、こんなことをつぶやいていた。


 ホモだと思っていたら今度はロリコン? どんな環境で育ったらそうなるの。

 男が一番やってはイケナイ事。1、ゲイになる。2、幼女しか愛さなくなる。3、女を泣かす。ゲッ、こいつ全部当てはまってんじゃねえか!


 少女は、それらの意味はともかく周りの言葉に後押される形で興奮気味になり、肩を震わせながらポロポロと涙を流し、


「手取り足取り色々教えてやったのに。昨日もライン送っても返事もないし、今日も大事な用があるからずっと送ってるのに既読スルーだし、いつまで無視を続ける気だ!」


 言っている意味がわからない。ライン? 身に覚えなどまるでなかった。


 こんな幼い子にどんなことをしたんだ。なぁいい加減白状しろよ、Cまでやったって。

 やるだけやっといて俺の子じゃないってどういう神経してんの、ほんとサイテー。


 尋常でない速度でうわさが一人歩きをはじめている。

 クッ、なんでそうなる。


「やはりアルヴで最初に出会ったときに殺しておくべきだった、アーメン」


 少女は左手で十字を切り、


「ちょ、待っ」


 頭をフル回転させる。

 少女が発した言葉の数々を組み合わせ、容姿と所持品を要因分析の中にねじ込む。問題は髪。男勝りのベリーショートだが、その髪をシルバーのロングツインに替えてみると……

 海兵もどきのあの女が出来上がる。


「もしかして、センパイッ?」


 彼女は涙を袖で拭きながら銃口を下げ、鼻水をズルズルと吸い込み、


「あと少し気付くのが遅かったら、ルイビルのカタコンベでオバンバ共とアツイ夜を過ごすことになってたぞ」


「か、髪切ったんすか?」


「ヴァカか! あんなのカツラに決まってんだろー」


 言われてみればその通りだ。あの髪なら風紀委員共にしょっぴかれてもおかしくない。それはともかく、


「あの、ここに何しに来たんすか?」


「ラインを送ったのにお前が返事しないからここに来たんだ」


「ライン? なんで俺のID知ってんスか?」


「店長に教えてもらった」


「勝手に教えんじゃねえよ店長……ああ、なんでもないッス。てか全然届いてないですよ?」


「おかしいな。昨日もミーの分隊に招待してやろうと何度も送ったし、今日は今日で重要な」


「先輩のスマホ見せてもらっていいですか?」


 迷彩柄のスマホを受け取り、画面を見る。

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