まるで餌に群がるゾンビのようだ

「こ、これ……姉貴のIDですよ」


「ナニィィッ!」


 そこで今度はスパーンと小気味よい音を立てて扉が開かれた。

 そして次の瞬間、俺に対する中傷がかき消え、歓喜の声に変わった。

 誰かが言った。


 美夜様が降臨したぞ、道を開けろ!


 姉だった。

 美夜は、モーゼの奇跡のように割れた人だかりの間を颯爽と歩いて、七花の前で止まった。


「なんだよ、姉貴」


 誰かが言った。

 こいつ、美夜様の弟だったのか? 全然似てねえ。

 今、美夜様の苦労が垣間見えたわ、お気の毒に。


 いちいち突っ込んでいるときりがない。美夜が俺を見て、周りを見渡し、


「休め!」


 と、その言葉に周りの連中は手を後ろに回して足を開く姿勢をとる。軍部でもないのに意味がわからなかった。

 美夜は紫色のスマホを取り出し、七花に見せつけ、


「我が諜報部員に、このラインの送り主の特定をあたらせたら、そなただと判明した。昨夜からこんな意味不明の文言をサイバーテロの如し送り付けるとは不届き千万、宣戦布告とみてよいか七夏女史!」


 ラインにはこう書いてあった。

 キルレ、コンマ1以下で芋るしか能のない腑抜け野郎! これ以上無視を続けるなら草の根かき分けてもお前を見つけ出してぶっ殺してやる。どこの鯖にいる! 答えろ!


 七花は殊更に力を溜め、


「お前のバカ弟に送ったら勝手にそうなったんじゃー!」


「フン、武力では到底敵わぬと悟っての言い逃れか、世界の警察が聞いてあきれる。が、身の程をわきまえ、敗戦を受け入れるは潔し。ならば今回の件は大目にみて、そなたの帰国で手を打とう。では空港まで送る、卑しき美国の娘よ。白銀殿にはラインで知らせておく」


「だれが帰るかー!」


「帰れ!」


「帰らんと言ったら帰らん! というか、お前、店長とラインしているのか」


 美夜は勝ち誇るように口の端を傾け、


「だとしたらどうなる?」


 ジャカッ。


 ふたりが一斉に銃を構える。

 そこで俺は、事をこれ以上大きくさせないため、守る気などさらさらなかったが、七花の壁になって美夜の前に立ち塞がり、


「姉貴、もうそのへんでやめとけって。クラスの連中だってヘンに思うし、」


 そこでパシャッとフラッシュが焚かれたので隣を見ると、中学高校とずっと同じクラスでまるで奇跡のような確率で俺の後ろの席だった新聞部の東雲しののめ詠子えいこが、スマホ片手に立っていた。


「禁断の愛。三者の間は泥沼に」


「A子貴様あああッ、か、勝手に撮ってんじゃねえ!」


 有り難みなんてこれっぽっちもないが、どうやらこいつとは切っても切れない縁で結ばれている、のかもしれない。もちろん宿敵として。

 A子は、人差し指でメガネを持ち上げ、


「幼女と姉、どちらを取るのか見物。久々の特ダネゲット」


「んなワケあるか!」


「送信」


「勝手にそんなん送んな!」


 今すぐそのスマホをぶち壊してやりたいが、ここを離れるわけにはいかない。

 そんなやり取りを傍観していた女子の一人が美夜に近づき、


「美夜様、こんな平凡で冴えない弟が好きだったんですか?」


 美夜は眉ひとつ動かさず俺を見て、


「いかにも」


 顔が少し赤くなってしまった、かもかもしれない。


「よ、余計な火種まいてんじゃねえ! てか誰だか知らねえがお前よそのクラスの女子だろ、なんでこんな所に……て」


 そこで、ふと辺りの気配に気づいて見渡すと、クラス全体が埋まるほどの群集が形成されようとしていた。そして、その女子の言葉を切っ掛けに他の生徒が美夜の周りに集まり、


 美夜おねえさま、私のことが好きだとおっしゃったのは嘘だったのですか。美夜様は私のものよ! 気安く近寄らないで。


 もう誰一人として俺たちに目を向ける者はいなかった。これを好機と見て、


「先輩、今のうちに教室を出ましょう」


 ところが七花はのん気に笑い、


「なーパイパイスキー、こいつらまるで餌に群がるゾンビのようだな。さしずめお前のクソ姉はこいつらにとって肉のデリバリーをしたようなもんだ、バカめ。ふひひ、腕が鳴る。なー、こいつらまとめてぶっ殺していーか?」


「ぶっ殺さんでいい! ゲーム脳かお前は!」


 これ以上ここにいると七花が余計な事をしでかす可能性が高いとみて、彼女の口を塞いで小脇に抱えて教室を出ようとした。すると、


「幼女を取った」


 A子だった。群集に交わらずひとり佇んでいたことにまるで気づかなかった。

 そしてパシャリ。


「アーカイブ、姫騎士みかどファイル50に保存完了」 


「知らん間にどんだけ俺の画像保存してんねん! クッ、けど今はそれどころじゃねえ、A子、お前とはいずれ決着をつけてやるからなー!」


 と吐き捨て、左手に七花、右手に通学鞄を抱え、一目散に教室を出た。

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