五軒邸の過去

「あいつと、どんな関係なんですか?」


 五軒邸はバツが悪そうに頭をかきながら「昔の仲間や」と切り出し、


「こっちの性格がメインやった頃、リアルで烈怒妖精レッドエルフっちゅうチーム作って走っとったときの暴走仲間や。二年前この界隈で集会開いとったとき、近所迷惑やってある人にチーム壊滅させられて、それ切っ掛けに解散したんやけどのう。困ったやっちゃ」


「礼子さんのチーム壊滅させたって、そんな人いるんすか?」


「お前もよう知っとる、透兄ィや」


「えええええええええッ!」


 俺の驚きもさることながら、七花に至っては隣で倒れて失神していた。


 五軒邸はさらに語った。弟子入りするためにこの人格を封じ、新たな人格を生み出して店長に従事したこと。チームの事がどうしてもあきらめ切れなかった大神もついてきて、一緒にバイトを始めるが、店長のやり方が気に食わず、客ともめて辞めていった、と。

 ようするに大神は、五軒邸に復帰させようと足繁くこの店に通っていたのだ。

 これは余談だが、SAOの世界で旗揚げしたギルド「レッドエルフ」の名前の由来はそのチームからきており、リンクスタートさせるとき、こっちの人格と入れ替わっているらしい。


「そういうことだったんですね……ということは、また来るのかな」


 五軒邸が不安そうにする俺を優しそうに見つめ、


「安心せい姫公、もうあんな事はさせん。あいつだけやのうて他にそんなやつがおったらワシが守たる」


「あ、ありがとうございます」


「けどお前もようわかっとると思うけど、案外接客業っちゅーもんはマニュアル通りにいかんもんや。相手は人間や、自分がどんだけええ接客やおもても客にしたら勘に障ることなんていくらでもある。まだ二日ほどしか経ってないけど、身にしみてわかったやろ」


「……はい」


「けどそれを乗り越えたとき、そんな客が接客を経て靡いてきたとき、この仕事のおもしろさがようわかってくる。まぁ、それがわかるのはまだ先になるけど、それを感じるまではなんぼ辛ろうても逃げんと頑張るんやで。お前がひとりで立派に立ち回れるようになるまで、ワシらが全力で助けたるさかい」


「……でも、どうしてそこまで」


「ンなもん、ボンナカやからにきまっとるやろが。のうナナ」


「姉ぇ、ワイに内緒でこいつといつの間に盃交わしたんでっかー!」


「カッカッカ、内緒や」


「ふにに、パイパイスキーの分際でズルいぞパイパイスキー! 姉ぇ、あっしにも盃を、」


 仲間、という意味なのか。

 普通ならここで喜ぶのだろうが、今でもピンとこない。

 そもそも出会ってまだ間もない俺にそんな感情が芽生えるなんて、おかしいとさえ思える。


 俺は新人だ。たしかに楽しいと思えることもあるけれど、辛くて辞めたいと思うことなんてしょっちゅうだし、また今日みたいな目に遭わされたらすぐにでも辞めると言ってしまうかもしれない。これまで幾度と辞めていった人間を見てきた彼女たちなら、その辺の事情はよく理解しいるはずだ。なのに、なぜこんな俺を信用するのだろう。現に先ほど助けてくれたし、この店の人間は七花を除いてみんないい人だとは思う。しかし、俺はそこまでみんなを信用していない。バイト仲間としての最低限の義理しか感じていない。


 だってそうではないか。今までそんな助け合える仲間と呼べるようなやつと出会ったこともないし、俺がイジメられていたときだって周りのやつらは誰も助けてくれなかったし、そのとき友達であったやつにでさえ背を向けられたのだ。リアルは、伝説の騎士のように、自分のことを顧みないヒーローが突然助けてくれるわけでもない、目の前の暴力には誰もがみな無力なのを、俺が一番よく知っている。


 今またイジメられたって言った。そんな経験したことないのに。ひょっとすると、俺が忘れているだけで過去に、


 ――ク、また頭痛が。


「ど、どうしたパイパイスキー、手が痛むのか?」


「いや……ちょっと頭痛がして」


 七花は大げさにため息をつき、


「まったく心配させやがって。仮病使って帰るとかこのミーが断じて許さんからな……あ、しまった! おい姫騎士、今から客のところへ「ギルヴィにたぶらかされたヴェルダンディが夜な夜な作りあげた甘ったるい白玉とウルズとスクルドが兄弟喧嘩した朝にとうとう完成させた大粒餡子を惜しみなく使ったヨツンヘルム産高級茶葉のみを使用した抹茶ミルクぱふぇ」を持っていけ! 復唱しろー!」


「は? ええと、ギルヴィにたぶらかされたスクルドが……ってんなモン言えるか!」


「上官に口答えするとか何事かー!」


「わ、わかった、持っていくから撃つなー!」


 と二挺のデザートイーグルを構えた七花と紅い逆髪の五軒邸に背を向け厨房に入り、オーダーの乗ったトレイを持って客室へと向かった。


 五軒邸が、親父と同じようなことを言っていた。

 逃げずださずに頑張れ、と。


 あんな事をされて逃げずにどう立ち向かえばいいのかわからない。行き着く先の未来に不幸が待ち受けているというのに、そんなことをしてなんの得があるというのだろうか。そうか、所詮は他人事だから軽々しくそんなことが言えるのだ。


 部屋のドアを叩いて中に入る。

 男性客が、今流行の女性シンガーのラブソングを歌っていた。俺の存在に気づいて声を小さくするのはやめてほしいと思う。余計に気まずかった。


「抹茶ぱふぇお持ちしました」


 カラオケ本やメニューが散らかったテーブルの上に注文の品をそっと置き、軽く一礼をして部屋を出る。


 ――ワシが守たるさかいの。


 五軒邸はああ言ったけど、俺は信じない。

 どうせまた、あの時のように手のひらを返されるに決まっている。


 あの時? また頭が……


 何かを思い出しかけているというのか。

 俺の過去に、いったい何があったというのだ。

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